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概要
前回はk空間の理解のために、フーリエ変換の基礎に関して説明した。
今回はMRIのパルスシーケンスデザインにおいて重要なk空間軌跡(trajectory)について解説する。
k空間軌跡を知ることで、MRI撮像手法の設計図であるパルスシーケンスチャートが解けるようになり、MRIの神髄を深く知ることができるのである。
k空間軌跡
MRIの撮像とはk空間を適切にMR信号で埋めて行くことである。そのために傾斜磁場パルスを印加し、k空間上のMR信号に空間情報を付加してスキャンして行く。このデータで満たされたk空間を逆フーリエ変換することで画像が得られる。
k空間の埋め方にはさまざまな手法があり、それぞれにメリット、デメリットがある。
まずはグラジエントエコー法のk空間軌跡を見てみよう(図1)。
以前も述べたようにパルスシーケンスチャートとは、横軸が時刻で上から、RF照射(RF)、スライス軸(Gs)、位相エンコード軸(Gp)、周波数エンコード軸(Gf)の3軸の傾斜磁場パルス、取得されるMR信号であるエコー信号(Echo)のタイミングを記したものである。
k空間は横kx、縦kyのデータ平面で、ここではkxを周波数エンコード軸に、kyを位相エンコード軸に設定している。
傾斜磁場パルスはその面積である印加時間と印加強度の積が印加量であり、この印加量に応じて、k空間上のMR信号の位相を変更することができる。
k空間軌跡とは、この傾斜磁場の印加量を適宜調整して、k空間上のMR信号に位相情報を付加して行く過程であるが、図ではイメージしやすいように、信号位置を移動するアニメーションで表現している。
RF照射された直後のMR信号は、まだ傾斜磁場を受けていないので、信号に位相、周波数の変化履歴が無いため、k空間上の中央に位置する(k空間の中央は位相エンコード、周波数エンコードともにゼロ)。
ここで、位相エンコード軸の傾斜磁場をプラス方向に印加すると、その印加量に応じてk空間上のMR信号位置が上方に移動する。
同様に周波数エンコード軸の傾斜磁場をプラス方向に印加すると、MR信号位置は右方向に移動する。
パルスシーケンスチャートから分かるように、MR信号の受信は周波数エンコード傾斜磁場を印加しながら行っているので、k空間上を左から右に移動しながらスキャンして行くことになる。
さらに、k空間の左端からスキャンを開始するために、あらかじめ信号受信の前に周波数エンコードのマイナス方向に信号受信時に印加する1/2の印加量の傾斜磁場を与えておく。
また、k空間のky方向に関しては、位相エンコード軸に信号受信の前に傾斜磁場を印加しておくことでMR信号位置を上下方向に移動することができる。
図のアニメーションを見ると、位相エンコード傾斜磁場がステップ状にパルスシーケンスの繰り返し時間(TR)ごとに1段ずつ増加され、k空間上のMR信号の充填位置が1段ずつ上方に移動して行く様子が理解されよう。
なお、エコー時間(TE)は周波数エンコード軸の傾斜磁場印加量が、事前に印加したマイナス量と同量となる時刻、すなわち信号受信時間の中央に設定されることが分かる。
このように、傾斜磁場印加量を調整することで、k空間上のMR信号位置を自在にコントロールすることができ、k空間がすべて充填されることで、画像の再構成が可能となるのである。
RF照射は断面決定のためにスライス軸傾斜磁場を印加しながら行うが、この傾斜磁場によりMR信号の位相情報が影響を受けてしまう。これを相殺するため、スライス軸傾斜磁場はRF照射の終了直後に、照射時印加量の1/2相当量を反転して印加して補正している(位相補正パルス)。
以上の例はMR信号をk空間の下から順番に充填して行ったが、同じグラジエントエコー法において、充填の順番を変えることも自由である。
図2のセントリックオーダリングはk空間の中央ラインから上下に交互に充填して行く方法である。これは位相エンコード軸の傾斜磁場印加の順番を変えることで実現される。
この撮像手法は画像のコントラストを決定するk空間の中心から充填する手法である。例えば造影撮像などでは、造影剤の到達した至適タイミングで画像にコントラストを付けたい。そこでセントリックオーダリングによって、まず重要なk空間のコントラスト決定領域を充填することで実現される。
図3はスピンエコー法のk空間軌跡である。
