化学者のつぶやき
2021 年, シカゴ大学の Levin らのグループは、分子骨格から窒素原子を”消去” できる試薬を開発し, Nature 誌に報告しました。
Kennedy, S. H.; Dherange, B. D.; Berger, K. J.; Levin, M. D.
Skeletal Editing through Direct Nitrogen Deletion of Secondary Amines.
Nature 2021, 593, 223–227. DOI: 10.1038/s41586-021-03448-9
新しい有機化学反応の開発は、原子レベルでのものづくりの可能性を広げ、科学の発展に貢献してきました。例えば 2010 年にノーベル化学賞を受賞したクロスカップリング反応。この反応は、従来困難であったベンゼン環同士を繋げることを容易にし、医農薬や電子材料の開発を発展させました。クロスカップリング反応に限らず、合成化学者は多くの分子を繋ぐ反応を開発してきました。なぜなら、化学者が分子を作る際には、目標の分子を仮想的な分子断片に切断し、その分子断片をどのように繋げば良いかを考えて、合成経路を設計するからです。
一方で、すでに組み上がっている分子骨格を修飾する手法はこれまで未発展なため、近年活発に行われるようになりました。例えば、後段階 C-H 官能基化などは分子骨格修飾法の例です。後段階 C-H 官能基化の意図は、目標の分子骨格を組み上げた後、本来反応不活性な C–H 結合を 官能基化するができれば、目標分子の類縁体を網羅的に合成できるようになる、というものです。このように、分子骨格を修飾する化学反応の開発は 有機合成の合成経路の設計の概念を覆す可能性があります。しかし、そのような手法の開発は、これまで C-H 官能基化のように、骨格に官能基を付与する反応に重きが置かれ、 骨格そのものを変化させる反応は未発展でした。
Levin らは、 アノマーアミドを巧みに分子設計し、第二級アミンの分子骨格から窒素原子を消去することができる試薬を開発しました。本反応により環状アミンから窒素を消去して飽和炭化水素環に変換することもでき、Levin らは有機分子の骨格変換という新しい合成戦略を提案しました。
今回 Levin らが開発した窒素除去反応のキモは、その反応剤であるアノマーアミドの反応性です。アノマーアミドとはアミド窒素原子に 2 つのヘテロ原子が結合した化学種の総称です2。論文の詳細に立ち入る前に、論文中ではあまり詳しく説明されていなかった、アノマーアミドの基本的な性質についてお話しします。アノマーアミドにおいて、次のようなことが知られています。
上の性質がなぜ奇妙なのでしょうか。まず、一般的なアミドは平面構造を好むはずです。なぜなら、窒素の非共有電子対はカルボニル基に非局在化しており、窒素の sp2 性が上がっているからです。次に、窒素は一般的に求核的な反応性を示すはずです。しかし、アノマーアミドの窒素は、窒素部位で SN2 反応的な求核攻撃すら受けるというのです。一般にアミド窒素では、非局在化により窒素原子そのものによる求核性は高くないものの、 アミド窒素が求核攻撃を受けるということは、(学部レベルの有機化学の知識で言えば) 常識破りな反応性です。
上のような、アミド本来の性質を逸脱したアノマーアミドの性質は分子軌道論の観点から理解できます。これを理解するためにアミド窒素原子に結合した2つのヘテロ原子を X, Y とします。このとき、N—X 反結合性軌道の N 原子側の軌道のローブに、Y 原子の非共有電子対が流れ込むことができます。この軌道相互作用により、Y 原子の非共有電子対が安定化します。このとき、アノマーアミドの N 原子が、 sp2 混成よりも sp3 混成を作っておく方が、Y 原子非共有電子対と N–X 反結合性軌道の間の角度が小さくなり、それらの軌道の重なりが大きくなると考えられます。その結果、平面化されていない sp3 的なの立体配座において、Y 原子の非共有電子対の非局在化の効果が最大化され、分子全体が安定化します。
