このコンテンツは医療従事者向けの内容です。
私は2008年からFUJIFILMにてマンモグラフィーの画像開発に携わってきました。画像は診断に直結する部分ですので、日々乳癌診療で患者さんと向き合われている先生方に、臨床現場での課題をお伺いしながら開発を進めて参りました。
お話の中で先生方は、日本の乳がん検診受診率が低いことを常に嘆かれておりました。乳がんは定期的な検診で早期に発見できれば、直すことができるがんです。しかしながら、日本では、乳がん検診の受診率は2016年で44.9%*1にとどまっており、欧米など他先進国が70~90%であることを踏まえると、低い状況です。乳がん罹患者数・死亡者数は年々増加の一途を辿っています。
なぜ検診率はあがらないのか?‒痛みになぜ注目したのでしょうか?
なぜ検診率が上がらないのか。マンモグラフィーメーカーとして、我々は何ができるのか。
2017年に一般女性約1500名を対象に行われたアンケート*2では、マンモグラフィー検査を受けない理由として、「撮影中に痛かった(痛いらしい)」、全回答の3位となっていました。この結果より、撮影時の痛みに対する抵抗が、乳がん検診の受診率が伸び悩んでいる原因であると考え、痛みを和らげる方法がないか、考え始めました。
なごむね開発‒ヒステリシス発見の瞬間
そこから開発への道のりは険しかったですね。「痛みはなぜ発生するのか?」を探るべく、痛みに関する論文を読み漁りました。私個人で百本、なごむね開発チームで数百本ぐらい読んだでしょうか。この時は、他のことをしていても頭の片隅で常に「痛み」について考えている状態だったと思います。
そんな中、ある日のこと、マンモグラフィーの勉強として技師さんを研究室にお呼びして私自身がマンモグラフィーのポジショニングを経験する機会がありました。マンモグラフィーの撮影では、良い画像を得るために乳房を圧迫して薄くすることが大切です。私は男性なので、今までポジショニングの方法を技師さんに聞いたり、ビデオを見たりして頭では理解はしていましたが、実際経験するのは初めて。そんなことはお構いなしに、技師さんはテキパキと体や顔の向きをガイドします。あっという間に乳房を可能な限り引き出し、ぎりぎりまで手で押さえ、最後に手を抜いて圧迫板で押さえます。今まで感じたことのない痛みでしたし、どれぐらい痛いのかわからない怖さや不安もありました。
と同時に、技師さんが手を抜くときに目が留まりました。なんとなくですが、手を抜いたら、手の抑えはなくなっていますが、それでもきちんと圧迫はできているように感じました。
これにヒントを得て論文を調べてみると、乳房には「ヒステリシス」という性質があることが分かりました。ヒステリシスとは、柔らかい物質が持つ性質で、現在加えられている力だけでなく、過去に加わった力に依存した状態が維持される履歴現状のことです。低反発まくらがイメージしやすいのですが、一度手で押しても表面はすぐに戻ってきません。圧迫は乳房を薄く固定するため…よって、この性質を利用すれば圧迫を緩めることが可能なのでは?と閃きました。こうして、ようやくなごむね開発への道が見えてきました。
課題はたくさんありました。診断画像に影響を及ぼさず、画質を変えない、という前提は確実に担保した上で、どこまで減圧が可能となるのか。また、患者さんの不利益となるX線の被ばく量も、変えてはいけません。マンモグラフィー装置の形状を変えることも許されませんでした。忙しいご施設では1時間に6人もの撮影を行っているため一連のマンモグラフィー撮影の流れに影響を及ぼしてもいけませんでした。さらに、痛みは人によって感じ方が異なるので、痛みをどう測るかという難しさもありました。
例えば痛みの評価という点については、ご協力いただける病院を探し、先生と痛みを評価できる方法を考え、受診者さん一人一人に丁寧にご説明して評価にご協力いただきました。画像評価については、模擬腫瘤のあるバイオプシー用のファントムに模擬石灰化と繊維を追加して、なごむねの前後で撮影して、その撮影画像を比較しました。
その他の課題に対してもなごむね開発チームがそれぞれ自分の担当分野で知恵を振り絞り、時にはその分野の壁を越えて協力し、ようやく製品化に漕ぎつけました。
リリース後
その後、待望のリリース。使用いただいた受診者の方から、「痛みが半減した!」「全然違う(従来のマンモグラフィーと比較して)」という痛み軽減に関する感想をいただきました。もちろん、痛みは個人差があるものですので、「いつもと変わらなかった」というご意見もありました。また、「マンモグラフィーメーカーであるFUJIFILMがマンモが痛いのを分かってくれていて、それを何とかしようとしてくれている、その心がうれしい、ありがとう。」や「痛いのが嫌で検診を受けない人もいるので、そのような方が検診を受けるきっかけとなると良いと思う。」というような意見もいただきました。*3
また、実際に使われる技師さんから、なごむねが事前のコミュニケーションのきっかけとなり、被験者をスムーズにマンモグラフィーに導くことができた、というお声もいただき、実際になごむねが臨床現場で役に立てた!と本当にうれしかったですね。
最後に
先生方が格闘されているマンモグラフィ画像への影響、マンモグラフィ撮影をサポートされる技師さんの撮影の流れ、そのどちらにもほとんど影響を与えることなく、受診される方の痛みや緊張・不快感を減らすことが期待できます。女性の健康を守るためにご活躍されている医療現場の皆さまとともに、世界中の女性の笑顔を守っていければうれしいです。