スマートフォン、パソコン、テレビなど 暮らしの中にあふれる、多くのディスプレイ。
そのディスプレイに不可欠な高機能フィルムの製造に携わる
1人の社員に、これまで乗り越えてきた壁、 そして、自身の仕事に抱く使命感について聞いた。
R&Dが生み出した画期的な技術を、製品として世界中の人々の手元に
「1台のディスプレイには、さまざまな機能を持つフィルムが使われています。例えば、富士フイルムの代表的なフィルム製品であるフジタック。平滑性や透明性に優れ、液晶ディスプレイの内部を保護しつつ、バックライトからの光をまっすぐに通すことのできるフィルムで、ディスプレイにとっての基盤と言えます。それから、WV(ワイドビュー)フィルム(図説1)は、画面を斜めから覗き込んでも画面の色を反転させないようにするという大事な機能を持っています」。
そう語るのは、ディスプレイ材料の生産技術担当である彼だ。R&D(研究開発グループ)が生み出した画期的な“技術”や“素材”を、工場での量産が可能な“製品”へと進化させるのが、生産技術担当。中でも彼が携わっているのが、ディスプレイ材料の塗布工程だ。厚さ数十μmのベースに、化合物を極限の薄さで均一に塗り、フィルムに機能を付与していく――写真フィルムを通じて多種多様な技術力を培ってきた富士フイルムだからこそできる、その精緻な作業を、工場の巨大製造機でも実験室と同じ精度で行えるようにするのが仕事だ。
入社以来一貫して、ディスプレイ材料の塗布工程を担当してきた彼は、これまでさまざまなフィルムの機能向上・新規機能追加に携わってきた。そして入社3年目、あるフィルムの改良プロジェクトに関わることとなった。そのプロジェクトとは?……
試行錯誤を繰り返し、「剥がれない」フィルムへ改良
「プロジェクト始動のきっかけは、クライアントからの要請でした。モバイル機器のディスプレイの中には、外光が写り込まないように反射を防止するフィルムが使われている場合があるのですが、極めて高温多湿な環境では剥がれてしまう可能性があったんです。そこで、あらゆる環境で使用できるよう、剥がれないフィルムへと作り直すことに。素材から検討するレベルの開発なので、通常はR&Dが主体となって取り組むのですが、既存の製品の改良だったので、私たちで手がけることになりました」。
プロジェクトはまず、フィルムのどこが剥がれてしまうのか、そして、なぜ剥がれてしまうのか、原因を解明するところから始まった。
「特定の物質に触れると、ある素材の性質が変わってしまうことが剥離の原因でした。そこで、その物質に接触しても性質が変わらないようにするため、加工を施すことにしたんです。
原因の特定と改良方法は時間をかけず決まったので、最初は順調でした。だけど、いざ実験してみるとうまくいかないんですよ。机上では求める結果が出せるはずなのに、現実はそのとおりにならない。うまくいったと思っても、加工することによってほかの性能が落ちてしまう……
試行錯誤を繰り返し、どうにか数十センチ角のサンプルを1つ作り上げました」。しかし、サンプル作成はまだプロジェクトの序盤でしかなかった。
「サンプルをクライアントに渡して評価してもらうのですが、テストは一度では終わりません。サンプルが合格したら、次はより最終製品に近いロール状の大型フィルムの形でテストする必要があります。これはサンプルをつくったときと同じ手法では作れません。また加工法を変えなければならないんです」。
計算上はうまくいくはずなのに、実際にやるとうまくできない。どうにか成功しても、サイズを変えると、またうまくいかない――1つ乗り越えれば、また乗り越えるべき壁が自然と生まれてくる。そんな状況の中でのプロジェクトを、彼はこう振り返る。
「複数回にわたる厳しいテストをすべてクリアしても、最後は工場の製造機に合わせた調整も必要です。今回の場合、結局、製造機も改造しなければなりませんでした。スケジュールもタイトだったので、自分には無理じゃないか。と何度も追い込まれました。それでも乗り越えられたのは、チームワーク力があったから。営業、R&D、生産部の仲間たち、機器の専門家。一人で悩んでいると、さまざまなエキスパートが私のところにやって来て『こういう風な見方もできるんじゃない?』『うちの部署でこういった新技術を開発していて……』と助言をくれました。可能性が少しでもある限り挑戦しようと、全員が一致団結し協力してくれたからこそ、クライアントにも納得してもらえる製品が完成したんです。挑戦し続ける粘り強さと、異なる技術を持ったメンバーが結束したときの爆発的な推進力は、富士フイルムの大きな魅力だと実感しましたね」。
プロフェッショナルとして求められる、モノづくりに対する深い理解
学生時代、彼は化学工学を専攻していた。「大学院でも無機化合物に関する研究を続け、卒業後も化学分野に携わる仕事がしたいと思って富士フイルムを志望したんです。今の仕事にも学生時代の知識は大いに活かされています。だけど、生産技術に携わる私たちは、何よりもまず、製造機に精通したプロでなくてはならない。0から価値を生み出すのがR&Dだとすると、私たちの仕事は生み出された価値を、製造を通じて実際に人々が使える形にしていくことなんです。それは、単純にかけ算して大きくすればいいというようなものではない。一定の品質のものを安定的に製造するために必要な条件・手法を導き出すことが使命になるんです」。
入社して以来、一貫して同じ仕事で経験を積んできた彼だからこそ、自身が所属する部署が担う責任と、やりがいを十分に体感しているのだろう。彼の表情は、誇らしげに見えた。 そんな彼は現在、全く新しいディスプレイ材料の商品開発に携わっている。スマートフォンの登場が世界を一変させたように、世界中の人々の生活に影響を与えうる商品だ。「何か疑問があれば、必ず立ち止まって考えるようにしています。なぜうまくいかないのか。逆になぜうまくいったのか――その積み重ねが重要だと思っているんです。科学は嘘をつかないですから。そして何より、富士フイルムのチームワークがあれば、必ず成功できるはずです」。