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概要
MRIの原理入門において、とかくk空間は敬遠されることが多い。それは多分に数学的内容に偏るからである。そこで、今回は式を使わずにk空間を解説してみたい。
k空間を理解することはMRIの本質を知ることであり、より深く撮像原理を理解し、MRIの面白さを感じていただけることと考える。
画像の周波数
図1は2枚の写真であるが、画像1は北海道のゆるやかな風景、画像2は木々を見上げた細かな被写体の写真である。
これをフーリエ変換して周波数分析すると、図のようになる。
2次元画像は2次元の周波数平面データとなり、図の様に周波数分布にあきらかな違いが表れている。画像1では縦横の線状に周波数成分が集まり、画像2では周波数成分が全体に分布している様子がわかる。このように画像にも周波数という概念が存在している。
k空間
図2に示すマイクで拾った音声信号は時間軸上では音声波形として表現されるが、これをフーリエ変換して周波数分析し周波数軸に表現すると周波数スペクトラムグラフとなる。
左側が低い周波数成分で、右側が高い周波数と、その音声信号の周波数分布を知ることができる。この時間軸と周波数軸において音声データは一対一の関係で可逆変換できる。
時間軸から周波数軸の変換がフーリエ変換(水色矢印で表現)であり、周波数軸から時間軸への変換は逆フーリエ変換(ピンク矢印)と呼ばれる。
MRIの場合は、その撮像過程においてMR信号が周波数情報に変換されているので、いきなり周波数空間の情報となって採取される。つまり、MRIとは実空間の画像データを周波数空間データに変換するフーリエ変換システムとも考えられる。
したがって、この受信信号データを画像に変換するには、フーリエ変換ではなく、逆フーリエ変換を行わなければならない。これまで、説明上は「MRIはMR信号をフーリエ変換して画像を再構成する」という表現を用いてきたが、厳密にはこれは正しくないことに注意が必要である。なお、受信されたMR信号データをrawデータと呼ぶこともある。
「k空間」のkとは波数の単位Kayserであり、人名から来ている。k空間と実空間はデータ数において1対1に対応している。
k空間の特長としては、データ平面の中央部には低周波成分の情報が、周辺部には高周波成分の情報が分布する。したがってk空間中央部のデータのみを切り出し使用して画像を再構成すると、高周波情報が欠損したボケた画像となる。だが、それでも画像の主たるコントラスト情報は保持されており、これが画像マトリクスを低減して、例えば64×64マトリクスの画像を撮像したとしても、ボケてはいても画像として認識できる所以である。
反対に周辺部データは、その画像にエッジ部分の高精細情報を付加する役目を担う。このようにk空間の情報には重要度の違いがあり、中央部は周辺部よりも重要度が大きいと言える。
フーリエ変換の基礎
ここからはフーリエ変換の基礎をおさらいしてみよう。 図3は時間軸と周波数軸の変換であるフーリエ変換について示す図である。 ご存じのように、「いかなる波形もその元となる単純な波形の合成で再現が可能」である。
図の方形波の例では、基本波である周波数の波に3倍、5倍、7倍といった奇数次高調波を加算することで再現される。
ここで、完全な再現には各高調波の適切な加算量と、無限まで続く周波数の高調波が必要となる。
図のように単一の周波数を持つSin波(サイン波、時刻ゼロで出力ゼロの波)をフーリエ変換すると、1つの周波数にレベルに応じた棒表示が出るものとする。周波数軸において、右側が高い周波数、左側が低い周波数なので、図のアニメーションのような動きとなる。
ここで、周波数グラフには第一象限(右上、一般的な左下を原点とするグラフ)のほかに第二象限(左上)、第三象限(左下)、第四象限(右下)が存在し、Sin波をフーリエ変換した際には第一象限の周波数データだけでなく、第三象限にも周波数データが出力される。
負の周波数とは理解が難しいが、Sin波では原点を点対称とした結果になる。これを奇関数と呼んでいる。
これに対し、Cos波(コサイン波、時間ゼロで最大値となる波)ではフーリエ変換の結果、第一象限と第二象限にデータが出力される。このようにy軸に線対称なものは偶関数と呼ぶ。
Sin波とCos波は波形とレベルが同一で、位相が90度異なる波である。即ち、フーリエ変換において、出力される象限がこの位相の違いを表している。
