このコンテンツは獣医療従事者向けの内容です。
Key words: 関節液検査, 免疫介在性多発性関節炎, SLE
暑い日が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。この獣医師向けコンテンツでは、解剖病理、臨床病理の各分野の診断医より、臨床の先生方に役立つ情報を定期的にお届けいたします。
第一回目は、関節液の評価手順や診断の進め方について、具体例を交えてお話させていただきます。
先生方は関節液を抜いて調べたことはありますでしょうか? 関節液検査は関節疾患を疑ったときの診断ステップとして、また不明熱の除外診断のためにも非常に有用な検査ですが、どんな病気でも診なければならない一般臨床の先生はなかなかそこまで詳しく調べきれない方もいらっしゃると思います。「どうせ炎症があるかどうかわかるだけでしょ?」とお考えの先生方もいらっしゃると思います。実際、関節液を調べるのは炎症と変性性関節症(DJD)を区別するのが大目的ではあるのですが、さらに細かい情報を得られる場合もあります。
関節液の評価にあたり、背景となる稟告、臨床所見、X線や血液化学、CBCなどももちろん重要となりますが、とりわけ関節液の細胞診ということを考えると、重要なファクターは細胞数、グリコサミノグリカンの状態、細胞分画の三つです。ここから、表1に示すように関節液を分類することができます。採取した関節液の肉眼的な色調、粘稠性、ムチン凝集試験、蛋白濃度も重要な情報を与えてくれることがあります。
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正常 | 変性性関節症 (または非化膿性関節症) |
炎症性関節症 (または化膿性関節症) |
出血性関節症 |
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色調 | 透明 | 透明 | 混濁 | 赤色・黄色 |
蛋白濃度 | 正常 | 正常から低下 | 正常から上昇 | 上昇 |
粘稠度 | 正常 | 正常から低下 | 正常から低下 | 低下 |
ムチン凝集試験 | 正常 | 正常から減弱 | 正常から減弱 | 正常から減弱 |
細胞数 | 3000/μL未満 | 1000-10000/μL | 5000-100000/μL | 出血の量によりさまざま |
好中球 | <5% | <10% | >10% | 出血の量によりさまざま |
単核球 | >95% | >90% | <90% | 出血の量によりさまざま |
その他 | 滑膜細胞やマクロファージが主体 | 感染性および非感染性にみられ、原因により異なる所見 | 赤血球貪食、赤血球由来色素 |
出血性関節症は少なく、多くのケースは炎症性、もしくは変性性のどちらかに分類されます。分類したあとは、さらに詳しく細胞形態を把握し、原因を追究していきます。細胞診の所見だけで詳細な原因が特定できることは少なく、さらに臨床所見とさまざまな追加検査により疾患を絞り込む必要があります。
炎症性関節症は感染性、あるいは非感染性にみられます。炎症細胞による病原体(多くは細菌)の貪食を検出できれば、感染性であることが確定できますが、貪食像がないからといって感染ではない、とはいえません。
動物種によっても原因となる背景疾患は異なります。犬であれば多くは非感染性のもので、とくに免疫介在性多発性関節炎が代表的ですが、全身性エリテマトーデス(SLE)やリウマチ様関節炎がみられることもあります。
変性性関節症は関節軟骨の変性に伴うものであり、基本的には関節構造変化や加齢にともなってみられます。外傷、関節不安定症、股関節異形成、前十字靭帯断裂などは好例です。
では、実際に弊社に依頼をいただいた症例を例に挙げてみていこうと思います。
【症例の紹介】
4歳、犬、トイプードル 避妊済雌
跛行を主訴に来院。以前免疫介在性血小板減少症(ITP)のヒストリーがあるが、ITPは寛解しており、免疫抑制治療(プレドニゾロン、シクロスポリン)を漸減、休薬して1か月程度経過した時点での跛行症状。来院時のCBCは表2に示す。この時点では軽度に非再生性貧血がみられるがデータ上、血液塗抹上ともにも血小板減少はみられない。
複数箇所の関節(膝関節・手根関節)の関節液が細胞診評価のため弊社に依頼されました。
【所見】
写真Aは症例の関節液の細胞診所見です。
写真Nには、わかりやすいように正常な犬の関節液を対照として示します。
(A細胞密度: 37.2cells/HPF(40倍))
(N細胞密度: 1.0cells/HPF(40倍))
関節症状の発現時 | |
---|---|
RBC (M/μL) | 5.14 |
HCT (%) | 31.4 |
HGB (g/dL) | 11.8 |
MCV (fL) | 61.1 |
MCH (pg) | 23.0 |
MCHC (g/dL) | 37.6 |
Retic count (K/μL) | 70.4 |
WBC (K/μL) | 6.00 |
Neu (K/μL) | 4.43 |
