You are accessing from the United States. To browse Fujifilm USA website, please click the following link.

Fujifilm USA Website
日本
動物医療コラム

甲状腺機能低下症に関する四方山(よもやま)話

このコンテンツは獣医療従事者向けの内容です。

掲載記事は掲載日時点の情報であり、記事の内容などは最新の情報とは異なる場合があります。

はじめに

今回は甲状腺機能低下症に関する話題をお届けしたいと思います。

甲状腺機能低下症は犬に比較的多いとされる内分泌疾患で、特に高齢から老齢の犬で発症が多いとされています。また、ゴールデン・レトリーバーなど、いくつかの好発犬種が報告されています。初期診断およびスクリーニングのための検査として甲状腺ホルモン、特にT4濃度の測定が一般的に行われます。以前はT4濃度の測定は外注検査でしか実施できませんでしたが、近年では院内測定できる機器・試薬も販売されており、より身近な検査となりました。 

皆さまの病院では、実際にどれくらいの患者さんを甲状腺機能低下症と診断していますか?特に最近は健康診断に合わせてT4濃度を測定することも多いかと思いますので、その結果を見ると「甲状腺機能低下症って結構多いなぁ」と感じているかもしれません。しかし、それには少し注意が必要です。 

甲状腺機能低下症の50%は誤診 !?

最近、次のような論文が発表されました。 

文献紹介

“Assessment of the likelihood of hypothyroidism in dogs diagnosed with and treated for hypothyroidism at primary care practices: 102 cases (2016-2021)” 
Travail et al., Journal of Veterinary Internal Medicine, 2024 

犬の甲状腺機能低下症は50%は誤診 !?

表題を邦訳すると、「一次診療施設で甲状腺機能低下症と診断され治療を受けた犬における甲状腺機能低下症の可能性の評価:102例」となります。

これはイギリスで実施された調査で、一次診療施設で甲状腺機能低下症と診断され、甲状腺ホルモン製剤(レボチロキシン)の投与を受けた症例のデータを抜き出し、それを3人の専門医が再精査したというものです。本当に甲状腺機能低下症だったのか、レボチロキシンの投与が必要だったのかを、データをもとに専門医が判定していますが、結果は驚くべきものでした。3名の専門医ごとに差はありますが、それぞれが58.8%、52.9%、45.1%の症例が実際にはレボチロキシンの投与は不要だったと判定したのです。これには、甲状腺機能低下症ではないと判断されたものや、甲状腺機能低下症だけど投薬は必要ないと判断されたものなど、さまざまなパターンを含んでいますが、それにしても衝撃的な数字です。甲状腺機能低下症ではない、可能性が低いと判断された症例に限ってみると、55.9%、29.5%、32.3%という数字が報告されています。また、院内測定と外注検査で比較した場合、院内測定で診断した場合によりレボチロキシンを不必要に投与している割合が高いことも結果として報告されています。 

どこまでも厄介なEuthyroid sick syndrome

良かれと思って診断、治療していた症例が、実は不要な治療をしていたと言われてしまっては現場の獣医師としてはなかなかにショックを受けてしまいます。この結果を生んだ原因はいくつか考えられますが、一つはEuthyroid sick syndromeの存在があります。Euthyroid sick syndromeはちょうどよい日本語訳がないためにそのまま記載していますが、euは「正常な」という意味の接頭語で、thyroidは甲状腺のことですから、意味をそのままに捉えると「甲状腺機能は正常なのに、何らかの病気の影響で甲状腺ホルモンの分泌が低下した状態」ということになります。炎症や腫瘍などの疾患がある場合に加えて、ステロイド剤等の投与によっても影響を受けることが知られています。基礎疾患のある患者や投薬治療を受けている患者では、T4の値だけを見ると甲状腺機能低下症と言ってしまうような低値であることがよくあります。 