つまり、第一象限の結果だけでは周波数とそのレベルは表現できても、位相の情報が無いのである。
具体的なフーリエ変換の例を見てみよう。
図4は5種類の時間軸波形をフーリエ変換した例を示している。
矩形波では奇数次高調波が高周波になるほど減衰して出力される。
時間変化の無い直流波形の場合は、当然レベルに応じた周波数ゼロの表示となる。
では、時間軸ゼロのインパルス(衝撃音のようなもの)ではどうなるだろうか?その周波数は負の領域(第二象限)も含む全周波数に及び、もしも無限大レベルのインパルスであれば周波数軸において直流のような無限周波数に及ぶ結果となる。
矩形波1つの場合は周波数軸上では図のような波形状の周波数分布となり、この波形をSinc関数(ジンク関数、Sin(x)/x)と呼んでいる。この場合も周波数分布は無限に及ぶ。
興味深いのは時間軸上のSinc関数波形は周波数軸上では反対に矩形波1つとなることだ。
MRIにおいてはこのSinc関数は重要な意味を持ち、この波形でRF照射することで、限られた領域の周波数成分のみを励起することができるので、スライス選択に必要な大切な波形なのである。
それでは、この関係を2次元に拡張してみよう。
図5は時間軸のx軸上のSin波をy軸上に伸ばした縦縞柄の画像をフーリエ変換した例である。このように時間軸が平面データならば変換した周波数軸データも平面になる。
この場合ではSin波なのでx軸上は正、負の2つの周波数成分であるが、y軸上はこの方向に時間軸上の変化がないことから直流であり、結果はy軸中心の周波数ゼロに集まる。
つまり、図の2点にプロットされるのである(この表現ではレベル値は示されていない)。
軸を入れ替えて、時間軸にy軸上のSin波で、x軸上で直流の横縞柄の場合はy軸上に収束した2点となる。
時間軸においてx軸、y軸ともにSin波の場合は図のような斜めの縞柄となるが、この場合は周波数軸において斜めに収束した2点となり、この角度が縞の方向と一致していることがわかる。点の収束が直流方向に起こるのであるから、これは理解されよう。
y軸の位相を変えて、斜めの縞柄を180度反転した場合も、同様に周波数平面の2点が反転する。
なお、特異な例として時間軸上に均一なグレーの画像はすべての方向で変化の無い直流なので、周波数軸上では中心の1点(原点)に収束する。
以上をまとめると
- 実空間である画像データと周波数空間であるk空間はフーリエ変換と逆フーリエ変換で相互に変換できる。
- Sin波を基とする縞画像の場合、そのk空間情報は原点対称の2点に収束し、縞の周波数である本数が多いほどk空間周辺に位置が移動する。
- k空間中央の原点は0本(縞が無く均一な画像)の場合で、最大の本数(画像ピクセル数の半分、256ピクセルの場合は128本)の場合にk空間の端点に移動する。
- 縞画像が斜めの場合は、その角度に対応した位置に収束点が回転する。
先に「いかなる波形もその元となる単純な波形の合成で再現が可能」と述べたが、同様に「いかなる画像もその元となる単純な縞画像の合成で再現が可能」ということになる。
即ち、「いかなる画像もk空間の点の集合で表現が可能」なのである。
身近な参考例として、輝点ノイズというアーチファクトを図6に示す。
これは撮像中に静電気などのパルス状の電気ノイズが混入した際に生じるアーチファクトで、画像に特有の縞模様が重畳されるものである。
図6の「アーチファクト例」にk空間に意図的に輝点データを付加し、これを逆フーリエ変換して画像を再構成した例を示す。これを見ると、画像に縞模様のノイズが現れ、k空間と輝点の関係を見ることができる。先ほどの解説では、輝点は点対称の2点のはずだが、片側1点でも影響は同様であり、現実のアーチファクトも1点のノイズ混入で生じる。
この結果から、輝点の位置と縞模様の関係が、k空間中心からの距離と方向で決定されていることが確認できる。また、2点の輝点を付加した例では、クロス状に縞模様が発生している。
これはその画像の縞模様成分がこの輝点の位置に収束するということで、このようにあらゆる画像は縞模様画像の集合体として捉えることが可能なのである。
画像とk空間
さまざまな画像をフーリエ変換し、そのk空間を見てみよう。
図7はまず、円形の例であるが、このようなシミュレーションを計算画像で行う場合、画像データのエッジがシャープすぎると現実的で無い。そこで、この図は下部にソフトフィルターをかけて画像データのエッジを鈍らせている。この方が現実の画像に近い。
