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はじめに
感度と特異度を決めるためには、ある疾患に罹患した個体群と罹患していない個体群を集めて、「疾患に罹患しており検査陽性群(a)」「疾患に罹患しているが検査陰性群(b)」「疾患には罹患していないが検査陽性群(c)」「疾患に罹患しておらず検査陰性群(d)」の4群に分けるところからスタートします。aは言い換えると「真の陽性」であり、bは「偽陰性」です。cは「偽陽性」であり、dが「真の陰性」ということになります。

感度の定義
感度の定義は、「疾患に罹患した動物が検査で陽性になる確率」となっています。4つの群分けで数式にすると、(a / a+b)×100 (%)となり、真の陽性率と言い換えることができます。感度の高い検査では、疾患に罹患していればほぼ検査で陽性となります。裏返すと、検査で陰性であれば、その疾患の可能性は低いと言うことができます。一方で、感度の算出にcやdの値は考慮されません。カットオフ値を変更して、bを限りなく0に近づけるようにすると感度は高くなりますが、cもどうしても多くなり、偽陽性が増えます。これらの理由から、感度の高い検査はスクリーニングに適しているとされています。偽陽性が多くてもいいからとにかくなるべく漏れがないように引っ掛けて、確定診断は別の検査で行う、というのが一般的なイメージです。

特異度の定義
一方特異度は、「疾患に罹患していない動物が検査で陰性になる確率」となっています。4つの群分けで数式にすると、(d / c+d)×100(%)となり、真の陰性率と言い換えることができます。特異度の高い検査では、疾患に罹患していなければほぼ検査で陰性となります。裏返すと、検査で陽性であれば、その疾患の可能性が高いと言うことが出来ます。一方で、特異度の算出にaやbの値は考慮されません。カットオフ値を変更して、cを限りなく0に近づけるようにすると特異度は高くなりますが、bもどうしても多くなり、偽陰性が増えます。これらの理由から、特異度の高い検査は確定診断に適しているとされています。偽陰性が多いため、単独の検査で引っ掛けようとすると漏れが多くなります。感度の高い検査で症例を絞り込み、そののちに特異度の高い検査を実施すると、診断できる可能性が高くなります。

感度と特異度のトレードオフの関係性
感度、特異度ともに100%であるためには、検査を実施した時点で「ある疾患に罹患した群」と「罹患していない群(対照群)」の検査結果の分布が全く重ならず、きれいに分かれている必要があります。そうでなければ、感度を上げようとすると特異度が下がり、特異度を上げようとすると感度が下がってしまいます。このように、感度と特異度はトレードオフの関係にあります。また、感度、特異度ともに100%であれば一見素晴らしい検査のように思えますが、本当にそれが素晴らしいかどうかは慎重に判断する必要があります。

感度と特異度の落とし穴
前述の通り、感度や特異度は「ある疾患に罹患した群」と「罹患していない群(対照群)」を集め、測定結果を比較することで求めることが出来ます。対照群は健康である場合もあれば、症状などが類似した異なる疾患の個体群である場合もあります。対照として健康群を選んだ場合、感度や特異度は高くなる傾向にあります。病気の動物と健康な動物で比較すれば、値に差が付きやすいのはある意味で当然と言えるでしょう。比較対象として集めやすいことやデータとして見栄えが良いことから、そのように検証している論文は少なくありません。見かけ上健康な動物の中から病気の動物を見つけるスクリーニング検査の場合には、それでいいでしょう。しかし、特に診断的に使いたい検査では、健康な動物との比較はあまり意味を持ちません。症状やその他の検査所見が類似している別の疾患に罹患した動物と見分けられることが、実際の臨床現場では重要になってきます。

ヘマトクリット値でIMHAを診断 !?
極端な例を挙げて説明します。疾患として、免疫介在性溶血性貧血(IMHA)を考えてみましょう。IMHAに罹患した犬を20頭集めたと仮定します。そして、対照群として年齢や性別の近い健康な犬を20頭集めます。ここまでは、論文などでよくあるパターンです。検査としてヘマトクリット値を選ぶと、IMHA群ではおそらく全頭でヘマトクリット値は基準範囲の下限である37%を下回っていると思います。健康群では全頭でヘマトクリット値は37%以上でしょう。そのため、このケースではIMHAという疾患に対して、ヘマトクリット値37%をカットオフ値とした場合の感度と特異度は、いずれも100%ということになります。では、すべての犬の症例についてヘマトクリット値が37%未満であればIMHAと言えるかといえば、言えるわけがありません。そもそも、ヘマトクリット値の低下は貧血の定義です。貧血を呈するありとあらゆる疾患・病態でヘマトクリット値は低値になりますので、感度は100%かもしれませんが、特異度はほぼ0%であるはずです。

何を対照にするかで答えは変わる
理論的には間違っていないはずなのに、現実的には全くあり得ないとんちんかんな結論になってしまった理由は、対照群として健康な犬を選んだからです。通常は、ヘマトクリット値などで貧血がわかった後に鑑別を進めると思いますので、健康犬が対照群になることはあり得ません。対照群としてIMHA以外の貧血を呈する疾患を選んでいれば、このケースでヘマトクリット値の特異度が極めて低いことはすぐにわかったはずです。これはかなりわかりやすい、極端な例を挙げたので、すぐにおかしいことに気づくと思います。しかし、これが普段あまり見ないような疾患、新しく開発された検査であればどうでしょうか?論文等で高い感度、特異度を示されると、無条件に信用していませんか?それは嘘ではありませんが、適切かどうかはシチュエーションによって異なります。先ほどの例も、ヘマトクリット値はIMHAの初期スクリーニング検査であるという見方をすれば誤りではありません。一方で、ヘマトクリット値をIMHAの診断的検査として見ようと思うと、それは明らかな誤りと言えるでしょう。
記事の執筆担当

玉本 隆司 獣医師、獣医学博士
2002年 東京大学入学
2005年より獣医内科学研究室に所属し、辻本先生、大野先生、松木先生らの薫陶を受ける。
2008年に大学卒業後、埼玉の動物病院で2年間一次診療に従事。
2010年に東京大学大学院農学生命科学研究科に進学。獣医内科学研究室で研究に励む傍ら、附属動物医療センターでの診療にも従事する。
2014年に酪農学園大学伴侶動物内科学IIユニットに助教として赴任。附属動物医療センターでの内科診療を担う。2016年より同講師、2019年より同准教授。2017年より内科診療科長、2020年副センター長。
2021年に大学を退職し、富士フイルムVETシステムズ株式会社に入社。
2024年逝去。生前、多くの功績を残し、業界内外から高く評価される。
大学時代の主要な研究テーマは「炎症マーカーの臨床活用」で、特に猫の炎症マーカーであるSAAの臨床応用や基礎研究を精力的に行った。
診療については「専門性がないのが専門」と言いながら、内科全般をオールラウンドにこなし、その中でも免疫介在性疾患や感染症に強い関心を持っていた。
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