このコンテンツは医療従事者向けの内容です。
超音波診断コラム~装置原理から臨床・活用法~
超音波診断装置の「画像の左右の向き」について
超音波診断装置の発展と共に歩んできた超音波工学フェローの山崎が、超音波に関連する、技術、臨床から雑学、うんちくに至るまで、様々な話題を提供します。
今回は超音波画像の左右の向きです。
私がシアトルに単身赴任していたとき、日本から遊びに来た二人の子供を連れてカナダのバンクーバーまでドライブしました。この写真はそのときに撮ったものです。
スマホのカメラで自撮りして、撮った写真を確認したら「何で左右が逆に写っているの?」と一瞬頭が混乱した経験はありませんか?
この例のように自撮り棒を使って撮影するとき、スマホの画面には被写体を鏡に映した画像が表示されます。自撮りした直後にその写真をみて、左右が反転していて違和感をいだくことも。しかし、自撮りでは鏡像を表示してくれないと、ベストショットを撮るのにカメラをどちらの方向に移動したらよいのかが分からない。かといって、この鏡像のまま写真に保存されてしまったら、撮影場所が同じなのに人物の並びや背景の景色の左右が反転している写真がアルバムに混在してしまいます。
超音波画像をモニタ画面に表示するときの左右の向きについて解説します。人体に対して横断面を表示する場合の決め事(お作法)は、仰向けになって寝ている患者さんの体の断面を足の方から頭の方に向かって見ているように表示すること。お腹にプローブをあててモニタに表示させる断面は、患者さんの右側を画面の「左」に、そして左側を画面の「右」になるように表示します。なぜでしょうか?
CT画像と表示の向きが一致していますが、CTの真似をしようとして決めたのではありません。
理由はいたってシンプル。通常、検査者と患者さんとの位置関係は、以下のように、検査者の顔と患者さんの顔が向き合う、検査者は患者さんの下(尾側)から上(頭側)を見上げる格好になります。
この体勢で、患者さんのお腹の上にプローブをあてたときに、画面に表示される画像の上下左右の対応、およびプローブを左右方向に移動させたときに画像が移動する方向が、検査者にとって最も自然に見えるように、画像の表示の向きが決められています。
それでは、以下のような体勢で画像を撮るときはどうでしょうか?
検査者は患者さんの上(頭側)から下(尾側)を見下ろす格好になっています。超音波検査室でこのような体勢をとることは、まずないでしょうが、救急医療の現場ではあり得る光景です。
このときには、プローブを左右方向に移動させたときに画像が移動する方向が検査者にとって最も自然に見えるのは、患者さんの右側を画面の「右」に、左側を画面の「左」に表示する場合です。
これは、横断面を表示する場合の決め事(お作法)に反しています。
救急医療の現場で、検査者が患者さんにプローブをあてて迅速に診断して次(処置、治療)に進める、画像を保存する必要はない、ということであればこの表示方法で何ら問題はありません。しかし、このときの画像を保存しておいて検査をした当事者でない人も画像を参照する、患者さんの経過観察のために検査室で撮った画像と比較する、という場合には、患者さんの体の左右を反転させて撮られた画像は問題になります。少なくとも画像を保存する際には、ルールに従った方がいいでしょう。
こういうときには、スマホの自撮り機能のように、画面に表示されている画像を保存すると、保存画像は左右が反転している、ということが選べればいいのかもしれませんね。これができる装置をいまのところ私は知りません。
人体を縦切りにした画像を表示するときのルール
次に、人体を縦切りにした画像を表示するときのルールです。縦断面を表示する場合、一般的には頭側を画面の「左」に、尾側を「右」に表示します。しかし、この法則に則っていない表示法もあって事を複雑にしています。それは血管の縦断面(長軸像)を表示する場合です。
血管も他の臓器と同様に、縦断面を表示する場合には「頭の方向が左」とする考え方と、全身の血管は心臓を中心にした循環システムととらえ、画面の表示は「心臓の方向が左」とする考え方で意見が二分されています。心臓より下に位置する血管、すなわち腹部や四肢の血管は、どちらのルールに従っても表示する方向は変わりませんが、問題は心臓よりも上に位置する血管、特に頸動脈を表示するときです。
施設によってどちらの方式を支持・採用しているかによって、同じ頸動脈でも血液が右から左に流れる(左が頭側)ように表示したり、逆に左から右に流れる(右が頭側)ように表示したりします。日本超音波医学会が発行する“超音波による頸動脈病変の標準的評価法 2017”では、「表示方法は、仰臥位の被検者を足側または右側から俯瞰する像を基本とするが、長軸断面は規定しない。」としています。
さて、超音波プローブはそのほとんどが左右対称の形状をしています。断面の表示方向のルールがわかって、いざ画像を描出しようとしたら、さてプローブをどういう向きに置いたら左右が正しく表示されるのかな?プローブの移動方向と画面での画像の移動方向を一致させるには、プローブをどういう向きに握ったらいいの?超音波検査の初心者の方のなかには、患者さんのお腹の上でプローブをクルクル回し始める人がいます。「どっち?」「こっち?」「こうかな?」、しまいには訳がわからなくなってしまうことも。
私たちメーカーは、装置を使う人がこのような混乱をしないように、プローブにオリエンテーションマークと呼ばれる「しるし」をつけています。
プローブの片方の側面にある丸い小さな突起(ぽっち)がそれです。さらに、握りの部分に線状の突起を付けて、プローブを手で握ったときの触感でもわかるようにしているプローブもあります。
一方、モニタに表示される超音波画像のてっぺんには、左右どちらかに丸いマーク(もしくは、各社が自社ブランドをアピールする目的でデザインしたマーク)が表示されています。このマークとプローブの片側面に付いているオリエンテーションマークとが一対一に対応します。
このマークによって、検査者は、プローブをどういう向きに握って操作すればどういう方向に画像が表示されるかを認識することができるのです。
日本では、プローブのオリエンテーションマークが画面の右側に来るようにプローブを操作して画像を表示させることが一般的です。一方、欧米(日本以外の国々)では、オリエンテーションマークは画面の左側に置くのがルールです。画像そのものの表示方向(横断面、縦断面の考え方)は万国共通ですが、オリエンテーションマークは日本と日本以外の国々で左右逆になっています。このことを知っておくと、海外の論文や洋書を読むときに混乱しないで済みます。
最後に、心臓の検査をする場合には、人体に対しての横断面、縦断面という考え方は当てはまりませんので、心臓の基本断面の出し方および画像の向きが独自に決められていて、オリエンテーションマークは右に置くことが世界標準です。
山崎 延夫
主な経歴:
1982年、大学卒業と同時に医療機器メーカーに就職し超音波画像診断装置の研究開発に従事。
1992年、国立循環器病センターの宮武邦夫先生、山岸正和先生、上松正朗先生(いずれも当時)らと、「組織ドプラ法(Tissue Doppler Imaging, TDI)」を開発し、日本超音波医学会から超音波工学フェロー(EJSUM)の認定を受ける。
2013年、富士フイルム株式会社に入社し現在に至る。
駒澤大学医療健康科学部非常勤講師。
著書に「日本発 & 世界初 エコーで心臓を定量することに魅せられた人々」