一方で、N–X 結合の反結合性軌道に電子が流れ込んでいることで、N–X 結合が弱くなっています。そして、もし X 基が脱離したときに生成するニトレニウムイオンも、Y 原子の非共有電子対の共鳴効果により安定化しており、SN1 的な反応が促進されています 。これは、”ヘテロ原子が 2 つ結合した炭素が不安定である” 現象が、窒素においても当てはまる事例です(「有機反応を俯瞰する — Mannich 型縮合反応」を参照)。このような SN1 的な自己分解反応は、非常に強いアノマー効果が働く場合 (後述) や、良好な脱離基を持つ場合に起こります。
ただし、SN1 的な自己分解を起こすほどアノマー効果が強くなくても、Y 原子の非共有電子対の共鳴効果は、求核剤が N—X 反結合性軌道を攻撃してきた際の遷移状態も安定化できるため、 SN2 反応を促進します。 さらに古典的なα-ハロカルボニル化合物のα位において、カルボニル基の π* 軌道が C–X 反結合性軌道と重ね合わさって、さらにエネルギーが低い空軌道 (σ*+π*) をつくり、SN2 反応を受けやすいことが知られています7。アノマーアミドの窒素は、”カルボニル基のα位” と考えることができ、さらにアノマーアミドの窒素は平面ではなく sp3 混成軌道を作っているので、アノマーアミドにも α-ハロカルボニル化合物と同様の効果が働くと考えられます。 したがって、アノマーアミドの窒素は SN2 反応の求電子中心になり得るのです。
とにかく、アノマーアミドの性質の鍵となるのは、Y 原子非共有電子対が、N–X 反結合性軌道に非局在化していることです。これにより Y原子の非共有電子対は安定化しますが、N–X 結合は弱まっています。さらに窒素で求電子攻撃を受けることもできます。
ちなみに、上の議論において、X と Y の立場は入れ替えてもよく、N–Y 反結合性軌道に X 原子の非共有電子対が非局在化することもできます。ただし、実際には X とY の種類により、どちらの非共有電子対が非局在化している場合に系がより安定なるかは決まっています。すなわち、より電気陽性なヘテロ原子は、非共有電子対を供与しやすいです。逆により電気陰性なヘテロ原子だと N–X がより分極して窒素側のローブが大きくなるため、その反結合性軌道で相方のヘテロ原子の非共有電子対を受け入れやすくなります。すなわち、アノマーアミドのアノマー効果は、次のようにまとめられます。
- より電気陰性なヘテロ元素はアクセプター (X) になりやすく、N–X 反結合性軌道の窒素側で電子を受け入れやすい
- より電気陽性なヘテロ元素はドナー (Y) になりやすく、非共有電子対をN–X反結合性軌道に非局在化させやすい
このようにアノマーアミドにおけるアノマー効果の強さは、X や Y の種類により異なるので、アノマ−アミドを、X と Y の種類によって分類することがあります。例えば、2 つの酸素原子が結合したアノマーアミドは、ONO 型と分類され、酸素原子と窒素原子が結合したアノマーアミドは ONN 型と分類されます。このONN 型において、N は O よりも電気陰性なため、ドナー (Y) となります。そして、N は非共有電子対を差し出す能力が高いため、ONN 型アノマーアミドは不安定で N–O 結合は大変弱まっています。
さて、前提知識が揃ったので、Levin らの報告に話を戻しましょう。
N-メチルアニリンを ONO 型アノマーアミドである N-アセトキシ-N-ベンジルオキシベンズアミドに作用させると、以下のようなテトラゼンが得られることが知られていました2。このテトラゼンは、イソジアゼンが反応系中で発生し、そのイソジアゼンが二量化して生成したものと考えられます。
ではそのイソジアゼンはどのように発生したのでしょうか。まず、N-メチルアニリンがアノマーアミドに SN2 的に反応するとONN 型のアノマーアミドを与えます。このときアノマー効果の強さを思い出します。上述のように ONN 型アノマーアミドでは N 原子のローンペアの供与性が高いため大変不安定です。そのため N–O 結合は著しく弱まっており、自己開裂します。このとき脱離するベンジルオキシ基は、アニオンとして脱離するのではなく、1,2-転位的にアミド炭素に分子内求核攻撃します。その求核攻撃は、アミドでの付加脱離反応を引き起こすかのように、イソジアゼンを脱離させ、エステルを与えます。この反応は、アノマーアミドの窒素原子上の置換基がアミド炭素へ転位しているように見えるため、 HEtroatom Rearrangement on Nitrogen の適当な頭文字を取り、HERON 反応と名付けられているそうです2,3。
