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2024年12月5日

分子量が大きい分子の量子化学計算に用いるエラー耐性量子コンピュータ向けワークフローを開発

ベンゼンなど3種の分子でワークフローの妥当性を実証した論文が国際学術誌『Physical Chemistry Chemical Physics』に掲載

富士フイルム株式会社(本社:東京都港区、代表取締役社長・CEO:後藤 禎一、以下「富士フイルム」)・慶應義塾大学(所在地:東京都港区、塾長:伊藤 公平、以下「慶大」)・blueqat株式会社(所在地:東京都渋谷区、代表取締役社長:湊 雄一郎、以下「blueqat」)は、分子量が大きい分子の量子化学計算に用いるエラー耐性量子コンピュータ向けのワークフローを開発し、ベンゼンやその置換体など3種類の分子でワークフローの妥当性を実証しました。本研究成果が2024年12月3日(日本時間)に、国際学術誌『Physical Chemistry Chemical Physics』(オンライン版)に掲載されました。

エラー耐性量子コンピュータは、量子コンピュータの計算過程で生じる誤りを訂正*1する仕組みを取り入れた量子コンピュータです。材料開発における分子の物性予測など、従来のコンピュータでは膨大な時間を要する計算を短時間で正確に実行できると考えられていることから、実用化に向けた期待が高まっています。特に、分子の重要な物性を明らかにする計算手法である量子化学計算*2をエラー耐性量子コンピュータで行うことで、分子や固体材料の電子構造や反応性を極めて高速かつ高精度でシミュレーションできると考えられており、同コンピュータを用いた量子化学計算の適用に注目が集まっています。現在、水素や水など小さな分子を対象とする量子化学計算の実証が進んでいますが、エラー耐性量子コンピュータによる量子化学計算の実用化には、量子ビットが計算時に発生させるエラーを訂正する技術の開発に加えて、膨大な計算を少ない量子ビットで効率的に実行するワークフローや、分子量が大きい分子の化学計算にも広く適用できる汎用性の高いワークフローなどの技術開発が求められています。

今回、富士フイルムと慶大、blueqatは、分子量が小さい分子に加え、大きい分子の量子化学計算にも広く適用できるエラー耐性量子コンピュータ向けワークフローを開発しました。本ワークフローは、富士フイルムとblueqatが最先端のGPUを用いて構築した量子シミュレータによる計算環境において、富士フイルムと慶大がエラー訂正量子コンピュータ向けのアルゴリズムを開発・実装したことで実現したものです。新たに開発した、分子の物性に大きく影響する電子状態を選択・計算可能な形式に変換する量子回路*3と、反復的量子位相推定*4を用いたアルゴリズムの採用により、分子量が大きい分子の量子化学計算を、少ない計算量、かつ、少ない量子ビット・量子ゲート数で実現できます。本ワークフローは、エラー耐性量子コンピュータによる量子化学計算に活用されることで、従来のコンピュータによる材料開発に要する期間を大幅に短縮することが期待されています。

なお、本研究は、科学技術振興機構の共創の場形成支援プログラム JPMJPF2221 の支援を受けたものです。

掲載誌情報

雑誌名

Physical Chemistry Chemical Physics

論文名

Workflow for practical quantum chemical calculations with a quantum phase estimation algorithm: electronic ground and π-π* excited states of benzene and its derivatives

著者

Yusuke Ino, Misaki Yonekawa, Hideto Yuzawa, Yuichiro Minato, and Kenji Sugisaki

掲載URL
  • *1 量子コンピュータにおける計算の基本単位である量子ビットは、外界からのさまざまな影響を受け、エラー(量子エラー)が発生します。このエラーを訂正することではじめて、狙った量子コンピュータ演算が可能となります。現在は、1つの論理量子ビットを実現するためには1000量子ビット程度必要とされていますが、近年この分野で画期的な成果が相次いで報告されています(日経XTECH,「量子エラー訂正の技術進化が急加速、量子コンピュータの誤り耐性実現に期待」,2024/08/19)。今後、より少ない量子ビットで誤り訂正を実現することが期待されています。
  • *2 シュレーディンガー方程式(分子を構成する原子の種類・座標と分子における電子の状態を対応させるための基礎方程式)を近似的に解くことによって電子状態を求め、励起エネルギーなどの分子の重要な性質を計算する手法です。得られた電子状態から分子の物性(吸光波長、弾性率、分極率、誘電率など)を求めることができます。
  • *3 一般に、分子を構成する電子の数が増えるにつれ、必要な計算リソースは爆発的に増えていきます。本研究では、分子軌道の中でも完全活性空間に着目することで、分子の性質を残したまま計算量を減らすことができていることを確認しました。
  • *4 反復量子位相推定とは、量子コンピュータを用いて、波動関数が時間とともにどのように変化するかを記述する時間発展演算子など、ユニタリー演算子の固有値を古典コンピュータよりも指数関数的に速く計算できる量子アルゴリズムです。量子化学計算だけでなく、線形方程式を解く量子アルゴリズムなど、さまざまな問題に応用されています。本研究では、量子位相推定の一種である反復的量子位相推定を採用しました。このアルゴリズムは、必要な計算リソースの量を抑制できる一方、誤差の見積もりが難しいという難点がありました。本研究においては、さまざまな過去の研究知見を基に、容易に実行可能で誤差の評価がしやすい計算フローを構築しています。

