世の中に役立つ製品を、必要とする多くの人に早く届け、安心して使っていただきたい――
自社の技術力やその確かさを知っているからこそ、その思いは強くなる。
一つの製品が世に出ていく上流(研究開発・企画など)から下流(営業活動など)まで、多くの関係者の努力を知っている。
しかし、誇大な表現や事実とは異なる表現は、世の中にマイナスイメージを植え付けかねない。
製品の魅力を「正しく分かりやすくスピーディーに」世の中に伝えるため、法律をもとに戦う社員がいる。
“マイナス”の防止だけではなく、モノづくりの“プラス”をサポートする
企業の法務部には、現場と一線を画した堅苦しい印象があるかもしれない。彼女は、そんなイメージを払拭するような朗らかな笑顔で「事業部のサポートを通じて、一緒にモノづくりをしたいんです」と語る。
入社10年。法務ひと筋でここまできた。父が法律関係の仕事をしていた影響で、中学生のころから法学の道を目指していたという。その後、大学で学んだ法学の知識を活かしつつ「モノづくりに携わり、自社製品の魅力を自身の生活の中でも実感したい」と、メーカーを志望していたところ、富士フイルムに出会った。何よりも彼女を惹きつけたのは“多彩な事業領域”だ。
「カメラや写真などのイメージング領域だけでなく、ヘルスケア領域など、魅力的な事業展開をしていることを知り、自分が興味を持ちながら楽しんで働ける姿が想像できました」
2011年に入社後、彼女はB to C、B to Bと複数の事業部の支援を担当した。富士フイルム法務部では、契約や訴訟関連の対応、株主総会業務やコンプライアンス教育、M&A案件対応など、多岐にわたる法律関連業務を通じて、特有の理念を掲げている。
「法務部といえば、契約業務や法律相談などにおいてリスク低減を検討するなど“マイナスを防ぐ”イメージが強いかもしれませんが、富士フイルムの法務部は、事業部がより良い成果を出すための積極的かつスピーディーなサポートを心がけています。法務の知見を最大限活用し、事業部がビジネスを進めやすくなるような“プラスに働く”サポートをすることが、私たちの使命です」
富士フイルムは、写真分野の研究開発で培ってきた多種多様な先進・独自の高度な技術を活かした製品・サービスが強みだ。しかし、先進・独自の技術をお客さまに分かりやすく伝えることは簡単ではない。
「法律やコンプライアンスの順守は当然ですが、お客さまに当社の製品・サービスを正しく理解していただくことが大切です。正しく選んで安全に使っていただくことによって、お客さまの生活の質の向上につながると考えています」
正しい形でもっと世の中に役立てたい――間近で最先端の技術に触れ、芽生えた野心
入社後は、電子映像・光学デバイスから、イメージング、宣伝、産業機材・高機能材料やグラフィックシステム、先端技術・画像技術関連の研究所まで、実にさまざまな領域を支援してきた。業務をこなす中で新たな気付きがあった。入社3年目のことだ。
「産業向けの機材や高機能材料の法務サポートを担当する中で、改めて富士フイルムの技術力を実感しました。最先端のタッチパネル用センサーフィルム、電池材料、特定の波長の光だけを反射・透過させるフィルムなど、こんなことも実現できるのか!と驚きの連続。世の中の課題に対して、最先端の技術で解決する場を目の当たりにしました。未知の産業での用途や新しいビジネスを生み出す事業に触れ、ワクワクが止まりませんでした」
法務業務をこなすためには、「各事業戦略や製品・技術への深い理解が不可欠」と感じた彼女は、積極的に情報収集に努める。各研究所などが横断的に最新技術を紹介する社内向けのシンポジウムなどにも自主的に参加し、自社のビジネス指針や技術開発の最新情報を学んだ。富士フイルムは技術背景が多様で、事業も幅広い。学ぶことは膨大だが、「技術には元々興味があったんです」と目を輝かせる。「こんなに素晴らしい技術ならもっと世の中に広め、多くの人の役に立てるはず」と、より一層任務の重大さを感じた。
順調に経験を重ね、スキルを取得していた彼女は2016年、出産・育児のため1年半の産休・育休を取得する。知見や視野を広げるため、幅広い事業領域での経験を求められる法務部。そのため部内では担当領域のローテーションに積極的だ。「復帰後、どんな領域にあたるのか」――不安を抱きつつ、法務部に復職を果たす。
復職当初はブランクを感じていたが、周囲のサポートを得ながら徐々に感覚を取り戻していく彼女。しかし、ここからが新たな挑戦の始まりであった。
新たな領域への挑戦で迎えた大きな転換 思いと思いをぶつけながら得た財産
産休・育休明けに彼女が任されたのは、化粧品やサプリメントなどのコンシューマーヘルスケア関連の事業部支援だった。入社7年目にして、初めてのヘルスケア分野。担当業務の一つは「展開する広告やキャンペーンなどの営業施策に関して、法律的な観点から問題がないかどうかをチェックする」というもの。早速、事業部から相談されたのが、新製品の広告表現だった。広告業界はトレンド変遷が速い。当時はインターネット広告が急速に拡大・多様化し始めたころ。SNSや動画サイトの利用が広がり、お客さまの購買行動も変化していた。
