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超音波診断コラム
超音波診断方法「肺エコーについて」
肺エコーについて
この15年で診断法が確立された「肺エコー」。日本超音波医学会による超音波検査士認定試験というものがあります。筆記試験では、「臨床領域」に加えて「医用超音波の基礎」を受験しなければなりません。私は 15 年ほど前まで、受験者を対象にした試験問題対策の講義をたびたび行っていました。
私の超音波の基礎の講義では最初のところで、『骨や空気は軟部組織と比べ、音響インピーダンス(=密度×音速)が大きく異なるため、その境界では超音波はほとんど反射されてその先には伝播しない。このため、骨や空気、ガス(胃、腸、肺)などの部位は映像化できず検査の妨げとなる。』という話をしていました。
また、超音波画像には超音波特有のアーチファクト(虚像)が出やすく、それが診断の妨げになります。基礎の講義では各種アーチファクトの成因と、そのアーチファクトを低減させるためのスキャンテクニックや技術について解説していました。
「肺を超音波で見るなんて・・・」
「超音波のアーチファクトの見え方だけで診断できる病気があるなんて・・・」
15年前の私には想像できませんでした。
ここでは、この15年間で診断法が確立され、特に救急の領域で、また最近では在宅医療でも注目されている「肺エコー」について解説します。
空気を含む臓器「肺」と肺エコー
肺は空気を多く含む臓器です。生体内の軟部組織と空気との境界では超音波が 100%反射されるので、空気を含む臓器はエコーでは評価できないと思われてきました。しかし、肺が位置する深さの部分にも超音波の画像は表示されています。その実態は何なのでしょうか?
この図は、正常肺のエコー像です。両端の縦の矢印は上位と下位の肋骨で、後ろに黒い影をひいているのが肋骨のシャドウです。中央の縦矢印が胸膜です。胸膜までは空気がないので超音波で実像として描出されます。
胸膜より深い部分は、肺実質と空気が入り混じった結果、チラチラとした肺独特のアーチファクト像が得られます。その画像の中に A ラインと呼ばれるものが観察されます(横矢印、次に詳細解説)。
右側の画像は肋間の M モードで、縦矢印が胸膜を示し、それから下が肺実質です。胸壁の部分は動きがないので、M モードで見ると水平線状の画像となります。一方、胸膜は呼吸で動くため、胸膜より下は粗い均一なノイズが入った画像となります。これは、肺実質部分の空気の入り混じり具合によって B モードでチラチラ見えるノイズを反映したものです。
水平の線が幾本も見える胸壁の部分を波、胸膜から下を砂浜に例えると、胸膜の動きによってまるで砂浜に波が打ち寄せているように見えることから、「Seashore(海岸)サイン」と呼ばれています。
超音波画像のアーチファクトの代表的なものの一つに、多重反射像があります。多重反射像は、主としてプローブの振動子面と平滑な反射面との間を超音波が複数回往復することによって生じるアーチファクトです。
肺エコーでは、プローブと平滑な胸膜との間を 1 往復して得られるのが真の胸膜の画像です。胸膜の下の肺実質には空気が多く含まれ、胸膜との音響インピーダンスの差による反射波が大きいことから、プローブの振動子面に戻った反射波の一部はもう一度生体内に押し戻されて胸膜での反射を 2 度、3 度と繰り返すことがあります。このようにプローブと胸膜との間を 2 往復、3 往復した超音波信号によって多重反射像が構成され、これを A ラインと呼んでいます。プローブ面と胸膜との距離の 2 倍、3 倍の深さのところにあたかも胸膜の像のように表示される偽像が多重反射像(A ライン)の特徴です。
これは「気胸」の症例です。気胸とは肺に穴があき空気が漏れて、空気が胸腔(胸の中)にたまっている状態をいいます。肺から空気が漏れ出ても肺全体は硬い胸膜で覆われていて、その外側は肋骨で囲われているため、逃げ場がありません。空気は胸膜の中にたまり、その圧力に押されて肺がしぼんでしまいます。A ラインは、正常な肺でも観察されますが、気胸になると、胸膜の直下に空気の層ができて、そこで超音波は全反射するため、A ライン(多重反射像)が増強されます。
M モード(右側の画像)では、あたかもお菓子のミルフィーユのような多層構造が観察されます。胸膜である矢頭より下の肺実質の部分に正常肺のような Seashore サインが見られません。気胸による胸膜直下の空気層での超音波の全反射により、胸膜より下はすべてプローブと胸膜との間の多重反射によって画像が構築されるためです。これはStratosphere(成層圏)サイン、またはバーコードサインと呼ばれます。
肺は酸素を取り入れ、体内で生じた二酸化炭素を排出するために、肺胞(はいほう)と呼ばれる小さな袋状の構造物に空気を取り入れています。この肺胞の周りには網目状の毛細血管が取り巻き、空気と血液との間で酸素と二酸化炭素が交換されています。「肺水腫」はこの毛細血管から血液の液体成分が肺胞内へ滲み出した状態です。肺胞の中に液体成分が貯まるため、酸素の取り込みが障害され、重症化すると呼吸不全に陥ることがあります。
細気管支を中心として小葉間隔壁によって囲まれる領域は二次小葉と定義され、肺の構造と機能の最小単位とされています。肺水腫によって胸膜直下の二次小葉に空気と水という音響インピーダンスの差が両極端に大きいもの同士が混在していると、そこで発生した多重反射アーチファクトが胸膜下から縦方向に深部まで届く彗星(Comet)の尾のように画像化されます。これは B ラインと呼ばれています。
正常肺でも 1 画面に 1 本程度 B ラインを認めることがありますが、水分を多く含んだ病的な状況(肺炎,肺水腫)では、1 肋間隙で 3 本以上の B ラインが観察されます。
Bラインは、主に小葉間隔壁の肥厚や肺胞内に液体が貯留することで生じると考えられていますが、その発生機序はまだ完全には解明されていません。
おそらく肺に蓄積した水分の内でも、胸膜と接している場所に溜まっている水の中で起きる多重反射(乱反射)がBラインとして表示されるのではないかと考えられます。
超音波診断方法「肺エコーについて」はいかがでしたでしょうか。
これからも一緒に楽しく超音波を学んでいきましょう。
山崎 延夫
主な経歴:
1982年、大学卒業と同時に医療機器メーカーに就職し超音波画像診断装置の研究開発に従事。
1992年、国立循環器病センターの宮武邦夫先生、山岸正和先生、上松正朗先生(いずれも当時)らと、「組織ドプラ法(Tissue Doppler Imaging, TDI)」を開発し、日本超音波医学会から超音波工学フェロー(EJSUM)の認定を受ける。
2013年、富士フイルム株式会社に入社し現在に至る。
駒澤大学医療健康科学部非常勤講師。
著書に「日本発 & 世界初 エコーで心臓を定量することに魅せられた人々」