参考資料

今回の成果

本研究では、さまざまな分子に適用可能なエラー耐性量子アルゴリズムによる量子化学計算ワークフローの開発([A])、および同ワークフローの量子シミュレータにおける実証([B])を行いました。

[A]さまざまな分子に適用可能なエラー耐性量子アルゴリズムによる量子化学計算ワークフローの開発

本研究では、以下のワークフローを開発しました。

まず1. "Low-level quantum chemical calculation on a classical computer"において、原子の種類・座標を指定して、電子間の相互作用(電子積分)を計算します。次に、2. "Preprocessing for quantum computation"にて、先ほど計算した相互作用を量子ゲート(量子コンピュータでの計算において行われる操作)に変換します。最後に3. "The Quantum computation"において、量子アルゴリズムを使った計算により、欲しい電子物性を求めます。

図1: 本研究において提案した量子コンピュータ上での量子化学計算ワークフロー

本ワークフローは、3つの部分から構成されます。まず1.「Low-level  quantum chemical calculations on a classical computer」において、計算したい分子を構成する原子の種類および座標を入力として与え、古典コンピュータで容易に実行できるレベルの量子化学計算を行います。1. の結果を基に2. 「Preprocessing for quantum computation」において、量子回路を構成します。この際、自然軌道を用いた計算を基に寄与の大きい電子状態を選択することで、問題サイズを落とすことができます。2. の結果を基に3. 「The quantum computation」において、量子アルゴリズムを用いた計算を行います。この際に、少ない量子ビットで計算が可能な反復量子位相推定法を用いることで、計算に必要な量子ビットや量子ゲートの数を少なくしています。

[B]同ワークフローの量子シミュレータにおける実証

本研究グループは、実用上も広く使われる分子であるベンゼンやその置換体など3種の分子量の大きい分子において、本ワークフローの実証を行いました。富士フイルム独自のGPU計算環境*5上に量子シミュレータを用いて実装を行い、計算を行いました。

量子アルゴリズムにより得られた結果(図2の“with IQPE”)は、既存の計算結果(“with CAS-CI”)とよく一致しており、対応する実験結果(“Experimental”)の傾向をとらえることにも成功しました。

この表は、ベンゼン・クロロベンゼン・ニトロベンゼンの三種について、励起エネルギーを、実験・古典コンピュータ・量子アルゴリズムで求めた結果です。量子アルゴリズムで計算した値は各々6.092 eV, 6.008 eV, 5.925 eVになり、古典コンピュータの結果と非常によく一致し、また実験結果の傾向を再現しました。これは、材料ごとの傾向を良く捉え、量子アルゴリズムでの計算がうまく行っていることを表します。

図2:本研究でワークフローの検証に用いた分子とその計算結果。対応する最も正確な量子化学計算結果(CAS-CI)と高精度に一致している。

  • *5 富士フイルムはNVIDIA DGX-2(当時世界最先端のGPUサーバー)を導入するなど、早くからGPGPUをはじめとする計算機環境の構築に取り組んでおります。

お問い合わせ

研究に関する問い合わせ先

慶應義塾大学大学院理工学研究科
特任准教授 杉﨑 研司

E-mail:ksugisaki@keio.jp

blueqat株式会社

E-mail:info@blueqat.com

富士フイルムホールディングス株式会社
ICT戦略部

E-mail:fh-dx_program_office@fujifilm.com

慶應義塾 広報室

03-5441-7640

  • * 記事の内容は発表時のものです。最新情報と異なる場合(生産・販売の終了、仕様・価格の変更、組織・連絡先変更等)がありますのでご了承ください。