このコンテンツは獣医療従事者向けの内容です。
超音波診断装置の発展とともに歩んできた超音波工学フェローの山崎が、超音波に関連する、技術、臨床から雑学、うんちくに至るまで、さまざまな話題を提供します。
今回は超音波画像のアーチファクトについてです。
超音波診断装置の原理は「パルスエコー法」
超音波画像診断装置の原理は、「パルスエコー法」といわれ、生体内に向けてパルス波を送信してから反射波が戻ってくるまでの時間を測定して距離に換算した上で、反射波の強さの変化を、画像にしています。ここで超音波装置は、「プローブから発射した超音波は、狙った方向にまっすぐに進み、そのライン上にある反射体からの反射波がまっすぐにプローブに戻ってくる」ことを前提にして画像を構築していきます。
「アーチファクト」とは生体内に実際には存在しない虚像が表示されてしまう現象
現実にはこの前提が崩れる現象が生体内でしばしば起きています。生体内を進んでいく超音波が途中でわき道にそれて超音波装置が想定していない方向に進んでいくことがあります。その先に反射体があると、(1)そこからの反射波が来た道と同じ経路を逆にたどってプローブまで戻ってくる場合と、(2)そこで反射した超音波がさらにわき道にそれていって二度とプローブに戻ってこない場合、の2つのケースがあります。どちらの場合にも、超音波装置が映像化すると、生体内に実際には存在しない虚像、アーチファクトが表示されることになります。
超音波の反射と屈折、スネルの法則
生体内の媒質1を進んでいる超音波が、媒質1とは音響インピーダンス(密度×音速)が異なる媒質2との境界に到達すると、その一部は反射し、残りの超音波は媒質2に透過してさらに先へと進んでいきます。
超音波が媒質1と媒質2の境界面に垂直に入射する場合には、反射する超音波、透過する超音波、どちらも入射波と同一の直線上を互いに逆方向に進むことになります。超音波装置が前提にしている超音波の進み方です。
一方、超音波が境界面に斜めに入射した場合には、図1に示すように、法線(境界面に垂直に引いた線)に対して、超音波の入射角θ1と同じ角度で線対称の方向に反射波が進んでいきます。
また、透過する超音波は、媒質1と媒質2の音速C1、C2が異なる場合には、境界面で屈折して、超音波の進行方向が曲がります。このとき、入射角θ1と屈折角θ2との間には、
の関係式が成り立ちます。これをスネルの法則といいます。
超音波のアーチファクトの種類(1):ミラーイメージ
「医用超音波用語集」(日本超音波医学会)では、ミラーイメージを、「強い反射面の浅部にある像がその反射面の深部に反転した形にみえる虚像」と解説しています。
図2は、右上腹部走査の超音波画像で肝臓と腎臓の先に横隔膜が強い輝線で描出されています。この断面で横隔膜の先にあるのは、胸膜という二重膜で覆われた肺です。二重膜の間は胸膜腔と呼ばれ胸膜液で満たされていますが、正常の場合にはその厚みは薄く、横隔膜の先にあるのは肺であると考えて差し支えありません。
肺は空気で満たされているため、横隔膜を透過した超音波は肺の表面で行く手を拒まれ、すべて反射します。正常な肺の実質(空気)を超音波で映像化することはできません。
しかし、この画像では横隔膜の先、肺が位置している部分にもノイズとは思えない「それらしい画」が表示されています。これはアーチファクト(虚像)で、横隔膜の直上に位置する肝臓の実質の画像を鏡に映したように反転したもの。これをミラーイメージとよんでいます。
このミラーイメージを身近な素材を使ったファントム実験で再現してみましょう(図3-A)。
用意したのは、「こんにゃく」と「かまぼこ」です。こんにゃくの短辺の片側を斜めにカットします。そのカットした断面の少し上に小さな長方形の穴をくり抜き、同じ大きさにカットしたかまぼこを穴に詰め込みます。こんにゃくのもう片方の短辺にコンベックスプローブを当てて超音波画像を描出すると、あら不思議!!
