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横浜市立大学・中島淳氏の挨拶からスタートしたコンセンサスミーティング。「便秘」を題材に、超音波分野で高い技術力・診断力を持つ多くの登壇者が、データや論文の発表の際に用いることのできる“共通言語・手法”を確立し、分野の普及を図るための会合にしたいという意気込みを語った。
続いて東京大学・真田弘美氏も、看護という視点から高齢者介護、とくに在宅領域で便秘が喫緊の課題となっていることに言及。その解消法として超音波の可能性に期待を寄せているとして、共通言語の作成に意欲を燃やす。
最初の発表者は東京大学・松本勝氏。看護学の観点から「超音波検査を用いた直腸便貯留評価の必要性」というテーマに切り込んだ。
松本氏は研究ターゲットを「在宅高齢者の排便ケアの問題点」として、認知機能の低下や在宅・訪問看護師が便を直接観察できないことで、便秘症状の評価が困難になっている、と解説。そこに起因して看護師は常に「便秘の種類を正しく評価できない」「適切なケアが選択できない」という課題を抱えていたことを明かす。
そこで看護師の経験年数によらない「大腸内の便貯留に対する客観的評価の必要性、可視化の必要性」に言及し、評価ができることで様々な適切なケアが選択できる正のスパイラルを生み出せる可能性を伝えた。そこで評価方法として超音波画像診断の利用を試みて、訪問看護師でも利用しやすい「携帯性」「リアルタイム性」「非侵襲性」に優れたツールとしてポータブルエコーを導入した。
導入後は、約100名の高齢患者を対象としてエコーによる大腸内便貯留と便秘症状の実態調査も実施し、排便後から次の排便に至るまでの経過を観察している。その結果、便秘症状を持つ患者では直腸における便貯留において特有の音響陰影を伴う三日月型の高エコー域が描出されることを発見。この現象が硬便による便秘のパターンであることを突き止めた。こうして超音波画像診断での便秘の評価が可能であることを確認したうえでポータブルエコーを用いた観察手順をプログラムとして標準化し、訪問看護師が従来では3か月以上かかっていた技術の習得を最短8日間のプログラムで学べるよう改良。今後もさらなる期間の短縮を図ると語った。
さらに有効性の検証として、看護師による超音波画像診断を用いた排便ケアのケースにおける「便秘症状」「下剤使用量」「有害事象の有無」を分析。その結果、硬便・下剤使用量が有意に減少することを確認した。
加えて、社会実装のための取り組みとして、AIによる超音波画像の分類の研究にも挑戦。現時点で、便の有無は100%、硬便の有無も85%を超える精度で検出できているとしている。一方で社会実装の課題として、便秘症状のある患者に対するエコーによる直腸観察についての多職種による共通理解の必要性を述べ、観察手順の標準化が重要であると伝えた。
続いて横浜市立大学・三澤昇氏の発表がスタート。「慢性便秘症患者における消化管エコーの有用性」として、実際の動画等も交えながら「CT所見との比較」の結果を報告した。
これまで直腸内の便の評価にはCT検査が用いられていたが、その問題点(放射線被爆の問題、CT検査を施行できる施設が限定される等)を提示。そうしたCT検査に代わる評価方法として超音波画像診断による直腸内の便貯留の評価が可能か否かを評価した。
CT検査施行予定で便意のない患者を対象として、施行前後1時間以内にポータブルエコーを用いて超音波画像診断も施行。結果として便秘群・非便秘群という患者の属性に関わらず、一致率は8割程度となった。相違があった症例で最多の要素は「膀胱内の尿量が少ない症例」であった。最終的に、「尿の貯留があれば超音波による直腸内の便貯留評価はおおむね可能」であると結論付けている。また考察として、「超音波画像診断では腸内ガスとの評価が難しくなる」可能性を示唆。ガス量が多いとされる「機能性便排出障害」などでの運用方法の検討が必要であると述べて発表を終えた。
また、発表後には国立病院機構 函館病院・津田桃子氏から「膀胱内に尿が溜まっているタイミングでの撮影のコツ」を質問され、「今回はCT検査が目的の患者を対象としたため、尿量についての調整はしていなかった」と回答し、尿量の調整による検査精度の向上を示唆した。
続く川崎医科大学・眞部紀明氏は、遠隔からリモート出演で「体外式超音波検査の慢性便秘症診療の臨床」を発表した。眞部先生が重要視するのは、大腸がんをはじめとした「器質的疾患」を検査で見逃さないこと。ただ、実臨床において便通異常の患者の多くは機能性疾患が原因であるため、消化管疾患の検査では器質的疾患から機能性疾患を視野に入れた包括的な診療を行えることが理想的だと伝えた。
