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日本

IT分野 研究者

ITのスキルを化学の世界で活かしたい

情報技術分野の最先端に挑む富士フイルムのチャレンジ

世界中で日々新たなテクノロジーが誕生している情報技術分野。富士フイルムは2016年、最先端の情報技術を研究する組織を立ち上げた。新素材探索の加速から、次世代のIoT関連製品やサービスを開発するための情報基盤技術の研究、企業活動の効率化を実現するシステムやソフトウエアの開発、大学や研究所などとの連携、そしてデータサイエンティストの育成まで、そのミッションは多岐にわたる。
富士フイルムと情報技術、その結びつきに「?」と思う読者もいるかもしれない。しかしながら、デジタルカメラで撮った写真や医療用X線画像を見やすく・使いやすく再現するには、情報科学系の領域、特にAI(人工知能)の一手法である「機械学習」の活用が不可欠であった。
「ヒト」と「空」が写ったデジカメ画像を例に説明してみよう。まずは、あらかじめ「ヒトらしさ」「空らしさ」とはどういうものか、それぞれの要素についてコンピュータに学習させておく(機械学習)。次に、そのコンピュータに撮影した画像を取り込む。すると、コンピュータが「ヒト」と「空」を自動で認識し、それぞれ適した明るさや色調などに修正してくれる(画像処理)。これが機械学習による画像処理技術だ。
「機械学習や画像処理に興味を持ったのは大学2年生のときです」と語るのが、この分野で若き研究者として活躍している彼だ。
「大学院では医療用の画像処理を研究していました。臓器などの形状や色を機械に学習させることで、撮影画像から医療従事者が求める病変をコンピュータが見つけ出す、という研究です。そこで得た知識やスキルを活かしたいと思い、富士フイルムに就職しました」
新卒で入社した2012年から3年間、彼は当初の希望どおり、医療用画像処理の研究開発に従事。やりがいに満ちた日々を送っていた。そんな折、彼は設立直前の新研究所への異動を告げられる。集められたのは、さまざまな事業分野で情報系の業務に携わる若手エンジニア。彼もまたその一人だった。
「画像処理はとても面白い仕事でしたが、機械学習のスキルを活かし、別の分野に挑戦したいという気持ちもありましたので、異動に対してはとても前向きでした。しかし、そこで私に与えられるミッションを聞いた途端、正直戸惑いました。というのも……」

化学の知識を基礎から習得

チームワークで課題を克服

ディープラーニングの研究と、化学分野の知識の蓄積。その二つに真摯に取り組む彼のうわさを聞きつけ、数か月後には化学研究に従事する社員から相談が頻繁に来るようになった。
しかし、彼が化学分野への機械学習応用の真の難しさに直面するのは、この後だった。
「先ほども申し上げたとおり、私の最終的なゴールは、まだこの世に存在しない物質が、どんな色や形、素材感、生体への作用などを持っているのか、化学構造式や物性値などのデータを手がかりに明らかにしてくれるプログラムを作ること。これにより、実験にかかる時間やコストが大幅に削減されるだけではなく、新素材や新薬につながる未知なる化合物の早期発見が可能となります。
しかし、私が社内の化学研究者から預かるデータは、一見するとよく分からない実験データばかり。この素材を、どのような形でディープラーニングに入力すべきか、前例がないだけに初めは見当もつかなかったんです。しかも、画像と違い化学の実験データは世の中にはほとんど出回っておらず、参照させることのできるデータの絶対数が少ない。公表されているわずかな学術論文や社内での実績を頼りに、手探りでシミュレーションを行うしかありません。すぐに成果が求められるようなミッションではないことは承知していましたが、何度試してもうまくいかない日が続くこともありました。そのときはさすがに少し落ち込みましたね」
もちろんこうした挫折や困難は、新領域に挑む研究者には必ず訪れるもの。このような状況を見越して、彼の所属する研究所では定期的に社員が集まる場を設けていた。機械学習の化学分野への応用は彼がメインで担当しているテーマだが、機械学習の研究自体はそのほかの分野でも同時に進められている。それらに従事する研究者が現状の課題を話し合い、成功事例や失敗事例を持ち寄ることで成果を出そうというのが、定例会の目的だ。皆で協力し合い、これまでの知見を生かして新しいイノベーションを生み出していく、という正攻法のやり方は、未知の領域に挑むこの研究所では特に不可欠なのだ。
「うまくいかない、と思ったらまず相談すること。ブレークスルーの鍵はこれだと思います。事実、最近も思いどおりの成果が出ないことがあったのですが、仲間に相談したところ、『その問題、今の君のアプローチだけでなく、別のアプローチで検討してみたら?』とアドバイスしてくれました。研究職ですから、ロジカルに課題を解決するのは当たり前ですが、本当に多角的な発想は、一人の思考だけでは決して生まれてこない。そのときも、仲間の指摘から得られた気付きによって、課題を一つずつ解決することができました」

化学の世界の住人ではないからこそ自由な発想で

  • * インタビュー内容などは、2017年10月時点の取材内容に基づきます。