こんにゃくを斜めにカットした先にも、なにやら構造物らしいものが映像化されています。これがミラーイメージとよばれるアーチファクトです。
図3-Bの画像を使って、アーチファクトが出現するメカニズムを解説します。
プローブから①の方向に発射した超音波は、かまぼこで反射して②の方向に戻ってきて映像化されます。これが真のかまぼこの画になります。
次に、プローブから③の方向に発射した超音波は、こんにゃくを斜めに切り落とした断面に到達します。断面の先は空気に接しているため、超音波はその先に透過することができず、この境界ですべて反射します。境界面に対する入射角と反射角は等しいという関係があり、③の超音波は④の方向に反射して、進んでいった先にあるかまぼこにぶつかります。ここで反射した超音波は、⑤、⑥と来た道と同じ経路を逆にたどってプローブに戻っていきます。
このとき、超音波装置は、「プローブから発射した超音波は、狙った方向にまっすぐに進み、そのライン上にある反射体からの反射波がまっすぐにプローブに戻ってくる」ことを前提にして画像を構築していますので、③の経路で進んでいった超音波は、こんにゃくの切り落とし断面に到達した後もそのまままっすぐに④’の方向に進んで行って、その先にある反射体からの反射波が、⑤’、⑥の経路でまっすぐにプローブに戻ってきたものと想定して(勘違いして)画像にします。その結果がこの画像です。
図2の臨床画像と対比してみましょう。こんにゃくは腹部実質臓器(肝臓)、かまぼこは肝臓内の高輝度の病変(図2には病変がありません)、こんにゃくの切断面が横隔膜、その先の空気は肺の実質に相当します。ミラーイメージでは、横隔膜を起点にして肝臓内の病変までの距離と、肺の中の虚像までの距離とが等しい位置関係にあります。読者の皆さんは、このファントム実験からその理由を容易に理解できたのではないでしょうか。
超音波のアーチファクトの種類(2):外側陰影
最近ではパソコンやスマートフォンの長時間の使用により手首の腱鞘炎に悩まされている人が増加していると聞きます。図4は、手首の親指側に生じる腱鞘炎(ドケルバン病)の超音波画像です。
腱は筋肉が収縮して生み出した力を骨に伝えて関節を動かします。腱は手首で密集しているため、隣の腱や近くの骨と擦れないように腱鞘(けんしょう)と呼ばれるトンネルの中を通っています。腱鞘の中には滑液(かつえき)と呼ばれる液体が含まれています。
正常な腱と腱鞘をエコーで観察すると腱は楕円形で腱鞘内の滑液はほとんど見られません。
腱鞘炎では腱が腫れて楕円形→円形になります。また腱鞘に炎症が起こり、滑液が溜まることで腱の周囲が黒く映ります。 図4の画像で著明に黒く抜けている部分が2か所あることにお気づきでしょうか?
1か所は、腱鞘に炎症が起こり、滑液が溜まっている部分。エコーでは液体は黒く映ります。もう1か所は、腱鞘の右側面から画面の下に向かって帯状に延びているエコーフリースペースです。これは、外側陰影(ラテラルシャドウ)とよばれるアーチファクトで超音波の屈折と全反射により生じる音響陰影です。
外側陰影(がいそくいんえい)について、医用超音波用語集では、「腫瘤などの側面より後方に延びる音響陰影」と解説しています。
この外側陰影を身近な素材を使ったファントム実験で再現してみましょう(図5)。
用意したのは、「こんにゃく」、「ゴム風船」、「水」と「食塩」です。こんにゃくに直径約20mmの穴をあけ、水を封入したゴム風船を穴に挿入します。
こんにゃくの片辺にリニアプローブを当てて超音波画像を描出すると、皆さんが予想したとおりの画像、まん丸い嚢胞様(内部が低輝度エコー)の画像が描出されます。
次に、ゴム風船に封入する液体を食塩水に変えます。この食塩水は、飽和水溶液状態(水に溶ける食塩の量を最大にした状態)にします。このゴム風船をこんにゃくの穴に挿入して、同じように超音波画像を描出してみると、あら不思議!!