以前から体外式超音波検査による検査を行っていた眞部氏は、「大腸の管腔経がエコーで正確に測れるか」を調査。結果、CT検査と体外式超音波検査の結果は簡便に一致することを確認した。
また、ストゥールオブザベーションスタディ(SOS)では大腸径合計の平均値に注目していることを紹介。上行結腸・横行結腸・下行結腸・S状結腸・直腸の5部位の径を5で割った平均値が、マーカー法で測定した大腸の通過時間と有意な正の相関関係を示しているため、大腸の径の測定も重要な要素であることを伝えた。
加えてポータブルエコーと通常の据置型超音波診断装置の直腸壁の層構造の描出を比較。ポータブルエコーであっても100%全例で描出・評価ができる信頼性を有していることを確認している。この層構造の評価ができることで、内容物が高エコー域の便なのか単純エコーのガスなのかの判別ができるため、便秘検査において直腸壁の層構造は重要な役割を果たしていると言える。
一方で層構造の評価不良の症例では、腹壁の厚み・体表から直腸までの距離が優位に長いことがわかっており、肥満体型の患者における超音波診断の難しさを語った。
次に登壇したのは、国立病院機構 函館病院の津田桃子氏。「大腸内に便があるかないかの評価」を検討した。「腸管内腔に固形物や液体物がなくて後方エコーを認める」場合に「便が無い」と定義し、それ以外を「便あり」と定義したと紹介。上行結腸・横行結腸・下行結腸・S状結腸・直腸の5か所に分けて、超音波画像診断による便の有無の診断と便性状の診断を試みた。便性状は、「硬便」「普通便」「水様便」の3種類としている。超音波画像において、硬便は「音響陰影を持ち強い高エコー域を伴うもの」。普通便は「音響陰影様であるが、ある程度の透過性減衰相を持つもの」。水様便溶便は「透過性があって音響陰影がないもの」と定義したところ、診断の一致率は80.8%という結果に。超音波画像診断による便の性状評価も可能であると確認した。
さらに超音波画像診断を用いた便秘の病態分類にも取り組み、「排出障害型」「大腸通過遅延型」「通過正常型」という大きく分けた3つの分類を試みた。「直腸にガスがあるもの」を排出障害型、「S状結腸または直腸に便がある場合」が通過遅延型、「S状結腸や直腸に便がない場合」を通過正常型と定義し観察すると、患者の初診時の便性状を振り分けたところ「だいたいのところで一致した」という結論を導き出すに至った。
また、津田氏は超音波診断で無視できない存在であるガス像がどのように見えるかの実験も実施。人工的に肛門から空気を注入し、仙骨下部からと腹部から観察した。その結果、角度によっては硬便や泥状便と似通った見え方もすることが明らかとなり、「1つの画面のみで評価するのは難しい」という結論に達した。さらに、直腸に限らず超音波画像診断は非侵襲的で繰り返しの検査も可能となるため、今後の便秘診断治療の評価として、エコーの優位性の可能性が示唆された、と結んだ。
4名の登壇者による発表を受けた真田氏は「直腸の超音波画像診断は可能だと思われる」という認識を明言。ガスの判別という課題もあるものの、医師や非専門の医師、さらには看護の現場でもポイントオブケアの技術として超音波画像診断は欠かせない技術であるという見解を示した。
その見解を受けて松本氏から、超音波画像診断における読影技術の標準化への取り組みとして「超音波検査を用いた直腸便貯留評価のプロトコル」が発表された。
発表では超音波画像診断における対象者、「誰に」「いつ」「どのように」超音波診断を行っていくのか。その典型画像、手順、鑑別が必要な所見、観察が難しいケースといった分野がまとめられている。
超音波画像診断による観察の対象者は便秘が疑われる患者であり、疑いの有無の判断は患者が問診可能か否かで分かれてくるとされた。不可能な患者であれば、客観的情報として「3日以上排便がない」「硬便である」「摂取量に対して明らかに排便量が少ない」といった所見で見極めていく必要があるとした。
続いて観察タイミングとして望ましいのは、音響窓として利用できるよう「膀胱内に尿が貯留している」ことと、腸内にガスが貯留するのを防ぐため「食事の直後でない」こと。この2点を満たしているときに診断を行う、とプロトコルに記載している。
観察方法では、患者の姿勢は基本的に仰臥位。さらにヘッドアップの調整や膝関節の屈曲など、患者がリラックスできる姿勢を意識し腹壁に力が入らないように整える。
