PCやスマートフォン、デジタルカメラ……
身の回りにあるこうした製品だけでなく、人工知能(AI)などの未来の技術開発を築いていくのに不可欠な「半導体」。
富士フイルムは、その半導体の製造過程を支える材料の開発で常に世界をリードしてきた。
約7年にわたって半導体の技術革新に関わり、お客さまとの間に立ってニーズとシーズを結びつけてきた
1人のビジネスパーソンが、最先端のその先を見据える事業の魅力について語った。
富士フイルムで半導体の技術革新に携わる
「まだ誰も見たことがないような技術や製品を、お客さまと一緒に作り上げていく時間は本当に楽しいですね」
そう語るのは、2011年に富士フイルムに入社した彼だ。
入社と同時にグループ会社に出向。主に半導体(図説1)の製造工程で使われる最先端の材料を企画・製造・販売し続けてきた会社だ。電子回路のパターン形成に用いられる液体や、ゴミを除去する洗浄剤、半導体の表面を細やかに磨く研磨剤など、半導体材料の多くは形として残らず、その存在はあまり知られていない。しかし、生活に深く関わるデジタル機器の急速な進化は、こうした材料なしにはあり得ないのだ。
高い品質と安定供給を誇る富士フイルムの半導体材料には、世界の半導体メーカーが大きな信頼を寄せており、そのシェアは世界でもトップレベルを誇る。
マーケターとして、顧客である半導体メーカーと、研究開発や生産など社内部門との橋渡し役を務め、半導体の発展に携わってきた約7年間を振り返るとき、彼の声ははずんだ。
「新しいスマートフォンのモデルが今も登場し続けているように、電子機器や電子部品は絶えず変化しています。つまり、そこで使われる半導体も変化し続けなければならないんです。もちろんそれを作る材料も。世の中の一歩先、二歩先を見据え、お客さまである企業から新しい製品を作り出す上での課題を聞き出して、次世代において新たな価値を持つ半導体の材料を生み出していく。顧客や市場とともに『変化し続ける事業』に携われることにとてもやりがいを感じます」
半導体とは?
物質の電気を通す/通さない性質を利用して作る電子回路のことで、土台となるシリコン製の基板(ウェハー)の上に回路パターンを作り、チップ状にする。PCやスマートフォン、自動車から家電まで、さまざまな分野の電子機器に使われる。
一歩先、二歩先を見据えた発想で新しいプロジェクトをスタート
入社して3年が経った2014年、彼は国内営業部門からプロダクトマーケティング部門に異動した。世界のニーズをつかみ自社技術とつなぐことで、製品を顧客と一緒に作り出していく部署だ。そこで彼は、文字どおり革新的なプロジェクトに携わることとなる。
「それまではスマートフォンやデジカメの画質をいかに高めるかを追求していました。デジカメにはレンズに入った光を電気信号に変えるイメージセンサー(図説2)という半導体が搭載されていますが、当社は、イメージセンサー用の赤・青・緑のカラーフィルターに必要な材料の開発に重点を置いていたんです。ただ、スマートフォンやデジカメでかなり高画質の写真が撮れるほど、イメージセンサーの技術は進歩した。そして、我々は、次に求められるのは、人の目に見えない領域でのセンサー技術の開発だろうと考えたんです」
富士フイルムは当時、「赤外線」に着目し、赤外線波長を制御・コントロールできるセンサー材料の研究開発を続けていた。彼はマーケターとして、世界中の顧客やエンドユーザー、市場アナリストなどを訪問し、この方向性が本当に合っているのか、合っているとしたら、材料開発において具体的にどのような課題となるのか、検証を続けた。顧客から直接答えを聞けることはないが、赤外線を使った技術トレンドやニーズは潜在的に必ずある。そのニーズを顧客や市場の現実とともに具体化し、研究所に発信し続けた。
その矢先、彼は海外のある企業に呼ばれた。上司と2人で話を聞きに行くと、「これまでにない新たなセンサーの開発に取り組んでいるが、“赤外線の反射によりノイズが発生する”という大きな課題に直面している。これを解決する材料を提案してもらえないか?」という相談だった。ニーズとシーズ、つまり顧客の必要性と、こちらの発想の種が重なった瞬間だった。
「その海外企業の『新しいものを作りたい』という熱意を強く感じたことを今でも覚えています。同席した上司からも『これはビジネスになる。富士フイルムとして本気でこたえてやろう』と力強く言われ、私もやる気に満ちていましたね」
イメージセンサーに使用される感光材料とは?