【血液検査結果】

血液検査結果サンプル1
血液検査結果サンプル2
血液検査結果サンプル3

大学で二次診療に携わっていたころ、甲状腺機能低下症と診断して治療していたけどなかなか良くならないという症例を何度か紹介されました。一例を示しますが、確かに高脂血症などがあり、治療前の甲状腺ホルモンは測定限界に近い低値を示しています。しかし、X線検査で肝腫大が顕著であり、腹部超音波検査を実施すると両側の副腎が腫大しています。

【腹部超音波検査画像】

両側副腎の腫大が認められる

【X線検査所見画像】

腹部X線検査所見:肝腫大が認められる

この例では、ACTH刺激試験の結果から最終的には下垂体性副腎皮質機能亢進症と診断しました。最終的に出そろったデータだけを見ればかなり典型的な下垂体性副腎皮質機能亢進症の症例ですが、血液検査のデータと甲状腺ホルモンの数値だけを見ると甲状腺機能低下症と考えても矛盾はしません。こういったケースが過剰診断、過剰治療につながってしまうのかなと思います。このケースでは、副腎皮質機能亢進症によってコルチゾール分泌が亢進した影響で、甲状腺ホルモンの分泌が低下していたと考えられます。甲状腺ホルモン製剤を中止しても調子は変わらないどころか改善しましたので、甲状腺機能低下症はなかっただろうと思います。私の大学時代の恩師であるM先生は「甲状腺機能低下症と副腎皮質機能亢進症の併発はない!」とよくおっしゃっていました。私はそう断言するほどの勇気はありませんが、それでも併発はかなりまれな事例なのではないかと考えています。 

「症状がなければ検査するな」の原則

これもM先生の受け売りですが、症状のない犬はそもそも検査するな!ということも口を酸っぱくして教えられました。これは、そもそもなぜ治療をするのかということにもつながってくると思います。甲状腺機能低下症に限らず、基本的に治療は病気に伴う症状を軽減させるために行います。その理屈からすれば、症状がなければそもそも治療の必要がないし、治療しないのなら検査する必要もない、ということになります。前述の論文の著者らも、検査の感度や陽性的中率を上げるためにも、検査の実施は症状やその他の検査所見が当てはまる場合に限定することを推奨しています。もちろん、甲状腺機能低下症は循環器等に影響しますので、症状のない状態でも身体の中では少しずつ負担が蓄積している可能性はあります。そのため、すべての検査が無駄だと言うつもりはありませんが、患者さんの状態や飼い主さんの希望を考慮して、積極的な治療に進む可能性が低いのであれば、検査は一旦取りやめてもいいのかもしれません。 

思ったよりもずっと低い?甲状腺機能低下症の有病率・発生率

では、実際には甲状腺機能低下症の患者さんはどれくらいいるのでしょうか?ここで、また一つ論文を紹介したいと思います。

文献紹介

“Frequency, breed predispositions and other demographic risk factors for diagnosis of hypothyroidism in dogs under primary veterinary care in the UK” 
O’Neill et al., Canine Medicine and Genetics, 2022 

実際の発症率はたったの0.04%!?

こちらの論文では、イギリスの一次診療施設のデータベースから、甲状腺機能低下症と新たに診断された症例およびすでに診断されて治療中の症例情報を検索し、抜き出しています。結果として、ある1年の犬の全データベース905,553頭中、新たに甲状腺機能低下症と診断されたのが359頭、すでに診断されて治療中なのが1,746頭でした。有病率は0.23%(2,105/905,553)、新規診断率(発生率)は0.04%(359/905,553)となります。0.04%というと2,500頭に1頭ですから、ずいぶん少ないという印象を持ちます。さらに興味深いことに、この研究は前半で紹介した論文と同じく「イギリス」の「一次診療施設」を対象にしたものです。前半の論文のデータを当てはめると、専門医の判断では30~50%程度が誤って診断されているとしていますので、真の有病率や発生率はさらに低いことになります。イギリスと日本ではまた事情が異なりますが、この論文中で好発品種として報告されているドーベルマンやボクサーなどの大型犬の飼育が日本では少ないことを加味すると、日本での有病率や発生率はさらに低いかもしれません。 

