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日本
動物医療コラム

【病理・細胞診 診断医コラム】
第2回:犬の口腔の悪性黒色腫 

このコンテンツは獣医療従事者向けの内容です。

主な組織型としては、上皮様(epithelioid)パターン(図1A)と紡錘形細胞様(spindle cell)パターン(図1B)、及びそれらの混合型があります。また、それ以外にもリンパ腫や形質細胞腫など円形細胞腫瘍と類似する症例(図1C)や、血管腫瘍と類似する症例(図1D)、肉芽組織と類似する症例、骨や軟骨化生を伴う骨腫瘍と類似した症例(図1E)、特殊な組織型としては風船細胞型(balloon cell type)(図1F)など、非常に多彩な増殖形態を取ります。いずれの増殖パターンでも腫瘍細胞の細胞質にメラニン色素が観察されれば確定診断は容易ですが、色素に乏しい腫瘍の場合は組織像の類似した様々な腫瘍との鑑別が必要となります。 

図1. 悪性黒色腫の様々な増殖形態
(A)上皮様、(B)紡錘形細胞様、(C)円形細胞様、(D)血管様、(E)軟骨化生、(F)風船細胞(balloon cell)型

多彩な組織像をとる悪性黒色腫ですが、悪性黒色腫に特徴的な組織所見として、junctional activityやpagetoid growthと呼ばれる、粘膜上皮内での腫瘍細胞の増殖巣が挙げられます(図2)。これは正常なメラノサイトの存在部位である粘膜上皮基底層における腫瘍細胞の増殖所見であり、基底層に沿ってびまん性から散在性に観察されます。この所見は悪性黒色腫の確定診断に重要な所見でもあるとともに、腫瘍の再発リスクの評価にもつながります。犬の口腔/口唇粘膜に発生する悪性黒色腫では、しばしば肉眼的な腫瘤部周囲の粘膜内にも腫瘍細胞が広がっており、時に切除組織の断端に及んで観察されます。この粘膜内の腫瘍細胞が周囲に残存することで局所再発につながると考えられます。 

図2. 悪性黒色腫のJunctional activity
(A)悪性黒色腫の腫瘍辺縁部弱拡大、矢印が腫瘍巣
(B)(A)の赤枠部の拡大、粘膜上皮層内に複数の腫瘍胞巣が散在する(矢頭)

細胞診によるメラノサイト腫瘍の評価も組織検査と同様で、得られた腫瘍細胞にメラニン色素がはっきり観察されれば、診断は比較的容易です。メラニン顆粒はギムザ染色では緑黒色の微細な顆粒として観察されます(図3A)。しかし、メラニンに乏しい症例では、腫瘍細胞の形態は上皮細胞や間葉系細胞、円形細胞など様々な形態に見えることがあり、他の腫瘍との鑑別がしばしば困難となります(図3B, C, D)。 

図3. 悪性黒色腫の様々な細胞診像
(A)メラニン顆粒が豊富なタイプ、(B)紡錘形細胞タイプ、
(C)細胞異型性の強い上皮様タイプ、(D)色素に乏しい円形細胞様のタイプ

また、悪性黒色腫に関するトピックとして、犬の口腔/口唇粘膜に発生する低悪性度のメラノサイト腫瘍に関する論文が2008年に発表され、一部のメラノサイト腫瘍は長期予後が望めると報告されています。低悪性度のメラノサイト腫瘍の特徴としては、腫瘤が小さい(多くは1cm以下)、メラニン色素量が多い、分裂活性が低いなどの特徴があります(図5)。この論文では、低悪性度のメラノサイト腫瘍に該当する症例の腫瘍関連死は64症例中3症例のみで、中央生存期間は34ヶ月でした。 

図5. 低悪性度のメラノサイト腫瘍
(A)腫瘍巣のルーペ像、小型の腫瘍巣が粘膜間質に形成されている
(B)豊富なメラニン色素を有する分化した形態のメラノサイトが増殖している

犬の口腔/口唇粘膜の悪性黒色腫は予後不良なことが多いので、口腔内に黒色の腫瘤がみつかると治療をあきらめてしまうケースもあったかもしれません。しかし、上記のような低悪性度の症例も存在するため、組織生検による精査を積極的に行って予後予測することが重要でしょう。 

参考文献 

  • Tumors in Domestic Animals, 5th edition 
  • Survival of dogs following surgical excision of histologically well-differentiated melanocytic neoplasms of the mucous membranes of the lips and oral cavity, Vet Pathol. 2008, 889-896. 

【執筆:富士フイルムVETシステムズ 診断医 原田知享】