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日本

【AI研究第一人者の東大松尾教授×富士フイルムの医療ITトップが語る】
AI時代の生き残り戦略とは? 

このコンテンツは医療従事者向けの内容です。

掲載記事は掲載日時点の情報であり、記事の内容などは最新の情報とは異なる場合があります。

長年にわたって、医療現場にさまざまなソリューションを提供している富士フイルム。2018年からはAI技術ブランド「REiLI」のもと、AI技術を活用した医療課題の解決を目指し、開発~製品化を実現してきました。今回は、日本のAI研究第一人者である東京大学の松尾豊教授と富士フイルムの医療IT開発&事業責任者が、日々進化するAI技術や変わりゆくビジネスモデルなども踏まえながら、医療×AIの現状や未来について語り合いました。 

東京大学大学院工学系研究科
人工物工学研究センター 教授 
東京大学大学院工学系研究科
技術経営戦略学専攻 教授 同専攻長 
松尾 豊 氏 

富士フイルム 
メディカルシステム開発センター長 
鍋田 敏之 氏 

富士フイルム 
メディカルシステム開発センター
IT開発グループ長 
桝本 潤 氏 

対談のテーマ
鍋田氏
松尾先生は、2016年の著書「人工知能は人間を超えるか」で、ディープラーニングをベースとするAIの技術発展について、画像認識から始まる未来予測(図1)を示されていました。その後、2018年に私が先生と初めてお話をさせていただいた際に、富士フイルムが医用画像情報システム(PACS)の世界シェアトップであることに対して、「世界的な医療画像プラットフォームを活用して、医療AIの新しい未来を築くべき」というご意見をいただき、それを契機として同年に「REiLI」というAI技術ブランドを立ち上げたという経緯があります。 

そうした中で、今回の対談では、①REiLI立ち上げから5年の歩み、②AI時代の生き残り戦略、③医療×AIの未来予測、という過去~現在~未来の3つのテーマについて、先生とお話させていただければと思います。 
(図1) ディープラーニングをベースとする技術発展と社会への影響(2016年)
REiLI立ち上げから5年の歩み 
鍋田氏
PACSは、医療画像撮影装置で撮影した画像を電子的に保存して、院内ネットワーク内で配信する医療機関のITプラットフォームで、一施設の医療画像データの約60%を占めています。我々は、このPACSに蓄積されている画像データに最新のAI技術を組み合わせることで、医療現場の業務負荷軽減を実現する取り組みを進めており、この5年で医療ITのみならず、X線撮影や内視鏡、超音波でもAI技術を活用した製品を市場投入しています。同時に、PACSの世界シェアについてはトップを維持しながら、さらなるシェア拡大も達成しています。 

また、我々は医療AI技術を活用した製品・サービスを世界中に提供することで、医療アクセスの向上を実現していきたいと考えています。2023年時点で、100ヵ国に提供しており、2030年には全世界196ヵ国への提供を目指しています。 

