道路構造物の5年に1度の定期点検は、今年(2024年)で3巡目を迎えます。2012年に発生した笹子トンネル天井板落下事故を契機に、道路法が改正されたことに端を発します。その定期点検の方法は近づいて肉眼で点検する「近接目視」を原則にしていましたが負担が大きく、早々に点検技術のデジタル化が望まれました。このデジタル技術の利用が認められたのが2019年。ここではこの定期点検方法の変遷と、今や急速に広がっているデジタル化を促進する施策についてみていきます。
近接目視点検のはじまり
2012年12月に発生した中央自動車道笹子トンネルの天井板落下事故は、日本のインフラ施設が老朽化の時代を迎えていることや、その膨大な点検補修が必要になっていることを、私たち国民に強く印象づけるものでした。これを機に2013年6月に道路法が改正され、2014年に国土交通省から「道路橋定期点検要領」が公布され、5年に1度の定期点検義務化、近接目視を原則とした点検が定められました。それまで道路管理者の多くを占める地方自治体では、遠望目視を基本として点検が行われており、精度の高い点検は実施されてからまだ10年余りと、比較的近年にはじまったものでした。
しかし橋梁やトンネルの多くは、接近困難な場所も多く、すんなりと人が接近できる施設ではありません。橋梁上に車体を停め、アームを伸ばして橋桁に接近する専用車両「橋梁点検車」や高所作業車を使って近接する必要があります。橋の種類によっては、橋梁点検車のアームが橋梁の構造を避けながら移動する手順が必要となり、遠望目視点検に比べて多大なコストと時間を要します。人材不足や資金不足に陥っている地方自治体にとって、大きな負担となりました。
定期点検要領の改訂で開けた新技術利用への道筋
老朽化する道路構造物は増え続け、そのメンテナンス予算と人材が減り続けていく日本のインフラ事情に対応すべく、メンテナンスにおける新技術、特に点検に関するデジタル技術の開発と実証実験「インフラ維持管理・更新・マネジメント技術」が内閣府を中心に産官学が連携し、推進されました。技術開発の提案がなされたものの、当初は採算が合わず、なかなか実用には至りませんでした。しかし一方で、地方自治体から、点検コストの削減や、技術者不足による負担の軽減のため、近接目視点検に代わる新技術の活用が要望されていきます。
そして2019年、道路橋定期点検要領が改訂され、新たなデジタル技術による点検が認められるようになりました。要領は「定期点検を行う者は、健全性の診断の根拠となる道路橋の現在の状態を、近接目視により把握するか、または、自らの近接目視によるときと同等の健全性の診断を行うことができる情報が得られると判断した方法により把握しなければならない。」、このように改訂されました。同時に、「新技術利用のガイドライン」「点検支援技術性能カタログ」が国交省より策定され、トンネル・橋梁点検などにドローンなどの新技術利用の促進が図られていくのです。
新技術利用のガイドライン
定期点検のデジタル化は、実際どのようなプロセスを経て実用に至ったのでしょうか。近接目視点検に代わる新技術が承認された定期点検要領の改訂と同時に策定された「新技術利用のガイドライン」では、道路管理者である発注者と、点検業務の委託を請ける受注者との間で、次のように使用技術を確認するプロセスが例示されて、新技術導入の筋道がまず示されました。
- 定期点検業務の中で使用する技術を、受発注者間で確認するプロセスを明示
- 技術の性能値の確認に用いる標準項目を明示
新技術の利用に先だって、使用する技術内容を受発注者間で確認しておこうというものです。道路管理者である発注者が、あらかじめ点検支援技術の活用範囲や目的を明確にしながら業務委託を行い、受注者が技術性能カタログから最適な技術を選定し、その技術を発注者が確認、協議の上、その技術を活用するという流れが標準的なプロセスとして示されました。
点検支援技術の活用プロセス
点検支援技術性能カタログ
「点検支援技術性能カタログ」は国が定めた標準項目に対する性能値を開発者に求め、開発者から提出されたものをカタログ形式でとりまとめたものです。いわば国が整理した新技術を参考にすることで、受発注者自身がその新技術に対する性能や安全性を確認・担保しながら利用するというもの。ドローンを用いた撮影やAIを活用した画像解析、IoTを活用したモニタリングなどをはじめ、トンネル・橋梁などのインフラ点検に使われる新技術が掲載されています。その数は当初の16技術から、2024年4月時点で321(橋梁・トンネル266)技術にまで増え、開発・実用化は拡充されています。
新技術利用をサポートする3つの資料
点検要領の改訂では、点検支援技術性能カタログを補完する資料の作成も示されました。開発者が作成する「技術マニュアル」と、国が作成する「定期点検の参考資料」です。
技術マニュアルは、ドローンなどの機器を用いてトンネル・橋梁などの定期点検を行う者が現場で適切に機器などを活用して調査(計測)し、また結果を適切に活用するために参考となる技術情報が整理されています。この技術マニュアルには、概要、原理、適用条件、精度と信頼性に与える留意点、調査手順、調査結果の解釈の留意点、記録、参考図書などについて整理されており、技術を活用する際に必要に応じて開発者から提供を受けて利用します。
定期点検の参考資料は、道路施設の形式、部位・部材、構造などの条件、定期点検の目的に応じて、定期点検を適切に実施するための判断基準を整理したものです。これはドローンなどの新技術の利用に際して実際に現場で生じるさまざまな課題に対して一定の判断を示すことで、技術利用者を支援しようという考えに基づいたものです。
点検支援技術性能カタログ、技術マニュアル、定期点検の参考資料の相互関係
ドローンや画像解析AIをはじめとした新技術は、その利用、運用の歴史が浅いために、利用者にとって不慣れであったり、不確定要素が多かったりすることを理由に敬遠される側面もあります。しかし、トンネル・橋梁などの定期点検の方法を近接目視以外も可能とする方向に舵を切った時点から、国や開発者による情報提供の支援が行われ、利用促進の取り組みが進んでいるのも事実です。現在、目視点検のデジタル化技術は急速に進化、普及が進んでおり、日進月歩で更新されるさまざまな情報を積極的に取得しはじめた道路管理者が増えています。
老朽化したトンネルや橋梁などのインフラ構造物の点検を効率的に行うためにも、従来の近接目視点検から、ドローンや画像解析AIを活用した点検へのさらなる拡大が期待されます。
関連情報
富士フイルムの社会インフラ画像診断サービス「ひびみっけ」は、国土交通省点検支援技術性能カタログに掲載のほか、「NETIS」従来技術より優れる技術として評価情報が掲載されています。