k空間データを見ると、ソフトエッジの方がk空間周辺の高周波情報が減り、より現実的なデータとなっていることが解る。
次に角形の画像データの場合を見てみると、これは特徴的なk空間となる。同様にソフトエッジ画像では、k空間周辺の高周波情報が減少している。
k空間の原点から見た斜め方向に情報が無いことから、この画像には斜め成分が存在しないことが分かる。逆に縦横成分が強く高周波まで分布しており、画像に縦と横のエッジが存在することが見える。
k空間の縦と横に周期性があるが、この周期が画像の角形のサイズ(画像上の割合)を表しており、サイズが大きいほど周期が粗くなる。
このようにk空間の特長を理解すると、その形状から画像の情報を知ることができる。
図8は縦帯画像の例である。この場合はy方向(上下方向)に変化が無く、直流なのでk空間データはy方向のゼロに収束し、横一線となる。このプロファイルを見ると、Sinc関数状になっており、確かに1波の矩形波がSinc関数となることが示されている。
楕円形画像の場合は、k空間情報に楕円感を感じることができるのではないだろうか。
面白いのは三角形画像の場合で、とても特徴的なk空間情報となっている。
まず、縦と左右斜めの線状の情報から、この3つの角度が画像上に存在することが分かる。
また、情報の対称性からこの角度が均等に存在する正三角形であることが見て取れるのである。
なお、k空間データにおいて鏡面反射のようなパターンが見えるが、これは折り返しにより生じた偽データである。このフーリエ変換の折り返し現象に関しては改めて述べる。
人体画像のk空間変換例を図9に示す。
MRIの画像データをフーリエ変換してk空間の周波数情報に変換し、これを再度、逆フーリエ変換して画像に再構成すると、完全に元に戻すことができる。つまりこれは可逆変換である。
k空間情報の対称性からデータを半分に間引くことは可能であろうか?
k空間の左右方向に約半分にしてゼロデータ(黒色)で埋めて再構成すると、やはり画像は再現される。この例ではゼロデータを埋めてしまったので、画像がボケてしまったが、残った半分のデータを反転コピーすれば、このボケは防ぐことができる。
この仕組みは実際の撮像でも使用されており、位相エンコード方向であればハーフスキャン、周波数方向であればハーフエコーと呼ばれる。ともに撮像時間の短縮や、信号受信時間の低減といったメリットを有する撮像テクニックである。
この場合、重要なことは、完全にはk空間を50%にしないということである。これは先に述べたとおり、k空間の中心データは画像再構成に極めて重要であり、ここにデータ有無の段差があると画像に大きなアーチファクトが生じるためである。このため、一般的には32点程度の信号を残し、例えば256データであれば、128ではなく160データを受信する。図のk空間データも、中央部分が残されていることが見える。
4象限ある情報の対称性から考えると、1象限部分、即ち4分の1のデータでも画像再構成が可能なはずである。行ってみると、確かに画像が再現されることがわかる。
つまり、ハーフスキャンとハーフエコーを同時に利用できるということである。
では、データを反転コピーすれば未受信の信号が完全に再現された画像が得られるのか?というと、そうは都合良くは行かない。この3領域の重複した受信データは信号加算として有効なのである。したがって4分の1に間引いて再構成した画像は画像SN比が50%に低下する可能性がある。
本項の最後に、k空間データを中央部4分の1に間引いた例を図10に紹介する。 これはつまり画像マトリクスを128×128から64×64に縮小したような状態である。
すると、再構成画像は一見再現されたように見えるが、拡大してみるとトランケーションアーチファクトと呼ばれる波像が被写体のエッジに生じていることがわかる。
この原因は、高周波情報の欠損による振動性の偽像であり、フーリエ変換による画像の周波数成分が高周波領域で不足すると、再現性が損なわれるために生じる現象である。
したがって、トランケーションアーチファクトを解決するには、データ数を増加してk空間上の高周波データをより多く採取する必要がある。
なお、一般的には受信データ数の低減は位相エンコード方向に行い、撮像時間を低減することが多いため、トランケーションアーチファクトは位相エンコード方向に生じるケースが多い。
以上、k空間の理解のために、フーリエ変換の基礎に関して解説した。
次回はk空間軌跡について説明し、MRIシーケンスの本質に迫りたいと思う。