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富士フイルム株式会社(本社:東京都港区、代表取締役社長・CEO:後藤 禎一)と国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(所在地:小平市小川東町、理事長:中込 和幸)は、アルツハイマー病(AD)の進行予測AI技術(以下、AD進行予測AI技術)を用いて、2年以内に軽度認知障害(MCI)患者がADへ進行するかどうかを最大88%※1の精度で予測することに成功しました。AD進行予測AI技術は、富士フイルムが高度な画像認識技術などを応用して開発したもので、MCIからADへの進行をAIで高精度に予測する技術※2です。
今後、富士フイルムと国立精神・神経医療研究センターは、AD治療薬の臨床試験の患者選定にAD進行予測AI技術を適用することを目指して、本技術の有用性の更なる検証を進めていきます。
なお、今回の研究成果は、4月12日、国際学術誌「Nature」の関連誌「npj Digital Medicine」に掲載※3されました。
研究成果のポイント
- 富士フイルムは、写真・医療分野で培った高度な画像認識技術を応用して、学習データが少ない中でも、MCIからADへの進行をAIで高精度に予測する技術(AD進行予測AI技術)を確立。AD進行予測AI技術は、MRI画像や認知能力スコアなど複数の臨床情報をもとに予測する技術。
- 富士フイルムと、国立精神・神経医療研究センターの研究グループ※4は、異なる人種の2つの患者集団(北米人・日本人)のデータベースにAD進行予測AI技術をそれぞれ適用したところ、2年以内にMCI患者がADへ進行するかどうかを84-88%の精度で予測することを確認。AD進行予測AI技術が汎用性の高い技術であることを実証した。
研究の背景と経緯
認知症の患者は、現在、世界中に約5,500万人いると推定されています。さらに、人口の高齢化に伴って、2050年には約1億3,900万人に増加すると予測されています。認知症の一種であるADの患者は、認知症の中で最も多く、今後もこの傾向は続くと予想されています。
近年、ADの新薬開発では、ADの主要な原因物質であるアミロイドβが発症前から蓄積し始めることから、より早期のMCI患者をターゲットに臨床試験が実施されてきましたが、ほとんどの試験で成功に至っていません。これは、2年以内にMCIからADに進行する患者の割合が2割未満※5と少なく、臨床試験期間中に進行しないMCI患者が多く存在することで、対照群(偽薬など)に割り付けた同患者でも進行抑制と判断され、統計的有意差を証明できないことが一因です。このような中、富士フイルムと、国立精神・神経医療研究センターの研究グループは、MCIからADに進行する患者をAIで予測し、その患者のみを対象にした臨床試験とすることで、新薬の有効性を正しく評価でき、治験の成功に繋がると考えました。
研究の内容
近年、深層学習の導入によって、画像認識の大幅な精度向上を実現した研究成果が数多く報告されていますが、深層学習による効果を十分に引き出すためには数多くの学習データが必要です。現在、物体認識の研究で最も有名な画像データベース「ImageNet」では、1,000万点以上の画像がありますが、ADの進行予測では、脳のMRI画像や認知能力テストスコアなどの複数情報が必要で、世界最大のAD研究プロジェクトNA-ADNI※6の公開データベースでも1,000人前後のMCI患者のデータしか存在しません。このような中、限られた学習データでいかに予測精度の高いAI技術を確立するかが最大の課題でした。この課題の解決に向けて、富士フイルムは、ADの進行と関連性が高い、脳内の特定区域を対象とした深層学習によるAD進行予測AI技術の構築に取り組みました。
技術確立
- 富士フイルムが、写真・医療分野で培った高度な画像認識技術を用いて、脳のMRI検査の三次元画像から、ADの進行と関連性が高いと言われている、①海馬、②前側頭葉、を中心とした区域をそれぞれ特定。
- 深層学習を用いて、①海馬、②前側頭葉、を中心とする両区域からAD進行に関わる微細な萎縮パターンを抽出し画像特徴量※7として算出。AIは、両区域で確認され読影診断で重要となる、海馬領域と扁桃体領域の萎縮パターンにより注目し、そのパターンからADへの進行を識別するようになる(図1)。
- 学習データには、NA-ADNIのMCI患者データを利用。ADの進行と関連性が高いと言われている、脳内の特定区域における画像特徴量に加え、認知能力テストスコアなど複数の臨床情報からADへの進行を高確率で予測することが可能な技術を確立。
【図1】AIがADへの進行を予測する上で注目した微細な萎縮パターン(MRI検査の三次元画像)
(A)脳全体を学習したAI
(B)海馬を中心とした区域を学習したAI
(A’)脳全体を学習したAI
(C)前側頭葉を中心とした区域を学習したAI
- 脳全体を学習したAI(図1-A、A’)は、ADの進行と関連性が高い海馬や扁桃体の領域のみならず、関連性が低い髄液や後頭葉も注目してしまう。
- 一方、海馬を中心とした区域(図1-B)や前側頭葉を中心とした区域(図1-C)を学習したAIは、より海馬や偏桃体の領域にある微細な萎縮パターンに注目するようになり、そのパターンからADに進行するかどうかを、脳全体を学習したAIより高精度で識別できるようになる。
- 関連性の低い区域を排除して学習することで、限られたデータでの学習における個人差の影響を低減でき、高い予測精度を実現。
技術検証
- 富士フイルムと、国立精神・神経医療研究センターの研究グループは、AD進行予測AI技術を用いて、2年以内にMCIからADへ患者が進行するかを予測。NA-ADNIのみならず、AIにとって完全に未知でありかつ日本人から構成されるJ-ADNI※8のデータベースにAD進行予測AI技術を適用し、本技術の予測精度の客観的評価をあわせて実施した。
- MCI患者群からADに進行する/しない患者の予測における正解率は、NA-ADNIで88%、J-ADNIで84%であった。
- また、正解率と同様にAIの重要な精度指標であるAUC※9は、NA-ADNIでは0.95、J-ADNIでは0.91となった(図2)。
【図2】NA-ADNIとJ-ADNIでの評価結果のROC曲線※10
ROC曲線から導き出したAUC(ROC曲線下の面積)は、NA-ADNIで0.95、J-ADNIで0.91であった。AUCの最大値は1であることから、NA-ADNI、J-ADNIともに高い精度でAD進行を予測したことを示している。
以上から、AD進行予測AI技術は、異なる人種でもMCIからADに進行する患者を高精度に予測することを可能とし、汎用性の高い技術として実証されました。
今後の展開
富士フイルムと、国立精神・神経医療研究センターの研究グループは、臨床試験データにてAD進行予測AI技術の予測結果を元に層別した患者の解析を行い、本技術の有用性をさらに検証していきます。具体的には、AD進行予測AI技術により患者の認知症進行の速さを予測し、①進行しない患者を臨床試験の対象外とすること、②対照群と治療群での進行速度分布のばらつきを低減すること、により、治験成功率の向上の可能性を検討していきます。そして、AD治療薬の新たな臨床試験の患者選定にAD進行予測AI技術を適用することを目指します。
また、AD進行予測AI技術のアルゴリズムを、様々な精神・神経疾患の脳画像や臨床データに応用することを検討していきます。これにより、予後や治療反応性の予測にも繋がり、個別化医療の推進の一翼を担えると期待しています。
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構 産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(JST、OPERA、JPMJOP1842)の支援を受けて実施されました。
お問い合わせ
報道関係
富士フイルムホールディングス株式会社
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国立研究開発法人
国立精神・神経医療研究センター総務課 広報係
E-mail:
ncnp-kouhou@ncnp.go.jp
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