踏み込んだのは、前例のない化粧品の「赤」
エネルギーに溢れた、生き生きとした雰囲気を感じる色。パッと目を引く、輝きを放つ色。そして、シリーズの配合成分である天然の色素「アスタキサンチン」の色。アスタリフトのブランドカラーである「赤」には、さまざまな意味が込められている。
富士フイルムの機能性化粧品・アスタリフトが誕生したのは2007年。今でこそ化粧品のパッケージに赤い色を見かけることも多くなったが、当時はまだパッケージに赤を使用することはほとんどなかった。富士フイルムは、そんな化粧品業界の盲点に切り込んだ。「アスタキサンチン」を象徴する「赤」をまるでブランドカラーとして取り入れ、化粧品事業のスタートを飾った。
その後、アスタリフトシリーズは確かなサイエンスに裏付けられた「赤」のパワーで美しく幸せに歳を重ねる化粧品というコンセプトを核に、化粧品業界でのブランドを確立していった。また発売開始から数年後、配合成分をより進化させたことをきっかけに、アスタリフトシリーズをリニューアルすることでブランドへの注目度を改めて高めようというプロジェクトが始まった。
そのプロジェクトにおいて、すべてのパッケージデザインの刷新を担うデザイナーの一人としてアサインされたのが、入社3年目だった彼女だ。アスタリフトが発売された当時はまだ高校生だった若手に、新たなデザインが託された。入社後は主にサプリメント製品のラベルデザインを担当してきた彼女。化粧品の担当が決まったときはプレッシャーを感じる気持ちよりも、化粧品をデザインするワクワク感と期待の気持ちの方がずっと大きかった。
「元々美術大学を卒業し、大学時代から製品パッケージのデザインを担当したいという気持ちがありました。サプリメントを担当していたときのラベルやパウチなどのデザインはもちろんですが、立体的なパッケージデザインにも興味を持っていました。化粧品のデザインは容器など形状の設計から手掛けられる。加えて今回は製品リニューアルに沿ったデザインのコンセプトをゼロから自分で考えていける仕事であったため、多くの創意工夫ができそうだとワクワクした気持ちでした」
新しいお客さまにも、これまでのお客さまにも、魅力が感じられるデザインを
どんなデザインでどんなブランドに感じてもらうか。デザインの主担当に決まったときから、頭の中はアスタリフトのことでいっぱいだった。20代の自分とは異なる40代以上の女性がメインターゲットであること。自分の入社前からある製品の歴史。それに加えて、初めて取り組む立体物のデザイン。経験が浅い彼女の前には乗り越えなければならない課題が山のようにあったが、彼女は前向きだった。自分がこれまで憧れてきた世の中の製品に負けないくらい素敵な自分自身のデザインを生み出してみたい。彼女の熱い思いは止まらなかった。
デザイン制作で最初に着手したのは、数あるアスタリフトブランドの製品の中でも最も人気の高い主力製品、ジェリー状先行美容液『ジェリーアクアリスタ』のパッケージデザインだった。リニューアルに当たって「洗練され、革新的なデザインにすること」という大まかな条件は提示されていたが、そこから先のデザインコンセプトは自ら練り上げ具体化していく必要がある。
中に詰まっている美容成分がさらに進化した期待感を、従来からのファンの方にも、さらには初めてアスタリフトを手に取ってもらう人たちにも印象づけたい。そして、うるおい成分が肌を包み込む幸せな瞬間がイメージできるパッケージに仕上げたい。特に難しい課題は、ブランドイメージカラーである「赤」を新パッケージにどのように配して印象づけるのかということだ。色調は今までと同じにするのか変更するのか、アスタリフトブランドがテーマとする「女性に気品を添える赤」をどんなデザインならば表現できるのか、成分の「赤」とそれを表現するパッケージの「赤」の一体感をどのように演出し、リニューアル後の世界観を作りあげるのか。彼女が考えなければならないことは無限にあった。
自分の思いをデザインにぶつけるかのように、彼女は自分のイメージするデザインのスケッチを無我夢中で描き続けた。しかし何十枚ものデザインを描くものの皆が納得できるデザインができない。新しいパッケージデザインに対する会社の期待は、彼女が想像するよりずっと高い場所にあった。くじけそうになりながらも、彼女はひたすらデザインに没頭した。
百枚以上のデザインスケッチを経て、ようやく自分も周りも納得がいくデザインが完成したのもつかの間、ゴールにたどり着くまでに彼女がクリアしなければならない課題はまだまだあった。