また、コンシューマーヘルスケア業界は、流行の変化もめまぐるしい。加えて「薬機法*」「景品表示法*」など多くの法令があり、新たな知識も求められる。薬機法とは、化粧品を含む「医薬品・医療機器等」の品質・安全性を保つためのルール。例えば、化粧品やサプリメントに“がんを治す”“血圧を下げる”など医薬品と誤認されるような表現は認められず、また科学的に実証された効果を超えた虚偽・誇大表現も禁じられているのだ。
「例えばデジタルカメラならスペックを紹介すれば利点を理解してもらいやすいですが、化粧品やサプリメントなどのコンシューマーヘルスケア製品のよしあしは一人ひとりの感じ方の違いに大きく左右され、感覚的です。また、富士フイルムのコンシューマーヘルスケア製品の魅力を支えるのは、写真フィルムの開発に不可欠なコラーゲン、抗酸化技術、ナノテクノロジーなどの高度な技術ですが、分かりやすく伝えるのは非常に難しい。また、誇大にアピールすることはできません。エビデンスとなる客観的データはしっかり取得しているものの、独自の先端技術が多いだけに、法律上、広告表現の明確な指針が見当たらないことがほとんどでした」
世の中に正しくかつ効果的に伝えるのが簡単ではない、革新的な製品。しかし、確かな技術に基づく魅力ある製品であると自負していた彼女は、事業部とともに、新製品の差別化ポイントを伝える「今までにない表現」を創り出すことに挑戦。他社事例の情報を収集し、外部の弁護士事務所の知見も活用、法律的に問題がなく、効果的な表現を積極的に事業部に提案した。
一方で、事業部は「よりお客さまに伝わる強く鮮明な表現で製品の魅力を伝えたい」という思いを持っている。その思いを痛いほど感じながらも、「少しでも問題になる可能性のある表現があってはならない」という法務部としての立場との葛藤があった。広告戦略の議論で彼らとぶつかることも少なくなかった。「法務部は相談しやすい存在であってこそのもの。なのに、いま私がそれを妨げてはいないだろうか」、彼女は悩んだ。しかし、この経験がさらなる「攻めの法務」への転換期になったという。
「事業部が訴求したい“商品の魅力”から逆算し、それを正しく裏付ける商品の成分・試験データなどのエビデンスデータを調べました。また、商品の機能などを図示するイラストなどの表現方法も提案するなど、技術の深い内容にまで踏み込み、従来に増して自分から事業部に働きかけるようになりました」
事業部と一体で作った「正しく伝わる」広告表現とともに、世に送り出された新製品。製品に対するSNSや製品のWebサイトでポジティブな口コミを自分の目で感じ取ることができた。「使ってくださったお客さまの言葉を目にして、今までにない達成感を味わうことができました」。
当初は衝突していた事業部担当者との連携もスムーズになっていた。
「議論を戦わせ続けているうちに、専門性に基づく意見や真剣な姿勢への理解が互いに深まり、事業部側で何か課題が生まれれば、すぐに相談してくれるようになりました。互いに製品やお客さまへの思いが強いほどぶつかるもの。でも見ている方向は一つなのだと改めて実感できました」
気づけば、仕事と家庭を両立する自身の働き方も、育休前より効率のよいものになっていた。休み前に抱いた不安は杞憂(きゆう)だったのだ。
薬機法とは?
正式名称は「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」。
景品表示法とは?
正式名称は「不当景品類及び不当表示防止法」
事業部に寄り添い、信頼される「小さくても力強いタグボート」でありたい
復職からの2年は大変だったが、その前から必死に学び、幅広い業界で蓄積した「知見の引き出し」によって得られた事業部との信頼関係は、大きな財産になった。
「広告表現に対し、法務として保守的にNGを出し続けることは簡単」だが、それだけではお客さまに正しく伝わる広告表現は生まれない。最後に事業部に対し、不備を差し戻すのではなく、初期段階で問題点を解消するための「小さなタグボート」でありたいと考える。
「法的なOK・NGを伝えるだけでなく、NGの場合は、こちらからも代替案などを提案します。事業部から提示された範囲を超えたソリューションを提案できるよう、いつも心がけています」
現在もなお、コンシューマーヘルスケア業界・製品の最新情報や広告トレンドを追い続けている彼女。事業部の仲間にとって「最新技術と最新の法律との橋渡し」となれるよう励んでいる。
このように彼女が前向きに働ける理由の一つには、職場環境の良さもある。各社員のライフスタイルに合わせた柔軟な働き方がかなう。「今後はM&Aなどの他業務にも挑戦し、引き出しをさらに増やしたい」とまだまだ意欲的な彼女。
「富士フイルムは、チャレンジ精神が強く、自社の技術や製品で人々の生活を豊かにしたい、そのために内向きにならず、仲間と連携し合うことを厭わない人が多い会社です。熱い思いを持つ人同士が同じ方向を目指せれば、さらに強いパワーに変換されるはず。私も今までのように、チームで切磋琢磨して働きたい」
独自の技術で、革新的な製品を生み出し続ける富士フイルム。その製品の魅力が多くの人のもとに正しく届く過程には、強い信頼関係のもとでこそ機能する“小さくても力強いタグボート”があるのだ。