使用するポータブルエコーの設定条件は、コンベックスプローブを使用し、周波数は2~5MHz付近の範囲で設定。さらに画像の解像度は膀胱内が無エコーで描出できる、組織の境界・辺縁を均一に描出できる解像度に設定することが必要とされる。
必要物品としてはポータブルエコーの他にエコーゼリー、ゼリーをふき取るためのおしぼり・ティッシュペーパー、患者にかけられるバスタオル等の掛け物も用意しておくとされている。
超音波で観察する際のフローチャートも示されており、便秘の疑いのある患者に対し、超音波で横断像、縦断像を観察する。横断像は便貯留の有無や「硬便か」など便の性状の確認を確認。縦断像では便貯留の位置・量が確認できることを示している。
具体的なプローブ走査の紹介では、「恥骨上部にプローブを当てる」「ビームを傾けるのは尾側に10~30度」といった細かなポイントまでしっかりと設定されていることがわかる。
典型画像についても、「便貯留の有無」「硬便貯留の有無」「縦断像での排便前後の見え方の違い」「性別による見え方の違い」も実際の画像や動画を用いて紹介。ポータブルエコーの使用経験の無い人々にもわかりやすいかたちで示した。
鑑別が必要な所見では、直腸がん・宿便性下痢といった症例を紹介。直腸がんの所見が一見「便なし」の画像と似通っていることなど、比較的見落としやすいものを紹介することで利用者の見落としを防ぐ効果が期待される。
さらに観察が難しいケースとして、前述の「膀胱内の尿量の少なさ」や「腸管ガスの貯留」、「肥満体型」の他にも「尿道留置カテーテル挿入時」のケースを紹介した。
最後に「便秘の疑いがある患者方に対して、半月型の高エコー域の有無で便の有無を見極め、さらにその中に三日月型の高エコー域・音響陰影があるかで硬便の有無も確認。横断像では便貯留の有無・性状を、縦断像では位置・量を確認する」というフローチャートで、適切な治療やケアを選択していくことが可能となる、と結論付けた。
合わせて、「便性状の詳細な見極め」「具体的な画像調整方法の標準化」といった今後の課題を伝えて松本氏が発表を終えた。
一連の発表が終了したのち、業界の第一人者である面々からの感想が寄せられた。
リモート参加の川崎医療福祉大学・春間賢氏は、「直腸というターゲットを絞って検討することの重要性」を強調。「いつどこで誰がやっても同じ結果が出る」という汎用性の高さを目指して誰もがを使いこなせる未来の到来を期待した。
国立病院機構 函館病院・加藤元嗣氏も、超音波画像診断が現在加藤氏が診ている重症心身障害児の健康確認・維持に今後つながっていき、病態評価・治療方針の決定に利用できることを期待した。
日本創傷・オストミー・失禁管理学会の田中秀子氏は、実際に看護師の現場で超音波画像診断による膀胱内の尿量測定を行っていることを紹介。「看護師でも研修を経て利用できるようになる」というポータブルエコーによる直腸観察の進歩に期待を寄せた。
看護理工学会・須釜淳子氏は、超音波画像診断装置が今後は病院だけでなく施設や在宅へと活躍の場を広げている現状を鑑みて、「大型で精度が高い」製品よりも「ポケットに入るような程度」の製品のほうが普及してくると推察。加えて正確なアセスメントのためには、膀胱壁や直腸がクリアに観察できる、小型であっても出来るだけ精度の高い機器を選択していくべきとも言及。機器の性能向上のためにも、今後も新たな機器のフィードバックをしていきたいと話した。
東京医科大学・河本敦夫氏も、検査技師の立場から普段利用するハイエンドマシンにおる診断の超音波とポイントオブケアの超音波は違いがあるとしつつ、ポータブルエコーの画質の高さを称賛。一方で、静止画だけでは判別しづらい・伝わりきらない部分もあるとして、動画の撮影機能も必須であると考えを述べた。また、「標準的に残す画像の方向性を学会で決めておくとよいのでは」といったアドバイスも生まれた。
最後に中島氏から今回の総括として、このコンセンサスミーティングをポータブルエコーなどの機器を実際に一般の看護や訪問診療、実臨床で使える環境を作るための研究会などにつなげていきたい。と今後の展望を語った。さらに今後の超音波画像診断のターゲットとして、まずは直腸を誰でも描出できるようになり、さらにガスと便、あるいは直腸がんなど別の病気の所見を鑑別できるようにしていきたいという目標も設定。ポータブルエコーによる超音波画像診断が、これまでの聴診器・直腸指診の代わりになるような時代の到来を期待していた。
超高齢社会の現代では、便秘に困る高齢者が数多く存在していることは間違いない。それを少しでも解消するため、施設でも在宅でも、医師でも看護師でも、制限なく利用できる超音波画像診断という共通言語が普及する日が待たれている。
以上