Levin らは、この HERON 反応の生成物のうち、イソジアゼンに着目しました。イソジアゼンは、見るからに窒素分子を放出したそうな構造を取っています。実際に、ベンジル基を持つイソジアゼンは、窒素の脱離に伴ってラジカル種を2つ形成させることが知られています。さらに生じた 2 つのラジカル種は直ちにカップリングし、新たな C—C 結合を生成するのです。このようなイソジアゼンを起点とする窒素脱離に続くラジカル再結合反応は、毒性の高い水銀化合物を利用したり、発ガン性のあるニトロソアミン化合物を必要としていたため、実用性に課題がありました4,5。
今回 Levin らは ONO 型アノマーアミドをアミンに作用させてイソジアゼンを発生させることで、上と同様の C–C 結合構築反応に伴う N 原子の除去が実現できると考えました。
すなわち、この反応では、(1) アミンの ONO 型アノマーアミドに SN2 的な付加、(2)ONN 型アノマーアミドの転位に伴うイソジアゼンの脱離 (HERON 反応)、(3) イソジアゼンからの窒素分子の脱離と二種のラジカルの生成、(4) ラジカルの再結合による分子骨格の再構築、の4段階を経て、基質のアミドから窒素が消去された生成物が得られると考えられます。アノマーアミドに基質が付加した後、アノマーアミドが N 上の置換基を切り落としく過程がなんとも爽快ですね。
上の仮説に基づき、Levin らは N-メリルアニリンとの反応によってイソジアゼンを生成することが知られていた N-アセトキシ-N-ベンジルオキシベンズアミドをアノマーアミドに利用し、ジベンジルアミンを基質に用いて THF 中 45 ºC で反応を行いました。その結果、ジベンジルアミンの窒素が “消去された” 生成物であるジベンジルを収率 35% で得ることができました。収率の低さの原因の一つは、アミンがアセチル基のカルボニル炭素に攻撃し、アセトアミドを主な副生成物として与えていたからです。
副生成物を抑え、目的物の収率を上げるための検討を行なった結果、N-ピバロイル-N-ベンジルオキシ-p-トリフルオロメチルベンズアミドが、アノマーアミドとして効果的であることを見出しました。アセチル基の代わりにピバロイル基を用いることで、アミンがカルボニル基へ攻撃することを防いでいます。さらに電子求引的な置換基を持つp-トリフルオロベンズアミドを用いることで、アノマーアミドの窒素原子の求電子性を高めています。なお、このN-ピバロイル-N-ベンジルオキシ-p- トリフルオロメチルベンズアミドは、カラムクロマトグラフィーによる精製なしに、市販の試薬を用いて 3ステップで合成可能で、28 g のスケールで合成できます。
この窒素 “消去” 反応は、アミン上の置換基が安定なラジカルを2つ形成する場合には中程度の収率で進行します。例えば、置換基を有するジベンジルアミンであれば、40–70% 程度の収率で目的の生成物が得られます。使用するアミンは、環状アミンでもよく、含窒素 n 員環を、(n-1) 員環へと変換できます。また、求核性のある芳香族窒素環や、保護されていないプロトン性の官能基、あるいは Lewis 塩基性官能基が存在する場合にも、反応は阻害されません。アミン上の置換基の一方がベンジル基でなくても、低収率ながら反応は進行します。
なお、基質に利用する第二級アミンは、還元的アミノ化などのイミニウムを起点とする古典的な有機化学反応によって、広範囲かつ高い信頼性で入手できる基質です。そのため、本反応を適用可能なアミンは多様に存在します。
著者らは、上述の窒素消去反応が推定した反応機構通りに進んでいるいくつかの証拠を示しました。まず、この反応の初速度は極性の異なる溶媒を用いてもほとんど影響がありませんでした。このような溶媒効果は、はじめのアミンによるアノマーアミドへの攻撃が SN2 的であり、ニトレニウム中間体を経由するする SN1 的機構ではないことを示唆します。さらに 2 種のアノマーアミドを用いたクロスオーバー実験を行なったところ、副生成物として生じるエステルに、置換基が交差したものは確認されませんでした。このことは、第二段階の HERON 反応が分子内の転位反応で進行していることを示唆します。イソジアゼンが中間体として存在することを確認するため、アリル基を持つアミンを用いて反応を行ないました。その結果、イソジアゼンが[2,3]-シグマトロピー転位することで生成するアゾ化合物を得ることができました。すなわち、イソジアゼン中間体を捕捉しました。
