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以下の抄録は、本日(3月28日、米国時間)の米下院歳入委員会貿易小委員会の日米貿易関係についての公聴会における、フジフォトフィルムInc.(当社米国生産工場、在サウス・カロライナ州)の社内弁護士であるジョン・パトリック氏の証言からとったものです。
「まず、我々が今日、ここに集っている理由の一つは、2社間の論争について議論するためだと申し述べさせていただきたい。これら2社の内の1社は、自国で70%のシェアをもち、市場をコントロールし、競争相手を流通ネットワークから締め出している。そして、小売り店に対しては、競争相手の製品を扱わないようにするために奨励金を支払っている。私は、日本市場での富士フイルムのことを言っているのではない。私は、米国市場でのコダックのことを言っているのだ。」
「過去10年間の富士フイルムの米国への総投資額は、15億ドル以上だ。また、我々は米国での雇用を5,000人にまで増やしているし、米国での販売金額は年間15億ドルを超えるまでに伸張した。また、今年の富士フイルム製品の米国からの輸出は1億ドルを超えるだろう。1997年までに、サウス・カロライナ州グリーンウッドの工場だけでも1,200人を雇用し、総投資額は7億ドルを超える。こうした米国への巨額の投資にもかかわらず、米国での我々のアマチュア写真フィルム市場のシェアは10%前後に留まっている。」
「我々は、それゆえ、コダックが日本市場での10%というシェアについて苦情を申し立て、USTRに301条で提訴したことに、大変な驚きを覚えた。このケースでコダックは明らかに一線を超えてしまった。コダックは今や、市場での競争のかわりに政府の介入を用いる道を探しているのだ。」
「本件における事実とは以下のようなものである。
(1)コダックのフィルムは日本中で手に入る。富士フイルムの特約店と取引がある小売店、卸商の約80%は、既にコダックフィルムを購入しているか、あるいはコダックフィルムを買うためのアクセスがあるのである。これらの取引先への富士の特約店の販売は、販売数量ウェイトで90%にものぼっている。」
「(2)富士フイルムは日本でのフィルム価格をコントロールできないし、またしてもいない。もし同じタイプの小売店で売られている同じタイプのフィルムの価格を比較すれば、日本中のどこでも米国での価格と同等である。」
「(3) 日本政府は過去25年に亘ってフィルムの卸売市場で、何の役割もはたしていない。日本政府は外国資本、所有、価格その他への制限を何十年も前に撤廃している。」
「(4)コダック自身が自ら日本での問題の原因となっているのだ。我々はすでにUSTRにコダックの日本での問題は、富士フイルムでなく、コダック自身に起因することをしめす次のような証拠を提出している。
- 何人ものコダックの前幹部が日本のアマチュア写真フィルム市場の競争には何ら障壁は無いと語っている。
- コダックは日本で価格で競争することを10年以上も避けてきた。
- コダックは革新的な新製品を投入して来なかった。コダックは過去10年の間で、日本市場で大ヒットしたISO400の高感度・高解像カラーフィルムや、レンズ付フィルムといった革新的な製品の導入で富士フイルムに2年の遅れをとった。」
「(5) コダックは米国市場から富士フイルムを排除しようとし続けてきた。301条はUSTRに、301条の基本的な考え方である相互主義を保つために、米国市場を調査することをも求めている。」
「これらの事実に関する論争が、慎重にかつ客観的に解決される必要がある。その為にも我々は中立的な事実調査機関をUSTRに提案してきた。USTRは現在WTOのもとでのその可能性を検討中である。」
「しかしながら、おどろくべきことではないが、コダックはこのアプローチに反対している。そのような立場を取り続けているのはコダックだけだ。コダックの世界では、USTRはコダックの主張の表面だけをとらえ、日本に交渉を強要すると思われている。しかし、まだ、交渉に値する問題が存在するのかどうかさえはっきりしていないのだ。」
「我々が望むのは、事実に基づいて問題が解決されることだ。もし事実に基づいて議論されれば、日本のフィルム市場はオープンであり、富士フイルムはフェアな競争をしているのだということが証明されよう。」
「これは我々が望んでいる争いではないし、我々はこの争いを楽しんでいるわけでも無い。我々はコダックとの正常な競争、つまり企業同士の公正な競争というビジネスの場に戻りたいのだ。もう、激しいレトリックをやめ、事実を認識し、問題を解決し、富士、コダック双方をここまで育てた市場にもどる時に来ている。我々はその日を待ち望んでいる。」