測定機器が違えば結果も異なる 

最後に、検査系の違いの話を少しだけ。冒頭で述べたとおり、現在ではT4濃度は外注検査以外に院内測定も可能になりました。ただし、同じ検査項目といえども測定に使用する機器や試薬が異なれば、その結果は全く同じというわけにはいきません。特にT4のようなホルモン濃度は抗体を利用した免疫学的方法によって測定されますが、免疫学的方法による測定は、酵素反応などを利用する生化学項目と比べても方法間の差・違いが大きくなります。そのため、同一症例で繰り返し測定する場合は、必ず測定系を院内か外注検査のどちらかに統一してください。今日は院内、次は外注検査というやり方では、それだけで測定結果がずれてしまいます。例えば健康診断で外注した際に異常が見つかり、今後の定期検診は院内で行うといった場合には、治療を始める前に必ず院内で再測定してから治療開始するようにしてください。また、余裕があれば測定後の検体を冷凍保存しておくことをお勧めします。免疫学的方法に基づく測定は、非特異反応等によるエラーが出やすいという特徴もあります。院内測定で結果がおかしいなと感じた場合、外注検査で測定し直すと正しい結果が得られる場合があります。もちろん、逆もまたしかりです。一方で、測定結果に特に疑念がない場合の測り比べはあまりお勧めしません。どうあっても異なる二つの測定系で得られた測定結果はぴったりとは一致しませんし、混乱を招くだけだと思います。厳密な意味でどちらが真の値かを決めるのはなかなか難しいところですが、違いを理解し、選択肢を広げておくことは重要です。 

おわりに 

甲状腺機能低下症は犬において比較的発生の多い重要な内分泌疾患の一つですが、実際の有病率や発生率、少なくとも治療の必要なケースは思ったよりも多くない可能性が示唆されています。Euthyroid sick syndromeでは、甲状腺ホルモンの補充は却って状態を悪化させるとされています。真に動物にやさしい診療を実現するために、甲状腺ホルモンの結果を評価する際には、一度立ち止まって慎重に判断することが求められています。

記事の執筆担当

執筆者イメージ

玉本 隆司 獣医師、獣医学博士 

2002年 東京大学入学 
2005年より獣医内科学研究室に所属し、辻本先生、大野先生、松木先生らの薫陶を受ける。 
2008年に大学卒業後、埼玉の動物病院で2年間一次診療に従事。 
2010年に東京大学大学院農学生命科学研究科に進学。獣医内科学研究室で研究に励む傍ら、附属動物医療センターでの診療にも従事する。 
2014年に酪農学園大学伴侶動物内科学IIユニットに助教として赴任。附属動物医療センターでの内科診療を担う。2016年より同講師、2019年より同准教授。2017年より内科診療科長、2020年副センター長。 
2021年に大学を退職し、富士フイルムVETシステムズ株式会社に入社。 
2024年逝去。生前、多くの功績を残し、業界内外から高く評価される。

大学時代の主要な研究テーマは「炎症マーカーの臨床活用」で、特に猫の炎症マーカーであるSAAの臨床応用や基礎研究を精力的に行った。 
診療については「専門性がないのが専門」と言いながら、内科全般をオールラウンドにこなし、その中でも免疫介在性疾患や感染症に強い関心を持っていた。

VETEVITA 最新号をお届けします

メールアドレスをご登録いただくと、富士フイルムVETシステムズの広報誌「VETEVITA(ベテビータ)」の最新号の発刊に合わせて定期的にご案内いたします。

  • * 獣医療従事者の方に限ります。

ペットオーナーさまへの案内にご利用ください

ペットオーナーさま向けに、犬・猫などの健康情報やペットライフを充実させる情報サイトをオープンしました。ぜひペットオーナーさまへの定期的な健康診断や病気の早期発見の大切さを伝える情報としてご活用ください。このページへのリンクはフリーです。SNSや貴院ホームページからのリンク先としてご利用いただけます。