シネマトグラファー江夏由洋が、MKシリーズの魅力について語ります。
「MKレンズシリーズが作り出す新しいデジタルシネマの世界」では富士フイルムから発売されたシネレンズMKシリーズが持つ光学性能や筐体のデザインについて書いたのだが、今回は実際の撮影における使用感とその作品の制作について話を進めていきたい。
撮影は5月末、深緑の季節を狙って、京都最古のお寺ともいわれている「東福寺」をその舞台に選んだ。まずは作品をご覧いただきたい。
冒頭にお伝えしたいことは、FUJINON MKシリーズがあまりにも素晴らしかったということである。美辞麗句を並べるつもりはないが、今までのようなPLマウントを使った撮影には戻れないと感じるほどの、最高のパフォーマンスを発揮してくれた。申し分のない美しい画質に加え、コンパクトな筐体が可能にするスチルレンズと変わらない機動力の高さは、まさにFUJINONの技術の結晶である。グレーディングを経て完成された重厚感ある映像に、新しいシネマレンズの時代を感じることとなった。
今回の撮影では、すでに発売になっているMK 18-55mm T2.9に加え、7月中旬発売予定のMK 50-135mm T2.9の2本を使用。カメラはSony PXW-FS7を2台で、ATOMOS SHOGUN INFERNOを使ってモニタリングと4Kのバックアップ収録を行った。収録はDCI 4Kの60pを採用し、24pのタイムラインにおけるハイスピード作品を目指した。
Eマウントを採用したFUJINON MKシリーズと最も相性のいいカメラこそがFS7と言っていいだろう。FS7はDCI 4K/60pをイントラフレームの10bitで手にできる最高のデジタルシネマカメラである。S-Log3のガンマでS-Gamut3.cineのカラースペースで撮影を進め、デジタルシネマのワークフローに載せてポストプロダクションを行った。
もちろんEマウントであれば、FUJINON MKシリーズはミラーレス一眼のαシリーズにもつけることができる。イメージサークルがスーパー35mmなので、α7R IIなどのフルサイズには合わせられないが、α6500やα7R IIのクロップモードなどでもFUJINON MKシリーズはぴったりだ。特にα6500との組み合わせは「世界最小」のシネマレンズセットアップと言っていいだろう。しかも4K/24pであれば、どんなハイエンドなカメラとも肩を並べるシネマ画質を狙える。
前回の記事でも触れたが、FUJINON MKシリーズが「時代を変える」と思う理由は4つある。一つは、スチルレンズでは実現しにくい高い光学性能、現場で操作しやすいメカニカルな機構、すべてがシネマレンズ規格であるということ。もう一つはズームレンズであるにも関わらず単焦点に肉薄する画質を捉えるということ、3つ目に、驚くほどコンパクトで軽量であること、そして最後に、驚きの価格である。光学性能や機構についてはすでにいろいろと記したが、FUJINON MKシリーズで得られる画質の素晴らしさも是非知って欲しいと思う。
まずS-Log3/S-Gamut3.cineで撮影した素材の切り抜きを見ていただきたい。MK 18-55mmの開放値T2.9が、14ストップを誇るS-Log3のスペックを十分に活かしているのがわかる。窓から入る光と暗い和室の奥行感が、何とも言えない美しさとともに4Kで描かれている。レンズの能力の高さが実現する、グレーディング冥利に尽きるワンカットといえるだろう。
撮影したS-Log3/S-Gamut3.cineの素材はSonyオフィシャルのLUTである「SLog3SGamut3.CineToLC-709TypeA.cube」を使用してREC.709のカラースペースにいったん収め、DPXを中間コーデックとして色編集を施した。編集では、Adobe Premiere Proで荒編を行い、After Effectsでカラーコレクションとコンポジットを進めた。
そして屋外でMK 50-135mmを使って撮影した素材のスキントーンの諧調に注目してほしい。バストショットであるにもかかわらず、フェイスの立体感が美しく、肌の質感が手に取るようにうかがえる。また衣装である着物のテキスチャーまでもが素晴らしく良く捉えられている。またこのシーンではフォーカスを、手前の楓の葉っぱからモデルの顔に送っているのだが、ブリージングのないトランジションをFUJINON MKシリーズは見事に見せてくれた。