RF照射に90度パルスと180度パルスの2パルスが存在しているのが特徴である。
TEはこの90度パルスから180度パルスを印加するタイミングの2倍の時間となる。
先のグラジエントエコー法と同様に位相エンコード軸はステップ状に1段ずつ増加され、k空間の上下方向にMR信号を移動するが、180度パルスの印加によって、MR信号がk空間を原点対象に反転して移動している点に注目していただきたい。このため、位相エンコード軸のMR信号はグラジエントエコー法とは反対に上から下に動いている。
また、周波数エンコード軸の左端移動のための1/2印加もマイナス方向ではなく、プラス方向に印加される。このあたりの詳細は図のアニメーションにて確認されたい。
2回のRF照射の際にはスライス軸の傾斜磁場を印加するが、180度パルスの後には前述の位相補正パルスが無い。これは180度パルスの前後では反転のため位相ずれが相殺するので補正不要となるからである。
スピンエコー法ではパルスシーケンスが複雑になり、TEが延長するといったデメリットがあるが、180度パルスの効果で静磁場の不均一の影響が相殺するため、磁性体インプラントなどに起因する磁場の不均一に伴う画質低下が抑えられるメリットがある。
ここからは特徴的なパルスシーケンスを紹介したい。
図4はEPI(Echo Planar Imaging)法のk空間軌跡である。
EPI法はDWI(拡散強調画像 Diffusion-weighted imaging)に代表される超高速イメージング手法である。
シングルショットの場合、RF照射は1回のみで、周波数エンコード軸の傾斜磁場をジグザクに印加することが特徴的なパルスシーケンスである。
この傾斜磁場のジグザグ(繰り返し反転)により、MR信号が連続的に取得され、k空間上を左右にスキャンして行く様子がユニークで、いかに高速に撮像できるか実感できよう。
また、位相エンコード軸の傾斜磁場も下端に下げた後、1ラインずつ上に移動するためのブリップパルスと呼ばれる印加方法を用いている。
EPI法のデメリットとしては、k空間を左右にスキャンするために、傾斜磁場印加量の精度不足で、ここにズレが生じるとN/2(エヌハーフ)アーチファクトと呼ばれる、ずれた偽像が再現されてしまう問題がある。
図5はラジアル法のk空間軌跡である。
MRI撮像の被検者の動きによるモーションアーチファクトは位相エンコード方向に生じることを以前解説したが、ラジアル法では周波数エンコード軸を回転させることで、k空間を回転状にスキャンして、モーションアーチファクトの収束を分散し、影響を抑える撮像手法である。また、k空間中央部のMR信号を重点的に採取するために、加算効果によるモーションアーチファクト軽減も期待できる。
しかし、この信号採取の重複により、k空間周辺部の情報採取が疎になるので、画像分解能が低下しボケるという問題があり、これを解決するにはk空間周辺部の信号採取を追加して行う必要があり、撮像時間が原理的にπ/2倍に延長してしまう。ただし、動きのある被検者の場合、高分解能撮像には意味が無く、同一の撮像時間においてもモーションアーチファクトを低減できるラジアル法の効果は大きいと言える。
図に画像例を示すが、肩関節の呼吸性のモーションアーチファクトや、腹部の腹壁移動のアーチファクト、頭部の動きによるアーチファクトがラジアル法の効果で通常法と比較して、低減されている様子が分かる。
図6にスパイラル法のk空間軌跡を示す。
スパイラル法は超高速イメージング手法の1つで、図のように2軸の傾斜磁場をSin波形、Cos波形に印加して回転軌跡にてk空間を高速に充填する手法である。高度な傾斜磁場制御が必要であり、あまり利用されてはいない。
k空間軌跡の最後にFSE(Fast Spin Echo)法を紹介する。
図7に示す通り複雑なパルスシーケンスであるが、これはT2強調画像の撮像時に長いTRを設定しなければならず、撮像時間が延長することを改善するための撮像手法である。
スピンエコー法では180度パルスを連続的に印加することで、複数のMR信号を1TR内で連続採取するマルチエコー法がある。FSE法はこの複数のMR信号を集めて、1枚の画像を高速に得るという考え方である。
図では3つのマルチエコーを示しているが、これで撮像時間を1/3(3倍速)に短縮できる。
FSE法の実現には2つの技術的ポイントがある。
