二次元から3D画像へ医療をわかりやすくする技術
医療は高度な知識が求められる難しい世界だ。例えば患者として検査の説明を受けたとき、医学用語がわからず漠然としか理解できなかった経験は誰にでもあるはず。そういう世界にITの技術を導入し、医療を患者にとって“わかりやすいもの”に変えていく──。これが、学生時代から彼が一貫して取り組んできたミッションだ。
「その核となるのが医療画像の“3D化”です。例えば検査ではCTやX線という『身体の内部を撮影する技術』を用いますが、かつてはその結果が二次元の画像で提示されていました。これでわかることも多々あるわけですが、人体は立体構造なので、平面的な画像を見ながら医師に『血管のここが細くなっています』と言われても、患者はなかなかピンと来ない。私は工学者として、それを直感的な3D画像で表現できるシステムの開発に取り組んできました」
「きっかけは両親のガン」技術の力で医療を変えたい
彼は元々IT技術を学ぶ工学畑の人間だった。医学と関わり始めたきっかけは両親のガンだった。
「私は幼いころに父親をガンで亡くしています。それもあって漠然と医療の世界に関心を抱いていたんですが、大学は今後のIT時代到来を考えて、情報工学を選びました。しかし大学に入って間もなく、今度は母親もガンになってしまい、これを転機に『IT技術の力で医療を変えたい』という思いが募り、工学の知見で医療を発展させていく“医工連携”の道に進みました。医療は命に関わる問題です。例えば医師から『助かる確率は50%です』と説明を受けても、確率論だけでは納得できません。病気の箇所や手術のプロセスを具体的に把握し、リスクやメリットを理解した上で治療にのぞむことが大事で、そのためには画像を3D化してわかりやすく提示することが必須であると考えたわけです」
立ちはだかる“職人”の壁をいかに超えていくか
彼は「3D画像解析システム」というシステムを開発し、医療用3D画像の第一人者と呼ばれるまでになった。しかし、医療現場への導入はなかなか進まなかった。
「医師、特に外科医は基本的に“職人の世界”です。先生たちにはそれぞれの手技や経験則があり、技術に誇りを持って人の命を預かっている。『IT技術で医療画像を3D化しませんか?』といきなり話を持ち込んでも、最初から相手にしてもらえることはほとんどない。門前払いの経験も多々あり、危うく出入り禁止になりかけたことも……。システムには自信あっただけに、もどかしかったですね」
そんな苦境を、彼は一体どう乗り越えていったのだろうか。
「信用してもらえないと話にならない。日々勉強し、医師や放射線技師の集まる学会に何度も足を運び、興味を持っていただけそうな先生と直接対話を重ね、専門知識や現場感覚を身につけました。
学会は難解な英語の医学用語が飛び交っていて、同じレベルで理解できるまでは本当に大変ですが、開発者自ら積極的に業界に入り込んでいくことで、認めてくれる先生も少しずつ増えました。どこまで医師と対等の立場で話せるか。先生の方針や手技をきちんと理解し、その上で患者や医師のために本気で良いものを作りたいという想いを伝えられるかが勝負ですね」
検査から手術へ広がる3D画像の新技術
地道な努力によって医師の信頼を勝ち得た彼。現在は「ここをこう切れば安全にガンを取り除ける」と手術をシミュレーションできるシステムの提供も行っている。
「こういう手術で生存率はいくらですよと言われても、簡単には納得できません。命に関わることを確率論だけで言われても困りますから。手術のリスクを把握し、自分の身体のどこがどう切られていくのかを理解することで、患者さんに納得感を与えてあげたい。ここにも3Dの技術が活かせます。実際これで手術の道が見つかり、患者さんの命が助かったという話を聞いたときは、今までの苦労が報われた気がしました。開発者にとってこれは大きな喜びです。また、この技術には言語の壁がないので、海外への普及も期待されている。病院内全部で“医療画像をいかにわかりやすくするか”というところで、これからも信念を持ってやっていくつもりです」
そんな彼の次の目標とは?
「今後は個人で自身の医療データを管理し、患者が治療法を選択できる時代に入るでしょう。富士フイルムにはさまざまな分野の研究者がいて、幅広い医療製品を展開しています。そのため、横の連携を深めれば総合的な医療プランの提供もできるはず。そんな仕組みづくりに関わり、医療の分野で自分の生きてきた証を残したいですね」