このコンテンツは医療従事者向けの内容です。
お二人の経歴を教えてください。
一ノ瀬:富士フイルムに新卒で入社してから医療画像AIの研究開発に携わってきました。臨床現場で働く先生方からは、検査のボリュームが多い胸部は、人体の中でも画像診断が大変な部位と伺っています。私は、胸部のCT画像認識AIの開発に力を入れ、肺区域の特定や肺結節の検出、肺結節の性状分析といった技術を、複数の大学病院様と協力し開発を進めてきました。
桃木:私も新卒で富士フイルムに入社しましたが、一般写真関係のソフト開発など医療とは違う分野に携わってきました。2018年頃からCTの読影レポートを対象にした医療言語処理の技術開発を担当しています。
「製品のコアになるようなものを作りたい」と考えていたところに言語処理のお話をいただき、肺結節の性状分析機能について開発を進めてきました。
今回開発した「肺結節検出機能」と「肺結節性状分析機能」の概要は。
一ノ瀬:「肺結節検出機能」は、胸部のCT画像から肺結節の候補を自動で検出する機能です。CT画像で視認できる3mm程度の肺結節から拾い上げるように設計しました。
医師がCT画像を確認し、その後に検出された候補を再確認することによって、肺結節の見落としを低減します。
桃木:「肺結節性状分析機能」は、画像上で医師が指定した肺結節のサイズ・位置・辺縁部などの性状分析を行い、結果を表示する機能です。肺結節の中が石灰化している、空洞があるといった内部構造も分析し、結果として一覧として表示します。
また、性状分析の結果をもとに所見文の候補を複数作成し、提示することが可能です。
医師は、提示された所見文の候補を確認し、必要に応じて編集してレポートに転記することができます。
開発の経緯は。
一ノ瀬:PACS(医用画像管理システム)を市場に提供している弊社では、「システムにAIを利用して開発した機能を搭載することで画像診断の質向上と効率化に貢献する」というAI開発方針があります。AIをどのように活用していくのかを考えた時に、まずは「がん」の画像診断を支援する技術を開発していくことになりました。こうした技術があれば、がんの診断がしやすくなるでしょうし、早期発見できれば患者さんのQOL(Quality of Life)向上に貢献できると考えたからです。
がんの中でも、肺がんは罹患者数、死亡者数ともにトップクラスに高いがんです。そこで、放射線科医の先生方にお話を伺ってみたのですが、肺の画像診断は大変な作業であるというお声を数多く頂戴いたしました。というのも、CTの高性能化で早期がんの可能性のある小さな肺結節・淡い肺結節まで指摘できるようになった一方で、何百枚もの画像を丁寧に観察してこうした影を網羅的に拾うのはとても時間がかかるからです。
このようなことから多くの患者さんの役に立ちたい、先生方の画像診断を技術でサポートしたいと思い、第一弾として肺結節検出機能・肺結節性状分析機能の開発に至りました。
桃木:肺がんは研究が盛んで診療ガイドラインの整備が比較的進んでいることも肺結節を第一弾とした理由の一つです。「所見文の候補を提示する」ためには、CT画像中で指定した肺結節がどの性状を持っているかをAIに学習させる必要がありますが、何を認識させるかは人間が定める必要があり、これをガイドラインに沿って決めています。これらの背景から、まずは肺がんを含めた「肺結節」をターゲットに開発することを考えました。
開発する上で苦労した点は。
一ノ瀬:肺結節検出機能には、深層学習(ディープラーニング)という機械学習の手法を使っています※。この手法を使い高品質なAIを開発するには、病変の画像パターンを網羅する大量の画像データを収集し、画像に写った病変一つ一つにアノテーション(注釈)を付与すること必要です。肺結節は形状や濃度パターン・分布などが多岐にわたるので、すりガラス型とか、部分充実型とか、様々なタイプの画像をしっかり集めることが重要です。
また本機能は、PACSに搭載するものであり、各メーカーのCT画像でも問題なく動作する必要もあります。そこで、複数の病院様のデータを合わせて数千件規模のデータを収集した上で、病変のバリエーションが網羅されるように一症例ずつ画像を確認し、合計1万結節を超える大規模なデータセットを構築しました。
「画像パターンを網羅できているか」の判断には高度な臨床知識が必要で、開発中は足繁く共同研究先を訪問し、医師や診療放射線技師の方々と議論を繰り返しながらデータの作成、確認作業を進めました。このようなプロセスを通し、画像の網羅性を担保するようデータを作っていくことが、一番時間がかかりました。
それから、AIの学習データセットの構築には「工学者の視点」も重要です。
医師にとって比較的容易に認識できる病変も、AIにとっては認識が難しいというケースもあります。例えば人の目には明らかな大きい結節も、内部に空洞があったり、胸壁に広く接触していたりと、画像のパターンが多岐にわたることに加え、浸潤影・無気肺など結節と似たテクスチャを持つ病変もあり、十分なデータがないとAIは安定して検出できるようになりません。そういったAIにとっての「認識の難しさ」を考慮し、医師による臨床的な知見と工学者による技術的な視点を組み合わせて、繰り返し注意深く学習データの設計、評価を進めたことも重要だったと感じます。