作品の中で他にもフォーカスを動かしているカットがあるのだが、画角変動が起きないカットの美しさこそがシネマレンズがなせる映像表現であると実感させられる。フォーカスリングのトルクも絶妙で、このあたりはシネマレンズを作り続けてきたFUJINONのノウハウがしっかりと受け継がれているのだろう。
今回は「ズーム」を活かしたコンポジションにも挑戦した。FUJINON MKシリーズは、その高い光学性能により「ズーミング時の焦点移動の制御」と「ズーミング時の光軸ずれの制御」が実現されている。そのためズームを使った撮影表現が可能だ。FUJINON MKシリーズは絞り、ズーム、フォーカスすべてのリングで0.8Mピッチを搭載しているため、ズームを使う撮影ではフォローフォーカスをズームリングに装着した。
従来シネマの撮影でズームを使うことはあまりないのだが、こうやってズームレンズの光学性能が高いと撮影の幅がぐっと広がる。MK 18-55mm、MK 50-135mmともTストップを落とすことなくズーミングが全域で可能なため、感覚に任せてズーミングを使った表現を作品で活かせるのがとても魅力的だ。
同様にアイリスがシームレスに動かせるため、露出の設定が非常に細かく行える。普段であれば3分の1段で刻まれるスチルレンズで絞りを動かしているため、どうしても微妙な調整が難しい。特にLogの撮影では露出を決めることが一番大切な部分である。S-Log3/S-Gamut3.cineの場合、18%グレーが41%の輝度で合わせると最も諧調のある映像を手にできるため、今回はSHOGUNや外部モニターのウェーブフォームを何度も確認して、カメラマンとワンカットずつ丁寧に露出を決めていった。
演出としてこだわったのは顔に露出を合わせすぎないという点だ。東福寺に降り注ぐ美しい光を表現したかったため、それぞれの場所で光と影が交差する様子を出せるようにライティングを行った。グレーディングでは黒を意識して、立体感が生まれるように、色と輝度を編集した。FUJINON MKシリーズがあってこそのポストプロダクションのワークフローだと感じている。
今回の撮影ではカメラマンが2名、アシスタントが2名という4人だけの技術陣で撮影を挑んだ。特機としてジブクレーンやレールを駆使しつつも、何らトラブルのない進行だったと思う。これは「たった2本」のレンズだけで欲しい焦点距離すべてをまかなえるというFUJINON MKシリーズが持つ最強の機動力のおかげだと思う。500mlのペットボトルをほとんど同じ大きさで重さも1Kgを切る筐体は、レンズ交換も含めて信じられないような、効率的な撮影スタイルを可能にしてくれる。正直片手でレンズを外すこともできるほどで、女性であっても、αにFUJINON MKシリーズを付けて、ハンドヘルドで撮影は可能だ。FUJINON MKシリーズを使った撮影を通じて得られたコストパフォーマンスも、奇跡的だと実感している。
これがもしPLマウントの単焦点シネマレンズの運用となれば、スタッフの数はもとより、使う特機の大きさや操作の難易度など、コストの面も含めて規模は一気に大きくなってしまうだろう。18mm-135mmまでの焦点距離を得ようとすれば単焦点レンズは6本~8本は常に運ばなければいけない。同等の画質を得られるとなれば、FUJINON MKシリーズが可能にするシネマスタイルがいかに次世代であるかわかってもらえると思う。正に新しい撮影ワークフローが生まれる瞬間を見せてくれる、パーフェクトシネマズームレンズと言っていいかもしれない。
シネマレンズを作り続けてきたFUJINONの技術がぎっしりと詰まったFUJINON MKシリーズ。メーカー小売価格はMK 18-55mm T2.9が42万円、MK 50-135mm T2.9はが45万円と、2本合わせて100万円を切ることになる。18mmから135mmまでの画角をT2.9通しで使え、その画質がFUJINONクオリティとなれば、その価格がいかに信じられないかが分かっていただけるだろう。PLマウントの数々のシネマズームレンズは10倍以上の値段だったためにレンタルすることが当たり前であったのだが、いよいよ「シネマレンズを所有する」時代がやってきた。本当に夢のような話である。