ラジカル再結合の段階が、溶媒のかご内で進行することが、TEMPO によるラジカル種の捕捉、ラジカルクロックを用いた反応により確認されました。非対称の第二級アミンを用いた場合には、ラジカル再結合の段階において異なる分子に由来するラジカル同士が再結合することにより、対称的な生成物が得られる可能性があります。実際に、そのような対称生成物はわずかながら確認されていました。ただし、目的の非対称生成物が統計的な割合よりも多く生成されていました (もし A, B の二種のラジカルの再結合を考えると、統計的な割合はAA 体 : AB 体 : BB 体 = 1:2:1です)。このことから、著者らは、ラジカルの再結合は、溶媒のかごの中で進行し、分子内同士の再結合が優勢な経路であると考えました。そこで、反応系中にラジカル捕捉剤である TEMPO を加えたところ、対称生成物は抑制されましたが、目的の非対称生成物の生成はそれほど影響されないことを確認しました。非対称生成物が TEMPO の影響を受けなかったのは、その分子内反応が溶媒のかごの中で進行していたためと考えられます。
ラジカル再結合に関してさらなる知見を得るため、シクロプロピルメチル基を有するアミンを用いて反応を検討しました。シクロプロピルメチル基は、通称ラジカルクロックと呼ばれ、置換基によって特有の速度で開環します。そのため、開環が起こるかどうかによって、ラジカル反応の速度について調べることができます。具体的には、無置換のシクロプロピルメチルラジカルは開環が遅く、フェニル基をもつシクロプロピルメチルラジカルは開環が早いです。それらのシクロプロピルメチル基を用いて反応を行なったところ、無置換のシクロプロピルメチルアミンでは、開環体が得られませんでしたが、(フェニルシクロプロピル)メチルアミンでは、シクロプロパン環の開環体と未開環体がどちらも同程度の収率で得られました。(フェニルシクロプロピル)メチルラジカルが開環する時間スケールは、かご内のラジカル再結合の速度6と同程度と知られているため、これらの結果は再結合が溶媒のかご内で進行していたことを示唆すると著者らは主張しています。
基質のアミン上の置換基が 2 つともベンジル基誘導体ではない場合には難しそうな印象です。また、反応の収率は低く、よくても70% 程度です。さらに、窒素消去剤であるアノマーアミドは、ごっそりそのまま副生生物になります。これは原子効率の観点からは好ましくないと言えるでしょう。とはいえ、副生成物はカルボン酸とエステルなので、回収してうまく再利用するなどすれば、副生成物にも使い道があるかもしれません。この種の反応を触媒的に進行させることができる系の開発も今後の課題になりそうです。
一方で、本研究では有機分子の骨格変換という新しい概念を示すことできました。今回、窒素を “消去” することで骨格変換の一例を示したので、次は骨格への窒素の挿入法などの開発が待たれます。
個人的な思い込みかもしれませんが、近年の有機反応開発研究は、遷移金属元素や CNO 以外の典型元素を利用した研究にシフトしているような印象で、C, N, O を主とする”古典的”な有機化合物種の化学はすでに研究し尽くされていると思っていました。今回の報告も、1990 年代後半に報告されていた反応の副生成物に着目した反応であり、「完全な新規反応」ではないと言えるかもしれません。しかし、この研究は、過去に見過ごされていた反応の新しい応用性を、現代の化学者に提案した点で、最先端かつ一流の研究だと言えるでしょう。 温故知新という言葉があるように、古い文献を探って現代の視点で再分析すると、科学の発展につながる発見が見つかるかもしれませんね。
- Kennedy, S. H.; Dherange, B. D.; Berger, K. J.; Levin, M. D. Skeletal Editing through Direct Nitrogen Deletion of Secondary Amines. Nature 2021, 593, 223–227. DOI: 10.1038/s41586-021-03448-9
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