こんどは、こんにゃくに開けた穴の両側面から後方に延びる音響陰影、外側陰影が出現しました。
外側陰影は、音速が異なる2つの媒質の境界面で超音波が屈折することによって生じるアーチファクトです。この実験で使用したそれぞれの素材(媒質)の音速は実測していません。複数の文献を参考にして音速を大まかに推定しました。
こんにゃく:1,500~1,550m/s
ゴム風船に封入した水(20℃):1,500m/s
ゴム風船に封入した食塩水(飽和水溶液、20℃):1,680m/s
こんにゃく(音速:C1)を進んできた超音波が液体(音速:C2)を封入したゴム風船に到達すると、前述したスネルの法則に従って超音波が屈折してその先へと進んでいきます。このとき、C1 < C2のときに限ってラテラルシャドウが出現する場合があります。C1 ≧ C2の場合には何も起きません。
こんにゃくの音速C1と水の音速C2には、C1 ≧ C2の関係があるため、まん丸い嚢胞様の画像が描出されました。水に食塩を溶かしていくと音速C2は上昇していきます。飽和水溶液の状態では1,680m/s(推定)まで上昇し、著明にC1 < C2の関係が成り立ち、期待とおりの外側陰影が出現しました。
次に、図6を用いて外側陰影が出現するメカニズムを説明します。
C1 < C2のとき、入射角θ1 < 屈折角θ2になることがポイントです。
- 超音波が境界面に垂直に入射する場合には、反射波、透過波、どちらも入射波と同一の直線上を互いに逆方向に進むことになります(θ1 =θ2 = 0)。
- 超音波が境界面に斜めに入射した場合には、超音波の入射角θ1と同じ角度で線対称の方向に反射波が進んでいき、透過波はθ2の角度で屈折して先に進みます。このときθ1 < θ2の関係になります(C1 < C2のため)。
- 入射角θ1を大きくしていくと、あるところで屈折角θ2が90度になります。この状態は、媒質2に超音波が透過しなくなる限界で、透過波は境界面をすべるように境界面の接線方向に進んでいきます。屈折角θ2が90度になるときの入射角θ1を、「臨界角」とよびます。
- 入射角θ1が臨界角を超えると、超音波は境界面で全反射して、その先へと進んでいく(透過していく)超音波はゼロになります。つまり、それより後方に超音波ビームが到達しないために無エコーになります。これが画像上で外側陰影とよばれるアーチファクトになります。
C1 ≧ C2の場合には、θ1 ≧θ2となり、θ2が90度になることはなく、超音波が境界面で全反射する状態にはならないので外側陰影は出現しません。また、C1 < C2であっても境界面が平滑で球体(円筒形)に近い物体(病変)でないと著明な外側陰影は出現しません。この実験では、ゴム風船が境界面を平滑にする役割を果たしています。
それでは、ここでもう一度臨床画像(図4)を振り返ってみましょう。
腱鞘は円筒に近い形状をしていて境界面は平滑です。外側陰影が出やすい一つの条件はクリアしています。
しかし、陰影が観察されるのは腱鞘の短軸の右側の側面のみで、左側の側面には陰影が観測されません。右側は腱鞘に腱が接触しています。この腱の音速が腱鞘の周囲の組織の音速より速いために外側陰影が出現します。
一方、左側は腱鞘の内部にあるのは滑液で、滑液の音速は、腱鞘の周囲の組織の音速と同等か、組織の音速より遅いために外側陰影は出現しません。
超音波の「紆余曲折」が生み出すアーチファクト
生体内を進んでいく超音波が途中でわき道にそれて超音波装置が想定していない方向に進んでいくことがあります。その先に反射体があると、(1)そこからの反射波が来た道と同じ経路を逆にたどってプローブまで戻ってくる場合と、(2)そこで反射した超音波がさらにわき道にそれていって二度とプローブに戻ってこない場合、の2つのケースがあります。
(1)は「ミラーイメージ」とよばれるアーチファクトになり、(2)は「外側陰影」とよばれるアーチファクトになることを、こんにゃくを使った実験で解説しました。
実験に使ったこんにゃくは、このあと甘辛煮にしておいしくいただきました。