桃木:肺結節性状分析機能に関しては、「所見文候補を提示する」という機能をAIで技術的に作っていくところが大変でした。最終的なアウトプットである「所見文」にたどりつくためには、何を書くか(データ構造)を決める必要があります。ただ、「肺結節」と一口に言っても、悪性腫瘍もあれば良性の場合もありますし、そもそも腫瘍以外の疾患ということもあります。指定した肺結節の結果を文章で表現するには、いろいろなパターンをカバーしたデータ構造が必要です。
そこで私たちは、ガイドラインに記載がある性状を網羅することはもちろん、共同研究先の病院様から数万件規模の読影レポートを収集させていただいて分析し、共同研究先の医師と何度も議論を重ね、所見文によく記載される性状はカバーできるように、悪性腫瘍以外についても考慮してデータ構造を設計しました。
所見文候補を提示する機能のコアとなる医療言語処理技術については、弊社では初の取り組みでもあり、技術的な知見や開発基盤が全くない状態から製品化できる技術レベルまで構築する必要があったため、非常に苦労しました。
特に開発で力を入れた点は。
一ノ瀬:医師との議論の中で、血管などの正常構造に紛れて指摘が難しい小さな肺結節をなるべく拾い上げるAIを開発することが重要だと理解し、AIに小さな病変を認識させることに力を入れました。小さい病変を多く含むようにデータセットを構築したことに加え、一般的な病変検出アルゴリズムと比べて小さい影に着目しやすいアルゴリズムを開発しました。
さらに、使いやすいAIにするには誤検出数を抑制することも重要です。この点に関しては、弊社の肺野認識技術を活用し、肺野外の候補の検出を抑制する処理を加えています。
肺結節性状分析機能については、肺区域を認識するAIの開発に力を入れました。画像上では肺区域の境目が視認できません。そのため、「区域を塗り分けたデータをたくさん作りAIに教える」という従来のアプローチができないのです。当初すごく悩んだ部分なのですが、先生方へのヒアリングを繰り返す中で、医師が「気管支の支配区域を追って肺の区域を認識している」ことを知りました。そこで、「肺区域は区域気管支の起始部を頂点とし、末梢に広がる」という医学知見をもとに、区域気管支の起始部の位置と、起始部より末梢側の気管支分枝が同一の肺区域であることを学習させました。これにより、患者間の気管支の長さや分岐の違いに対応できる技術を構築することができました。
桃木:肺結節が持つ性状の組み合わせは様々で、無数の組み合わせがありえます。どのようなパターンの肺結節に対しても妥当な所見文候補を提示できるようにするために、翻訳や質問応答などの自然言語処理の研究分野で用いられる「言語生成」のAI技術を用いることにしました。当初は世の中にある技術を所見文を生成する課題に組み込んで試すところから始めたのですが、開発を進める中で、言語生成AIは流暢で自然な文章の生成に優れる一方、入力した情報(性状)を過不足なく生成文に反映できないことがあり、正確性に課題があることがわかりました。そこで、「文章の内容を評価する」技術を開発し、組み合わせることで所見文候補のクオリティを高める工夫をしました。入力した性状を生成文に正確に反映させるところは特に力を入れた部分だと思っています。
一ノ瀬:肺結節を探す作業は、初回検査だけでなくフォローアップ検査や転移探索などいろいろなシーンで行われます。臨床現場において、肺にがんを疑う所見はないか、肺に転移はないか、見落とし防止の最終確認に活用していただきたいです。
桃木:現場で働く先生方にとっては、所見文作成よりも病変を診断し、治療方針を決定したり、患者さんに説明したりすることがより重要性が高いと考えています。肺結節性状分析機能を活用すればプログラムが所見文候補を提示するので、所見文作成の負担が軽減できるかと思います。所見文を考える負担が減ることで、医師がより重要な診断の仕事に注力できる助けになれば嬉しいです。
開発者として、今後の展望や思いは。
一ノ瀬:検査数の増加、検査機器の高性能化が進む中で、画像を診断する医師不足が顕著になっています。画像診断を支援するAI技術を開発し、肺だけではなく全身に領域展開することで医療現場の課題を解決する。それにより、患者さんがどこでも質の高い画像診断を享受できる、そんな世界を作っていければと考えています。
桃木:先生方が視認した病変を診断する際に迷いや葛藤を抱えることもあるかと思います。今回開発した技術を全身、肺結節以外の他の疾患にも広げつつ、画像と言語を組み合わせて診断や治療方針策定を支援する新しい技術を開発することで、先生方の精神的な負担を軽減していきたいです。
「SYNAPSE SAI viewer」は以下の医療機器を含む製品の総称です。
- SYNAPSE SAI viewer用 画像処理プログラム 販売名:画像処理プログラム FS-AI683型 認証番号:231ABBZX00029000
- SYNAPSE SAI viewer用 画像表示プログラム 販売名:画像診断ワークステーション用プログラム FS-V686型 認証番号:231ABBZX00028000
- SYNAPSE SAI viewer用 肺結節検出プログラム 販売名:肺結節検出プログラム FS-AI688型 承認番号:30200BZX00150000
そのほかのSAI viewer用プログラムはお問い合わせください。