イメージセンサーの製造には、画像の色を作り出すカラーフィルターが不可欠。富士フイルムは、この赤(R)・緑(G)・青(B)のカラーフィルター材料において、世界トップのシェアを誇る。
顧客の課題解決を真摯にサポートし世の中を変えていく
しかし、道のりは決して平坦ではなかった。作ろうとしているのは全く新しい機能を実現する製品。どんな材料が必要なのか、顧客にとっても初めてのことで、誰も正解を知らないのだ。
多種多様なデータやロジックを用意し、検討を重ねる日々が続いた。顧客に試作品を提出したが、性能が十分でないと却下され、また振り出しに戻った。何度も議論と検証を繰り返し、開発に励む中で、ようやく顧客の期待にこたえるだけのものができたと思った矢先、最後の最後に壁につきあたった。顧客の取引先から、性能にNGが出たのだ。開発は決められた期限内で完了する必要があるが、この課題をすぐに解決するための材料は、当時の富士フイルムにはなかった。
「このままじゃ先に進めない――そんな手詰まり感があり、必死で研究所を駆け回って、この課題についてさまざまな技術者と討議しました。そんなとき、別の材料を開発するグループからアイデアをもらいました。ある材料との組み合わせによって、この課題を解決できる可能性があることがわかったんです」
ただし、その材料の研究はまだ基礎段階。このままでは顧客の希望する納期には間に合わない。
「チームで相談した結果、顧客には正直に『自分たちの材料だけでは要求を達成できない』と報告しました。その上で、顧客にパートナーとして真剣に取り組んでいることをあらためて伝え、その材料を使う前後のプロセスについて情報公開をしてもらい、材料だけではなく使い方の提案も組み合わせることで、顧客とともに課題を解決する方法を創り出したんです」
多様な技術と人材が融合する「サラダボウル」――そう彼が表現する、富士フイルムならではの特長がブレイクスルーにつながった。3年の開発期間をかけて、パートナーである顧客とともに“この世に存在しないもの”を生み出すことに成功したのだ。
「この新製品――赤外線イメージセンサーが、生体(顔の輪郭や指紋)認証や3Dセンシング(凹凸やジェスチャーなどを読み取る)といった新しい価値につながりました。『顧客の課題解決にきちんと向き合うことが、世の中を変える』という私たちのビジネスの本質を、まさに体感できたプロジェクトでした」
「失敗は成功の母」の精神で組織も自分も成長を続ける
2016年、彼は同じグループ会社内の経営企画部門に異動し、M&Aで富士フイルムグループに加わった新たな仲間たちの多様なビジネスリソースを、富士フイルムの半導体事業と融合するというチャレンジングな仕事に挑んでいる。
「現時点では世の中のどこにも存在しない技術や製品を、ゼロからお客さまと一緒に作り上げる」のが半導体材料事業の醍醐味。だからこそ、未経験の課題に直面しても果敢に挑戦を続けられる。その環境が刺激的であると彼は語る。
「上司が『失敗を恐れずに、その経験から学べ』と言ってくれるんです。電子産業や半導体市場自体が常に変化しているので、新しいことに主体的に取り組まないと何も始まらない。何か実行すれば失敗もあるのは当然です。ただ、その失敗の原因や解決案から学び、共有する社風があるので、市場とともに自分たちも変化し続けることができるんだと思います」
2018年の半導体材料事業の売上高は、彼が入社した年の3倍を超えた。7年間で急成長を遂げた背景には、富士フイルムが長年築き上げてきた顧客との信頼関係があると感じている。
「社内には、『できないことは約束しない』『悪いことほど早く伝える』という共通意識があります。材料は“売ったら終わり”ではなく、パートナーである顧客が使い続けるもの。だからこそ、顧客のニーズを的確に把握し、期待にこたえる品質の製品を研究・開発して安定的に生産できる体制を、全部門が一体となって提供するんです。また、トラブル対応も迅速に誠実にやり遂げます。こうした顧客目線の対応を、すべての部門が同じ意識でサイクルとして回していく。その過程で信頼関係が深まり、『半導体の材料なら富士フイルム』という状況ができ上がったんだと思います」
常に成長を続ける電子産業分野で、いつも新しい価値を創造していきたい。顧客と手を取り合って、世界を発展させていきたい――そんな好奇心と挑戦の原動力となっているという“半導体の魅力”について、彼は最後に語った。
「純粋に半導体っておもしろいんですよ。目には見えない世界ですが、電子顕微鏡で見ると高層ビル群が無数に連なっているような複雑な構造体が隠れている。目には見えない世界に最新技術が凝縮されていて、新しい社会を支えているんです。これからもビジネスの最前線で、半導体材料を通じて、新たな価値を顧客とともに創出していきたいと思います」