さらに、希少性・難治性疾患への対策として、そうした疾患を研究されている先生方が使用できる「AI開発支援プラットフォーム」を病院に提供しました。このプラットフォームでは、AIの知識や技術がなくてもアノテーションなどができるなど、一連のAI開発プロセスが比較的容易に実行でき、AI技術開発の民主化も実現しています。 
松尾氏
AI技術ブランドの立ち上げから5年でここまで進んだのは、本当に理想的だと思います。世界のAI開発全体において、言語理解や大規模知識理解は私の予測よりも早く進みましたが、画像認識を起点とした拡大・発展という方向性は変わっていません。実は2015~16年頃からさまざまな企業にAI技術の開発を進めるよう持ちかけたのですが、動いてくださる企業はほとんどなかったんですよね。そういった中で、富士フイルムさんが世界に先駆けて医療AIの開発・市場投入を進めてこられたのは素晴らしいと思いますし、だからこそシェアが拡大しているのだと思います。 
鍋田氏
ありがとうございます。
桝本氏
先生がおっしゃられた2015年前後から、国内外を含めたベンチャー企業を中心に、多くの先鋭的な医療AIサービスが世の中に出されてきました。しかし、実際の医療現場で使われているかというと、意外に使われていないんですよね。それはなぜかというと、医療従事者が行う検査や治療などのワークフローはほぼ固定されているので、特定のAIサービス等を使うためだけに新たな作業や手順を加えるのは理に適わないのです。そこで我々は、先鋭的なAI技術の開発とワークフロー全体の最適化を同時に進めることに注力してきました。その方針が、これまでの成果につながったのではないかと感じています。 
松尾氏
おっしゃる通りで、多くのAIスタートアップがPoC(概念実証)だけで終わるのは、全体を考えてないからなんですよね。全体業務を考えた上で本当に効率化すべきところを絞り込んでいき、そこにAIを活用してトータルでの時間や負荷の削減につなげていく。そういった富士フイルムさんの手法は非常に良いと思いました。また、医療アクセスの向上や希少性・難治性疾患への対策についても、まさにAIが得意とする分野で、とても良い方向に進んでいると思います。 
鍋田氏
特に希少疾患については、学会や複数の医療施設が協働して、クラウド上のデータベースを拡充していくような仕組みもぜひ作っていきたいと考えています。 
AI時代の生き残り戦略 
鍋田氏
次のテーマとして、今後のAI時代の生き残り戦略について議論したいと思います。 
桝本氏
我々は画像認識からAI開発をスタートさせましたが、現在は画像や言語の理解についても水面下で技術開発を進めています。このままAI技術が進化していくと、「医師を超えるAIが作れるのではないか」という声もありますが、松尾先生はそのようなAIが今後登場してくるとお考えですか。 
松尾氏
優秀な医師でも疲れてくれば判断力が鈍る可能性がありますし、希少疾患については専門外の医師が多い状況にあります。そう考えると、AIでサポートできる部分は多くあると思います。AIの画像認識の精度はかなり向上していて、大規模言語モデル(LLM)でも医師国家試験や司法試験に十分合格できる水準にあるので、そういったものを組み合わせれば、医師の部分的な業務について医師と同レベル、もしくは超えるレベルの精度を実現できる可能性もあると思います。 
桝本氏
医療AIの開発においては、どのようなことが重要だとお考えですか。 
松尾氏
やはり「人のフィードバック」が最も重要だと思います。一定の精度を持つ医療AIを開発したら、医師からフィードバックをもらい、それを活用してAIの精度をさらに向上させていく。このようなサイクルを作ることが、医療現場に喜ばれるAIを開発するポイントになると考えています。また、AIによる判断を検証して、質を担保する仕組みも重要になってくると思います。 
鍋田氏
もう一つ、2018年の先生とのお話で鮮明に記憶しているのが「飛行機の離着陸はパイロットが行うが、安定飛行ではオートパイロットを活用している。それと同じように、手術中でも安定状態での麻酔のような部分をAIでアシストできるのではないか」という指摘です。今、アメリカを中心に手術ロボットベンダーが飛躍的な成長を遂げています。その中で、ある手術ロボットベンダーから「富士フイルムが培ってきた3D画像解析技術を手術のナビゲーションに利用したい」と言われています。しかし、我々はむしろ手術ナビゲーションのプラットフォーマーになって、ナビゲーションシステムの標準化を目指したいと考えています。 
松尾氏
それは、非常に興味深いですね。手術ロボットベンダーの周りを取り囲むようなプラットフォーマーになろうということですね。 
桝本氏
従来の機械学習やルールベースのアルゴリズムでは、人体の複雑な構造をリアルタイムで認識する技術に到達できなかったのですが、ディープラーニングの登場によって解けなかった問いが解けつつあります。そこで現在は、⼿術中の映像と3D画像解析システムによるシミュレーション映像をリアルタイムで連動させる技術の開発を進めています(図2)。 
松尾氏
手術支援に関しても、やはり統合的に進めなければ現場で使えるシステムにならないはずなので、富士フイルムさんが主導するというのは理に適っていると思います。本当に素晴らしい取り組みで、「この対談で話してしまって大丈夫かな?」と思ってしまいました。 
(図2) 手術ナビゲーションへのAI技術活用