Lym (K/μL) | 1.05 |
Mono (K/μL) | 0.46 |
Eos (K/μL) | 0.06 |
Baso (K/μL) | 0.00 |
PLT (K/μL) | 411 |
【症例解説】
写真Nに示すように、正常では細胞数は少なく、単核球が主体で3000/μLを超えません。直接塗抹の細胞診でみると、40倍対物視野で平均して2個未満程度のことが多いです。関節液のグリコサミノグリカンは多量に存在し、細胞診では背景に濃く染まる物質としてみられ、顆粒状、あるいはもやもやとした形のない物質としてみられます。
それに対し、症例の写真(写真A)では、40倍対物視野で37.2個と、非常に高い細胞密度です。概算ですがおそらく5万から6万/μL程度の細胞数ではないかと思われ、かなりの細胞増加があると考えられます。
少し拡大を上げたもの(対物40倍)ですが、グリコサミノグリカンはやや減っていて、分画をカウントすると好中球のパーセンテージは76%であり、高いようです。炎症性関節症(化膿性関節症とも)(inflammatory arthropathy/suppurative arthropathy)と分類することができます。
炎症性関節症は感染性、非感染性に分かれます。細胞診で病原体を探し、また細菌培養検査を行って確実に感染性疾患の有無を評価します。感染性の原因が否定される場合には、非感染性の関節液であり、たとえば免疫介在性多発性関節炎、全身性紅斑性狼瘡(SLE)、リウマチ様関節炎といった可能性があります。
では、さらに細かくみてゆきましょう。
上には油浸視野まで拡大(対物100倍)した所見を示しています。写真Cでは好中球の内部にはさまざまなサイズの紫色の点状構造物がみられ、一見細菌の貪食像と間違えてしまいそうですが、細菌とは異なる見え方をしています。この細胞はラゴサイト(ragocyte)と呼ばれ、点状の構造は核由来物質や貪食された免疫複合体に由来するといわれています。頻繁に遭遇する所見ではありませんが、みられれば免疫介在性の関節炎の可能性が示唆されます。また、写真Dでは、好中球内部にべったりと均一に染まる、円形の物質がみられます。抗核抗体により変化した核由来物質で、この細胞はLE細胞と呼ばれます。関節液細胞診でLE細胞が出現するのはSLEを強く示唆する所見です。
ITPの経過も踏まえ、SLEの可能性が高いと考えられます。細菌培養による感染否定、抗核抗体、およびSLEを支持するほかの所見があればより診断的と考えられます。
多くの場合、免疫介在性多発性関節炎やSLEでは非変性性の好中球が多数みられるのみであり、基本的には他の病気の除外診断から診断をする必要があります。今回のように細胞診だけで原因に迫ることができるのは稀なケースといえます。
最後に、SLEの診断基準はもともとヒト医学領域のものが獣医学領域にも応用され、さまざまに改変されて使われていますが、獣医学領域で比較的広く受け入れられているものを表3に示しておきます。
Major sign | Minor sign | ||
---|---|---|---|
多発性関節炎 | (関節液検査・培養) | 不明熱 | (腹腔内画像診断・尿培養・抗生剤への反応など) |
SLEに合致する皮膚病変 | (皮膚生検) | CNS徴候 | (MRI・CSF検査・感染症否定など) |
糸球体腎炎 | (UPC>2・あるいは腎生検) | 口腔粘膜潰瘍 | (粘膜生検) |
多発性筋炎 | (CK上昇・あるいは筋生検) | リンパ節症 | (リンパ節FNA) |
免疫介在性溶血性貧血 | (CBC・クームス試験・骨髄生検・感染症否定など) | 心膜炎 | (超音波検査室) |
免疫介在性血小板減少 | (CBC・感染症否定・骨髄生検) | 胸膜炎 | (胸部X線・胸水検査) |
免疫介在性好中球減少 | (CBC・感染症否定・骨髄生検) |
- 関節液細胞診では、大きく炎症性関節症・変性性関節症・出血性関節症の三つに分類することができる
- 炎症細胞による病原体貪食像は、感染性の関節炎を確定する所見だが、貪食像がなくとも感染を否定できない
- 犬の炎症性関節症は、感染性もしくは非感染性のものがあり、非感染性の関節炎がもっとも多くみられる
- 多くの免疫介在性多発性関節炎では変性のない好中球が増加し、診断は除外診断による
- ragocyteはまれに関節液においてみられる所見で、免疫複合体が貪食されたものといわれている
- LE細胞は抗核抗体で変性した核由来物質で、まれではあるが関節液にみられればSLEを強く示唆する
参考文献
- Canine and feline cytopathology A color atlas and interpretation guide, 4th edition
- Schalm’s veterinary hematology, 7th edition
- Small animal internal medicine, 5th ed
【執筆:富士フイルムVETシステムズ 診断医(臨床病理) 島田優一】