「スケッチで描いた理想のイメージをもとに、設計図を引いて素材を選びながら立体物に仕上げていく過程も大変で、容器設計の知識をゼロから勉強しながらのスタートでした。プラスチックの材料だけで何十種類もあるっていうことも会社に入って初めて知りました。使用する素材の特性によって『これは色を着けたときに微妙に濁ってしまう』『これは色がきれいに出るけど化粧品の成分の色が染み付いてしまう』と一つずつ条件を確認しながら、さらに何百とおりもパターンを作っては一つずつチームで検討して。試行錯誤の連続でした」
思い描く理想の「赤」ができるまでデザインに一切の妥協は許されない
ブランドのパッケージデザインを担うことは、覚悟していたよりもずっと大変なことだ。微妙な色の違いひとつでも、商品の印象そのものを大きく左右する。彼女が最も強くそのことを痛感したのは、発注していた容器のサンプルチェックを行う場でのことだ。納期も迫っており、容器メーカーにもこれ以上負担をかけ続けるわけにはいかない。容器メーカーから提示されたサンプルの中から最も理想に近い色を探して選択しようとしていた彼女を制するように、同じプロジェクトチームのメンバーとして携わっていた彼女の上司が言葉を放つ。
「用意してもらったものは、どれもアスタリフトにふさわしい理想の赤ではない。私たちの製品として自信を持てるものでなければ、デザインをリニューアルする意味なんてない。やり直し!」
その瞬間、自分が小さな妥協をしそうになっていたことに彼女は気付いた。新しいアスタリフトの理想のデザインを自分たちの手で作り上げようとしていたはずが、いつのまにか「できる物の中からの選択」という落とし所を探していた。そんな想いでこれからの主力ブランドのデザインを自分は背負えるのだろうか。お客さまの期待にこたえられるのだろうか。すべてにおいて甘かったことに気付いた瞬間だった。本当にいいものを作ろうとするなら、どんな場面でも妥協をすべきではない。
彼女は、迷うことなく大阪へ向かった。容器の塗料工場へ直接赴き、目指している「赤」のサンプルを、塗料の技術者と直接話しながら作るためだ。電話やメールだけでは伝わらない、自分たちの想いを直接ぶつけなければ、理想の「赤」は探し当てられないと考えた。
工場の技術者と相談し、その場で塗料を混ぜながら策を練った。「もう少し透明度を上げてツヤっぽくできますか」「青みを加えて印象を変えたいです」。技術者の手が塗料を加える度に、彼女は悩んだ。「赤」と真剣に向き合いながらも、何度も時計と先輩デザイナーの表情を見てしまう。絶対に中途半端なものにしたくないこだわりと、メーカーとして発売日を延期するようなことはあってはならないという時間への焦りが巡っていた。
「塗料や薬剤が混ざりあうのを見ながら『もっと』『もう少し』とずっと考えていました。自分の理想の色と出会うまでは、絶対東京には戻らない!と心に決めていましたね。最後はちょっと、何か祈るような気持ちだったかもしれません。『ああ、この色だ!』と見つけた瞬間は、嬉しかったというか、ホッとしたというか、疲れ果てたというか、複雑な気持ちでしたが、できあがったアスタリフトの色を見たときは、工場の方と先輩たちと顔を見合わせて、思わず笑みがこぼれました」
デザインひとつで、ブランドのあり方が大きく変わる
2015年9月。1年半にも及ぶ準備期間を経て、彼女がデザインを手がけた「ジェリーアクアリスタ」はリニューアル商品として発売された。お客さまからの評価も高く、リニューアル後売上も大きく伸びたという。製品そのものの評価だけでなく、「リニューアルして大人っぽくなった!」「色に深みが出て高級感が増した!使うたびに嬉しくなります!」などのデザインに対するお客さまの好評価な声もたくさん彼女のもとへ届いた。多くの成果が出たことに今、デザインが多くの人の心をどれだけ動かすものなのかを、彼女は改めて実感している。
「化粧品ってちょっと特殊なんです。わかりやすい、使いやすい、だけじゃダメなのが化粧品。一見必要なく思えるちょっとしたこだわりこそが、お客さまの心を動かすこともあるし、意識しないような色味の違いがその化粧品に抱くイメージを大きく左右する。店頭できれいに並べられている製品を見るたびに、わが子を送り出した母親のような何とも言えない心境になるんですよ(笑)。もっとこの奥深さにハマってみたいと感じましたね」
アスタリフトシリーズは、これからも順次デザインがリニューアルされていく。この先手がけるものどれに対しても、彼女は妥協のないデザインを追求し続ける覚悟がある。数多く並ぶ美しいパッケージの中で、アスタリフトもさらに輝きを増していく。きっと、以前のデザインに負けないくらい。彼女の見つけ出した「赤」が放つエネルギーは、より多くの人の心をつかむものとなっていくはずだ。