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はじめに
「SAA」という単語を目にしたとき、最初に思い浮かぶのは何でしょうか? もしそれが「猫の炎症マーカー」であるなら、筆者にとって望外の喜びです。苦労してきた甲斐はあるなぁと、感慨もひとしおです。
猫SAAとの出会い

私と血清アミロイドA(Serum Amyloid A; SAA)との出会いは、大学4年生の頃に遡ります。その当時、犬の炎症マーカーであるCRPが院内で測定できるようになって数年が経過しており、犬CRPの有用性が少しずつ認知されるようになってきた時期でした。そこで、「次は猫を」というのは自然な流れだったと思います。ただし、先行研究において猫ではCRPの変動幅が小さく、臨床応用は難しいと報告されていましたので、代替候補としてSAAが選ばれました。そして、私の2学年上の先輩が先行研究を始めていました。
これまでの研究で、SAAタンパクは比較的保存性が高く、動物種間でアミノ酸配列が高度に保存された領域があることが分かっていました。そして、人のSAA測定用に開発された抗体試薬を用いて、猫の血中SAAを測定可能であるということが海外のグループによって発表されました。しかし、その報告では人用の試薬でそれらしい値が出たというだけで、本当に猫のSAAを捉えているのかが定かではありません。それを確認するためには猫SAAの組み換えタンパク質を作成し、同試薬で測定できるかを確かめる必要がありました。それが先輩に課されたミッションでしたが、どうしてもうまくいかず、難航していました。そのため、その研究を私が引き継ぐことになりました。ここから、私と猫SAAの長い長い付き合いが始まります。
苦労の果てに……
当時の私は当然研究や実験などほぼ経験がなく、すべてが手探りでした。また、研究室として分子生物学的手法は得意としていたものの、どちらかというと遺伝子解析が主体であり、組み換えタンパク質の作成や解析についてのノウハウは不足していました。そのため、あれこれ勉強しながら試行錯誤する日々であったことを思い出します。
昼間は講義や実習、それがなければ診療に参加し、夜は論文や資料を読み込む日々。しかし、論文一つ探すにも慣れていないし、そもそもその当時SAAに関する研究論文はあまり多くありません。タイトルにSAAと入っていたので頑張って読んでいたら、実はSevere Aplastic Anemia(重症再生不良性貧血;頭文字を拾うとSAA……)に関する論文だった、なんてこともありました。診療のない日や土日に実験室で試しては失敗し、その原因をあーでもないこーでもないと考えていました。

組み換えタンパク質は、標準的な方法である大腸菌に遺伝子を組み込んで発現させる方法を採用していました。
しかし、あるときSAAタンパク質そのものに、大腸菌をはじめとするグラム陰性菌への毒性がある可能性があるという論文を見つけました。これまで、なるべくたくさん組み換えタンパク質を得られるように実験系を組み立てていましたが、その論文を見てあえて発現量を抑えるように調整したところ、なんと無事に組み換えタンパク質を得ることができました。
初めてウェスタンブロットでバンドが確認できた時の感動は、今でも忘れられません。
そしてその組み換えタンパク質を人用試薬で測定したところ、しっかりと値を得ることができ、この試薬が猫のSAAタンパクと交差反応することを客観的に示すことができました。この研究成果は、学生のうちに論文としてまとめ、発表することができました。英文や論文全体の構成などは今見ると非常に拙く恥ずかしくはありますが、私のその後を決定づけた論文であり、とても思い出深いものとなっています。
この論文を発表した1、2年後には、いくつかのコマーシャルラボが猫SAAを検査として受託するようになりました。しばらくの間は外注検査としてしか利用できなかったこともあり、普及にはさらなる時間を要しましたが、ここから日本国内で猫の炎症マーカーとしてのSAAの歴史が始まっていきます。そして、私が「知る人ぞ知る猫SAAの人」としての道を歩み始めた瞬間でもあります。
世界一の猫SAA研究者!?
前述のように学部学生のころから猫のSAA研究に携わってきた私は、当時研究のために血液検査を実施した猫のSAAを片っ端から測っていました。データを見返すと、2,000件くらいは測定していたようです。おそらく当時、個人としては世界一多くの猫SAAを測定した人間だったのでは?と思っています。
大学院でも引き続きSAAの研究をしていた私は、もう一つ世界一を目指そうとひそかに目論んでいました。
猫のSAAの研究というのは、正直に言ってかなりマイナーな分野です。論文検索サイトのPubMedで「feline SAA」というキーワードで検索をすると、引っかかってくる論文は現在でも100件ほど(2024年11月現在)、大学院在籍当時は60件くらいでした。これが「feline lymphoma」だと1,600件ほどですから、SAAがマイナーであることがよくわかります。このマイナーな分野を研究するのであれば、その分野で世界一になってやろうと考えたわけです。
大学院での研究はSAAの機能面などに注目したため、臨床に直結するものではありませんでしたが、環境にも恵まれて多くの論文を執筆することができました。先ほどのキーワードを「feline SAA tamamoto」として検索すると、8件がヒットします。そのうち7件は、私自身が執筆したものです。猫SAAに関連する論文の約1割に関わっており、その大半を自分で執筆したことは私の秘かな自慢です。そして、当時としては世界一を達成できていたのでは?と思っています。
記事の執筆担当

玉本 隆司 獣医師、獣医学博士
2002年 東京大学入学
2005年より獣医内科学研究室に所属し、辻本先生、大野先生、松木先生らの薫陶を受ける。
2008年に大学卒業後、埼玉の動物病院で2年間一次診療に従事。
2010年に東京大学大学院農学生命科学研究科に進学。獣医内科学研究室で研究に励む傍ら、附属動物医療センターでの診療にも従事する。
2014年に酪農学園大学伴侶動物内科学IIユニットに助教として赴任。附属動物医療センターでの内科診療を担う。2016年より同講師、2019年より同准教授。2017年より内科診療科長、2020年副センター長。
2021年に大学を退職し、富士フイルムVETシステムズ株式会社に入社。
2024年逝去。生前、多くの功績を残し、業界内外から高く評価される。
大学時代の主要な研究テーマは「炎症マーカーの臨床活用」で、特に猫の炎症マーカーであるSAAの臨床応用や基礎研究を精力的に行った。
診療については「専門性がないのが専門」と言いながら、内科全般をオールラウンドにこなし、その中でも免疫介在性疾患や感染症に強い関心を持っていた。
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