このコンテンツは獣医療従事者向けの内容です。
超音波診断装置の発展とともに歩んできた超音波工学フェローの山崎が、超音波に関連する、技術、臨床から雑学、うんちくに至るまで、さまざまな話題を提供します。
今回はエコーの由来です。
超音波の起源をたどっていくと、1794年にたどり着きます。いまから200年以上も前にいったい何があったのでしょうか。
ラッザロ・スパッランツァーニ(Lazzaro Spallanzani、1729-1799)は、イタリアの博物学者。実験動物学の祖と呼ばれています。彼は、コウモリは目隠しをしても障害物をよけて飛行できるが、耳もふさいでしまうと飛び立つことすらできないことを実験で確認し、聴覚で周囲を「視て」いるのではないかという仮説を立てました。
それが1794年でした。これが超音波による反響定位であることが実証されたのは、超音波測定装置が発明された20世紀に入ってから。
反響定位とは、“echolocation”(エコーロケーション)の邦訳で、動物が自分が発した音が何かにぶつかって返ってきたもの(echo、反響)を受信し、その方向と遅れによってぶつかってきたものの位置を知ることです。各方向からの反響を受信すれば、周囲のものと自分の距離および位置関係を知ることができます。昆虫食が中心の小型コウモリ類、イルカ、夜行性の鳥類の一部が反響定位を用いています。
超音波診断装置の原理は反響定位そのものです。この原理のことを、パルス反射法、もしくはパルスエコー法と呼んでいます。
超音波検査のことをエコー検査、超音波検査室のことをエコー室、と呼んだりします。この“echo”(エコー)を英和辞典で調べると、「こだま」、「反響」という意味に加えて、「〈人の言葉を〉おうむ返しに繰り返す」という訳がのっています。
今回は、私たちにはなじみが深い、“echo”(エコー)という言葉の由来について紹介します。
このエコーは、ギリシャ神話“Echo and Narcissus”(エコーとナルキッソス)に由来しています。この神話を、私独自の脚色を加えて紹介します。
ギリシャ神話の主神であるゼウスは、全宇宙や天候を支配する天空神で、人類と神々双方の秩序を守護・支配する神々の王です。全宇宙を破壊できるほど強力な雷を武器とし、多神教の中にあっても唯一神的な性格を帯びるほどに絶対的で強大な力を持っていました。ゼウスは正妻である女神のヘラのほかに、複数の女神をはじめ、多数の人間の女性との間に子供をもうけたといわれています。
このように浮気性の夫ゼウスに業を煮やした妻のヘラは、夫の浮気の現場を押さえて、夫と浮気相手をとっちめてやろうと考えました。興信所を使ってゼウスの素行調査をして浮気相手と密会する日時と場所をつかみます。そしてその現場に踏み込もうとしました。
一方のゼウスは、妻の不穏な動きを察知していて、家来である妖精のエコーに、密会場所の外に立たせて見張り役を命じました。エコーはとてもおしゃべりが好きな妖精です。
さあ、夫ゼウスが浮気をしている現場に踏み込んで現行犯逮捕してやろうと意気込んだヘラが、ゼウスのいる密会場所に押しかけてきました。ゼウスに命令されて外で見張りをしていたエコーは、ヘラに気づいて、まるで偶然にそこで出くわしたような態度で、大きな声で矢継ぎ早にたわいもないことをヘラに話しかけます。あまりのおしゃべりとうるささにヘラがへきえきしていても構わずに。
エコーが外で大声で誰かとしゃべっている、その話の内容から相手が妻のヘラであることを察知したゼウスは、密会場所の裏口から浮気相手といっしょにまんまと逃げだすことに成功しました。
のちにエコーがゼウスの浮気の手助けをしたことを知ったヘラは激怒して、エコーに過酷な罰を与えます。エコーから自由に話す能力を奪い、エコーは相手がしゃべった最後の一言を繰り返してしゃべる以外は話せなくなってしまいました。すっかり意気消沈したエコーは、森の奥でひっそりと暮らすようになります。
そんなある日、エコーが暮らす森にナルキッソスという美しい青年がやってきました。イケメン男子に一目ぼれしたエコーは、木陰から飛び出してナルキッソスのあとをついてまわるようになります。まるでストーカーのように。
「一度でいいから、私に話しかけてくれないかしら? そうすれば、彼とおしゃべりができるのに」と恋心を抱くエコーでしたが、いざナルキッソスがエコーに気づいて話しかけてくると、
「君はだれ? 名前は?」
「君はだれ? 名前は?」
「なぜ、まねをする」
「なぜ、まねをする」
「まねをするな!」
「まねをするな!」
「だまれ!」
「だまれ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
エコーの声まねに腹を立てたナルキッソスは、エコーをにらみつけてどこかへ行ってしまいました。
ナルキッソスに嫌われて悲しみに暮れるエコーは森の洞窟に身を潜めましたが、ナルキッソスへの想いを断ち切れず、食べ物がのどを通らなくなってカラダはやせ細り、ついには姿が消えて声だけになってしまいます。透明人間になったエコーは森の奥から人の声に反応してそれを繰り返すようになったのです。
これが、“echo”(エコー)という言葉の由来です。
そして、この物語にはまだ続きがあります。
エコーの苦しみなどまったく知らない冷酷なナルキッソスは、復讐の女神によって罰を与えられました。その罰とは、自分自身に恋をして、ほかの誰も(他人を)好きになれない、というものでした。
ある日、のどが渇いたナルキッソスは通りかかった池の水を飲もうとして、はっとしました。
「誰だろう、この美しい人は?」
ナルキッソスは水に映っている自分の姿を、美しい妖精と思い込んだのです。
「何と素敵な妖精だ。妖精よ、池からあがっておくれ。ぼくの前に出てきておくれ」
当然のこと、水に映った自分は何も返事をしません。
「外に出てきてくれないのなら、せめて、ぼくがあなたをずっと見つめていよう」
自分の姿に恋をしたナルキッソスは、その池から離れられなくなりました。
そして食べることも寝ることも忘れてしまったナルキッソスは、ひどくやせおとろえてしまい、やがては水辺で息絶えて、姿が見えなくなりました。
その代わりに、黄色いおしべの白い花が、池のほとりに咲きました。その花は、上品で、どこかさびしそうで、死んだナルキッソスにそっくりでした。妖精たちは、その花をナルキッソス(水仙)と名づけて大切にしたそうです。
水仙は英語でナルキッソスです。そして、ここから自惚れが強くて自己陶酔型の人を意味する「ナルシスト」という言葉が生まれました。
パズドラの「ゼウス & ヘラ」、自己陶酔型の「ナルシスト」、そして超音波検査の「エコー」、そこには意外な深い関係があるのです。