1つは画像コントラストへの影響を抑える方法である。異なるTEのMR信号を合成して画像を再構成することになるので、画像コントラストが混ざってしまうという問題が生じる。これはk空間の中央部が主に画像のコントラストに起因するためであり、この低減には中央部に同じTEのMR信号を集めることでコントラストへの影響を抑えることが可能になる。この中央部に充填したTEを「実効TE」と呼ぶ。
図のアニメーションを見ると、青色の第2エコーを中央部に充填しているので、この第2エコーが実効TEであり、画像はこのTEに近い画像コントラストになる。
2つ目のポイントはMR信号の位相リワインドである。FSE法のような複雑なパルスシーケンスでは、複数のRF照射によりその意図しない組み合わせで不要なエコー信号を数多く生じてしまう。このため、画像のボケや偽像が発生するといった問題がある。
この問題を解決するために、MR信号の位相を信号受信の後に毎回原点に戻すように傾斜磁場の印加を行う。
図においてMR信号受信タイミングの前後で位相エンコード軸と周波数エンコード軸の傾斜磁場が対称形になっている(このようなパルスシーケンスをバランス型シーケンスと言う)。アニメーションで分かるように、MR信号受信の度に原点にエコー信号がリワインドされており、これにより不要エコーが低減されるのである。
FSE法ではスピンエコー法と比較して大幅に撮像時間が短縮され、昨今では無くてはならない撮像手法となっている。倍速数もシングルショットが可能なほど(256倍など)にまで高められている。しかし、画像コントラストへの影響や多列のマルチエコー化による画質低下には注意が必要である。
絶対値画像と位相画像
図8のシミュレーション画像において、上の例は被写体が画像中央にある場合(対称配置)、下の例は右下にずれて置いてある場合(非対称配置)であるが、この画像をフーリエ変換してk空間を得ると、2つの画像のk空間情報が一致していることが分かる。
では、この被写体の位置の違いはどこに行ってしまったのか?
実はk空間はReal成分とImaginary成分の2平面が存在する。これを見ると、被写体位置により明らかに情報に違いが見られる。
これまでの説明ではk空間の絶対値情報しか使用していなかったが、図に示すように、受信されたMR信号はReal成分とImaginary成分の2つに分離して2面のk空間上に充填される。この理由は、MR信号の位相情報も捉えるためで、片側の情報だけでは信号位相を把握できないからである(回転情報は90度異なる2方向から見ないとわからない)。
Real成分とImaginary成分からなる2面の直行座標k空間データは、図に示す座標変換により、極座標にすると絶対値情報と位相情報に変換される。
一般的にMRI画像は、この絶対値情報からのみ再構成され、絶対値画像と呼ばれている。
位相情報は特殊な撮像手法で用いられることがあり、PC(phase contrast)法や磁化率強調画像などで利用されている。
画像折り返しの原理
フーリエ変換の特長として、時間的に無限な事象しか扱えないという点がある。
無限連続なSin波、Cos波で情報解析するため、有限情報は扱えないのである(図9)。
この結果、フーリエ変換あるいは逆フーリエ変換された情報は時間軸に無限に連続した繰り返し情報として出力される。
MRIでは2次元(逆)フーリエ変換手法により画像再構成された画像データは、縦と横に無限に画像が連なる形で算出される。これを1枚の撮像視野部分で切り出すことで、画像が完成する。
ところが、もしも、被写体に対して視野が狭い、または被写体が偏っていた場合など撮像視野からはみ出していた場合、図に示すように、この逆フーリエ変換演算により、隣の画像が重なって出力されてしまう。これがMRIに特有の画像折り返しアーチファクトである。
身近な例では肩関節の撮像で、右肩を撮像した際、画像の左側から、はみ出した右腕画像が偽像として撮像された経験があると思うが、このように連続画像の一部であると考えると理解できよう。
この解決策として、周波数エンコード軸では撮像視野の2倍程度の領域で広く撮像しておき、切り出している。このため周波数方向には一般的に画像の折り返しは生じない。
位相方向では、撮像視野の拡大がそのまま撮像時間の延長に直結するので、折り返しが問題となることが多い。周波数方向と位相方向を切り替える、プリサチュレーションパルスを使用してMR信号を抑えるなどの対処が必要となる。
以上、6回にわたり、MRIの撮像原理に関して解説した。このシリーズは今回で終了となるが、皆様の理解の一助になれば幸いである。