* 図は開発中の技術のイメージ。

鍋田氏
ありがとうございます。手術支援に限らず、富士フイルムのAI技術全般への期待というといかがでしょうか。 
松尾氏
富士フイルムさんのAI開発への考え方は、世界の名だたるIT・AI企業とほぼ同じで、非常に適切な方向性だと思います。そして、富士フイルムが医療AIの開発を主導していくことで、世界の医療レベルや医療アクセスが向上し、より良い未来につながっていくのではないかと感じました。 
桝本氏
世界中のIT企業や医療機器メーカーがAI開発を進めている中で、差別化のポイントはどこになってくるとお考えですか。 
松尾氏
開発のスピードと、泥臭く現場に入り込んで拾い上げたニーズのインテグレーションだと思います。 
桝本氏
開発スピードはベンチャーに適わない部分がありますが、現場に入り込む泥臭さについては富士フイルムの強みの一つなので、差別化の源泉になると思います。また、日本はCT・MRIの装置数が世界で最も多く、画像の質も高いので、こうした地の利を活かしたAI開発というのも差別化の軸の一つだと認識しています。 
松尾氏
日本の医療レベルの高さをベースにして世界に広げていく方向はその通りだと思います。AI開発においては、本当に「意志あるところに道は開ける」ので、一見弱みに見えるような点でも強みとして活かしていくようなメンタリティを持って、粘り強くチャレンジする必要があります。 
医療×AIの未来予測 
鍋田氏
桝本さんは、10年後、20年後、AIはどのような役割を担っていくと考えていますか。 
桝本氏
世の中の変化のスピードを考えると、20年後の予測は難しいですが、医療業界の変化は緩やかなので、10年後であればある程度予測できるかなと思います。ただ、現状においては、未来を予測するよりも地道に開発を続けていく方が重要だと考えています。 
松尾氏
予測が難しいというのは、その通りだと思います。その一方で、やはりマクロに考えて「必ずこうなるだろう」という流れはあって、例えば、人間とAI・ロボットは得意なところが異なるので、役割分担をしていくことになるでしょう。そうした分担が進むと、医療分野であれば医療の質やアクセスが向上して、人々の暮らしがより健康的で豊かになっていくのは間違いないので、その未来に向けてどう動いていくかが重要だと思います。 
鍋田氏
私も未来に向けては、マクロトレンドとキーテクノロジーの把握が不可欠だと思っています。加えて、「未来は未来になく、今にある」ので、今の現場で泥臭く動いて、AI for Realに全身全霊で取り組むことが重要だと考えています。 
松尾氏
試行錯誤して、手応えを感じたら迷わず踏み込んでいくというサイクルを実直に繰り返すことが、目指す未来への近道だと思いますし、今の日本で最も足りていないのはそういった行動力なので、ぜひこの調子で進めていっていただきたいですね。 
鍋田氏
ありがとうございます。最後に、富士フイルムの医療IT・AIの今後に対する期待をお聞かせいただけますか。 
松尾氏
今日は褒めてばかりでしたが、これは富士フイルムさんの対談の場だからではなくて(笑)、本当に素晴らしい方向に進まれていると思っています。 

そして、富士フイルムさんへの期待としては二つあります。一つは、日本企業が新たな技術を使いながら、世界中にプラットフォームを提供していくという取り組みは、これまでほとんどできていなかったので、非常に良いお手本になる事例ですし、今後もぜひ発展していってもらいたいと思います。 

もう一つは、富士フイルムさんは、これまでの世界の医療に大きく貢献してきましたが、今回のテーマである医療IT・AIへの取り組みは、世界中の人たちの医療や健康のレベルに直接インパクトを与えるものだと感じました。これからも世界の医療のためにぜひがんばっていただければと期待しています。 
鍋田氏
その期待に応えられるよう、これからも全力で取り組んでいきたいと思います。本日は、どうもありがとうございました。 

 

本対談の様子は動画でもご覧いただけます。

【2024年3月公開】