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検査結果を評価する際に最も一般的に使用される指標は基準範囲だと思います。多くの場合、基準範囲は健康な動物の測定データの分布から算出されます。動物が健康で病的異常がなければ、その測定結果の大部分が基準範囲内に収まります。そのため、基準範囲の上限を上回っている(あるいは下限を下回っている)か否かが、健康か病的異常があるかどうかを見分ける一つの指標として用いられています。しかし、基準範囲内にあれば健康だとしてしまってよいのでしょうか ?
基準範囲は十分な数の健康な動物の測定値を集めたのち、統計処理によって自動的に算出されます。母集団となる健康な動物の集め方や必要な数についてもアメリカ獣医臨床病理学会(American Society for Veterinary Clinical Pathology; ASVCP)などからガイドラインが示されており、その算出プロセスに人の意思が絡む余地はほとんどありません。
基準範囲については、その算出方法から「健康であれば測定結果は基準範囲内に収まる可能性が高い」とは言えますが、「基準範囲内に収まっているから健康」とは言えません。基準範囲の算出プロセスには最初から病的異常を持つ個体は含まれておらず、病的異常をもつ個体の測定結果がどのように分布するかは考慮されていないからです。そのため、健康診断において測定結果が基準範囲内なので問題ない(=健康である)と判断するのは、厳密に言えば誤りということになります 。

例えば、クレアチニンは腎機能の指標として一般的に用いられますが、その測定結果は筋肉量の影響を受けることが知られています。そのため、高齢で痩せた個体では、腎機能が低下していてもクレアチニンが基準範囲内に収まってしまう場合があります。この場合、尿素窒素(BUN)やSDMA、尿検査などから腎機能の低下を総合的に判断することが必要になります 。

また、多発性嚢胞腎の初期段階であれば、クレアチニンはもちろんBUNやSDMAにも異常がないこともあり得ます。腎臓に確実に病変が存在していても、一般的な生化学検査では検出できないことになります。その場合は、画像検査や遺伝子検査を駆使するしかありません。
これらはやや極端な例ですが、あり得ないものではありません。もちろん、細かいことを言い出せばキリがありませんし、健康か否かを判断する指標として有用なのは間違いありません。ただ、100%絶対的なものではないということは理解しておく必要があります 。
記事の執筆担当

玉本 隆司 獣医師、獣医学博士
2002年 東京大学入学
2005年より獣医内科学研究室に所属し、辻本先生、大野先生、松木先生らの薫陶を受ける。
2008年に大学卒業後、埼玉の動物病院で2年間一次診療に従事。
2010年に東京大学大学院農学生命科学研究科に進学。獣医内科学研究室で研究に励む傍ら、附属動物医療センターでの診療にも従事する。
2014年に酪農学園大学伴侶動物内科学IIユニットに助教として赴任。附属動物医療センターでの内科診療を担う。2016年より同講師、2019年より同准教授。2017年より内科診療科長、2020年副センター長。
2021年に大学を退職し、富士フイルムVETシステムズ株式会社に入社。
2024年逝去。生前、多くの功績を残し、業界内外から高く評価される。
大学時代の主要な研究テーマは「炎症マーカーの臨床活用」で、特に猫の炎症マーカーであるSAAの臨床応用や基礎研究を精力的に行った。
診療については「専門性がないのが専門」と言いながら、内科全般をオールラウンドにこなし、その中でも免疫介在性疾患や感染症に強い関心を持っていた。
検査のキホンの"キ"コラム(全4回)
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