富士フイルムが1200×1200dpiのシングルパス・インクジェットプリンター「Jet Press」の商品化を通じて培った、高解像度インクジェットプリンター開発の「虎の巻」を特別に公開します。
- ヘッドのカタログスペックだけでは決まらない?最重要仕様の一つ「印刷速度」
- インクの広がり率・着弾位置ずれ量も印刷速度に大きく寄与!
- 印刷速度が決まればプリンターの主要な仕様が検討可能に。実効印刷速度を高めることが重要!
印刷速度は、プリンター購入時の比較検討で重視される指標であり、プリンターの商品企画をする上で最も重要な仕様の一つです。
しかし、商品企画の段階で設定された目標値と、到達できる(できた)印刷速度が乖離することがよくあります。なぜ、このようなことが起こるのでしょうか?
プリンター開発では、狙う市場・ターゲットを明確にできれば、ある程度の製品仕様が見えてきます。
しかし、製品仕様の中でもなかなか定めにくいのが印刷速度です。印刷速度はプリントヘッドのカタログスペックから簡単に導き出せると考えられがちですが、そうではありません。
プリントヘッドのカタログには、解像度と最大駆動周波数が記載されていることが一般的です。
例えば、1200dpi・100kHzのプリントヘッドを用いたシングルパス・インクジェットプリンターで考えてみましょう。
単純計算では、1inch/1200×100kHz=127m/minの印刷速度のプリンターを開発できることになります。
しかし、高解像度の 1200×1200 dpi のインクジェットプリンターにおいては、127m/minの印刷速度を持つプリンターは2020年7月時点では販売されておらず、50m/min前後の印刷速度であることが一般的です。
なぜ、プリントヘッドのスペックだけで印刷速度が決まらないのでしょうか?その理由を知るために、印刷速度を決める要因にどのようなものがあるのか、みてみましょう。
例として、オフセット印刷の代替となるインクジェットプリンターを開発する場合、要求仕様はオフセット印刷と同等以上の画質となるでしょう。これを実現するには、ベタが素抜けなく埋まり、細かい文字(例えば3ptの文字)も判別可能にする必要があります。
1200dpiの解像度を持ち、最大吐出可能周波数は100kHz、その際2plのインク滴を吐出可能なプリントヘッドを使用する場合を考えてみましょう。この2plのインク滴を基材上に1200dpiで並べると、図1に示したドットパターンを形成するはずです。
この時、ドットが互いにオーバーラップする状態であれば、ベタを埋めることができます。前述の2plのインク滴は空中では直径約16μmで、基材に着弾後に濡れ広がりドットを形成しますが、1200dpiでベタを埋めるためには約30μm(=21.2μm×√2)のドット径が必要です(図2)。
つまり、基材上でのドットの直径(以降ドット径と表記)が空中でのインク滴径の約2倍に広がれば、理論上はベタが埋まることになります。
このドット径とインク滴径の比を当社では「広がり率」と呼び、プリンターを設計する上で非常に大切な数値です。この広がり率はインクの組成に依存することはもちろんのこと、システム構成や印刷基材にも依存するため、商品開発では最優先で検証すべき数値です。
例えばシステムによっては、インクのにじみを防止するために、前処理液を用いて広がり率をあえて小さくする設計をするかもしれません。
また、印刷基材はプリンターのエンドユーザーが選択することが多く、プリンターの開発サイドにとっては非制御因子となります。
実際にJet Pressの開発においても、オフセット印刷機で使用される多種多様な基材への対応は、非常に苦労した点の一つでした。
それでは、
- プリントヘッドから吐出するインク液の体積
- 広がり率
が決まれば、印刷速度は決まるでしょうか?答えは、ノーです。
印刷速度を左右する重要な要因でありながら、見逃されがちなものとして、着弾位置ずれが挙げられます。
以下で、着弾位置ずれが原因で発生する問題と、その解決方法について見ていきましょう。
一般に、インクジェットプリンターのプリントヘッドから吐出された液滴は、ある程度の理想位置からのずれをもって基材に着弾します。これによって、ベタが埋まらない現象が発生することがあります。
例えば、図3のようにxμmだけX軸方向(ノズル並び方向)に着弾位置がずれてしまうノズルがあったとしましょう。
このとき、ベタが隙間なく埋まるために必要なドット径をΦμmは
Φ=((21.2+x)2+21.22)1/2
と計算できます。
これを具体的に計算すると、図4のようになります。
着弾位置ずれがない場合は、約30μmのドットでベタが埋まったのに対し、例えば、着弾位置が21μmずれた場合には約50μmのドットが必要であることがわかります。
それでは、安定してベタが埋まるようにするためには、どのような方法があるでしょうか?主な対応方法は2つあります。
一つは、より大きなドットを形成することです。一般的に、圧電方式のインクジェットヘッドでは、大きなドットを形成する際に複数のインク滴を重ね打ちしますが、この場合には必然的に1ドットを形成する時間は長くなり、印刷速度は低下します。
一方で、プリントバー(プリントヘッド)を基材搬送方向に複数並べることで、印刷速度を落とさずに複数のインク滴を重ね打ちするという方法もあります。ただし、この場合、必要な装置コストは増加します。
また、文字印刷を主体としたプリンターでは、そもそもベタを埋めることは必須ではなく、より高速な印刷速度を実現できます。狙う市場、ターゲットから、要求される画質などの性能を見極めて、印刷速度を決定することが重要です。
こうした観点で検討することで、印刷速度の目標値を決めることができ、プリンターの主要な仕様も検討できるようになります。
- 目標の印刷速度で打てるベタで色の濃度、色域は目標に到達するか?
- 目標の印刷速度で安定して吐出を維持できるか?
- 最大濃度でしっかり乾燥させるためには、乾燥長は何m必要か?
など、さまざまな事柄を検証できるようになり、課題が具体化し始めします。
場合によっては、インクや基材、乾燥機構が律速となって印刷速度が決まることや、その他の課題が発生して印刷速度の再検討が必要になることもあります。
しかし、印刷速度の目標値を変えると、装置構成が大きく変わる危険性があるため、開発ステージの後半での変更は絶対に避けたいところです。
また、印刷速度が高速であっても、
- 色が安定せず多数の試し刷りが必要で、なかなか本刷りを実施できない
- せっかく本刷りを実施しても、印刷中の品質が安定しない
- 頻繁にメンテナンスをしないと印刷品質を保てない/メンテナンス後の印刷品質を保てない
といったことが発生すれば、実効印刷速度は低下し、お客さまに満足いただくことはできません。
つまり、実効印刷速度を高め、高品質なプリンターに仕上げるためには、求められる品質に応じてプリントヘッドだけではなく、色を安定させるためのインク供給ユニットや適切なクリーニングユニットなどを導入し、プリンターとしてインテグレートしていくことが必要になります。
Jet Pressの開発でも、さまざまな試行錯誤をして現在の製品仕様に着地するとともに、実効印刷速度(実効生産性)を高める工夫をしてきました。実効印刷速度を高める方法については、今後の記事で紹介予定ですので、ぜひご期待ください。
なお、さまざまな印刷速度に対応した吐出や、実効印刷速度を高めるための工夫など、私たちがJet Press開発を通じて得た知見・技術は、インクジェットコンポーネント「Samba JPC」に生かされており、皆さまの開発ですぐにお役立ていただくことが可能です。
富士フイルムは、「Samba JPC」を通じて、御社の開発を効率化し、高解像度シングルパス・インクジェットプリンター開発、およびインクジェット市場の拡大と発展に寄与したいと考えています。