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FUJIFILM Finechemical News
化学者のつぶやき
分子内架橋ポリマーを触媒ナノリアクターへ応用する

糖化学ノックイン領域で見据える目標を実現するには、広く捉えて「膜上の化学反応を制御しながら行うこと」が求められます。活性中心を保持しながら膜上・水中ではたらくナノ粒子触媒は、一つの有効な技術選択肢として注目されています。

今回はZimmermanらによる研究解説文「分子内架橋ポリマーナノ粒子の触媒応用」について取り上げます。

“Intramolecularly Cross-Linked Polymers: From Structure to Function with Applications as Artificial Antibodies and Artificial Enzymes”
Chen, J.; Garcia, E. S.; Zimmerman, S. C. Acc. Chem. Res. 202053, 1244. doi: 10.1021/acs.accounts.0c00178

【概要】 高分子鎖の分子間架橋(cross-linking)は高分子の物理的機械的性質を大きく変化させるため、材料化学では汎用される手法であるが、分子内架橋ポリマー(Single-Chain Nanoparticles:SCNP)は合成と構造解析の困難さから、最近まであまり注目されてこなかった。一方、生体内で活躍するタンパク質は「ポリペプチドが水素結合等で分子内架橋(folding)した構造体」と捉えることができるため、タンパク質様の機能を示すSCNPの研究が展開されるようになってきた。今回は、SCNPの合成から機能展開まで、研究発展の経緯と展望について紹介する。

1. SCNP の合成と構造解析

Zimmermanらは1990年代からデンドリマー合成の手法開発と応用研究を行っている。デンドリマー(樹状高分子)はコアから繰り返し分岐した構造を持ち、高分子領域の分子量を持ちながら、化学構造の定まったほぼ単分散の分子という特徴を持つ。このため、有機化学的な修飾や構造解析が行いやすく、様々な官能基を持つデンドリマーの薬物送達等への応用研究が盛んになされている。高分子鎖の分子内架橋法の先行研究として、共有結合(ベンゾシクロブタンの熱的開環による二量化)、配位結合(RhI へのジエンの配位)、アミド基同士の水素結合による架橋法が報告されていたが、Zimmermanらは安定な架橋形成のため、閉環メタセシス(RCM)による架橋法を採用した(図1)。比較的小さいデンドリマー(第三世代)ではあるが、効率的に RCM による分子内架橋が進行することがNMR、質量分析によって確認できる。有機化学的に目的の反応の進行が確認できたことは、非常に重要な知見であり、その後の展開においても基盤となる手法を確立した。

図1. 分子内架橋型デンドリマーの合成。 (a) RCM反応によるデンドリマーの架橋 (b) デンドリマー1(上)と架橋したデンドリマー2(下)のNMRおよびMALDIスペクトル

機能性分子開発にむけて、より簡便な合成法の開発も行われている。ビシクロ[2.2.1]ヘプテン骨格を有するモノマーの開環メタセシス重合(ROMP)によって主鎖を伸長(数種のR基を持つモノマーの混合比によって、種々の共重合体が合成可能)した後、アミド形成によって架橋用官能基を導入、RCM による分子内架橋で SCNP が合成できる。ROMPの条件によって主鎖の重合度は調節可能であり、様々なサイズのNPが合成できる(図2、TEM画像)。オレフィン部分をジヒドロキシ化することで、水溶性NPへと変換し、細胞への取り込み実験や、核酸及びタンパクとの複合化研究等が行われている。

図2

現在最も汎用されているSCNPの調整法を図3に示した。ペンタフルオロフェニルポリアクリル酸エステルにカチオン部、アニオン部、アジド基を導入した中間体12を合成し、後述する人工酵素研究を志向した、触媒活性部位の導入と架橋形成をClick反応で同時に行う(図3b)。この際、水中で架橋反応を行うと、疎水性相互作用でポリマーが折り畳まれるため、比較的濃い濃度(数mM程度)でも分子間反応が抑制され、分子内架橋反応が進行する (図3a)。この辺のノウハウが応用展開するには重要だった模様。合成したSCNPはTEM画像や動的光散乱(DLS)で、サイズ及び均質性を確認することができる(図3c)。分子内架橋することで、分子サイズが最大3~4割ほど減少した密なポリマーとなる。形状は球状になり、構造は架橋前と比べて剛直になる。このため、ポリマーの安定性は大きく向上する。両親媒性SCNPのbiocompatibilityに関しても調べられているが、細胞内外でのSCNPの存在は細胞の生存にほとんど影響を与えないこともわかった (J. Am. Chem. Soc. 2018140, 3423.)。

図3. SCNP の調製と特性評価。 (a) 「折り畳みと架橋」戦略を用いたSCNP調製。(b)ポリ(ペンタフルオロフェニルアクリレート)のSCNP 13への2段階変換。(c) SCNP 13のDLSデータおよびTEM像。スケールバー=20 nm。

2. 機能性分子プラットフォームとしての応用

2-1. 分子鋳型(Molecular Imprinting:MIP)としての応用

デンドリマーの単分散性と分子内架橋による構造剛直性を利用して、MIP 法による人工ホスト分子の合成が試みられている。ポルフィリンをコアとしてエステル結合でデンドリマー16とし、RCM後加水分解によってコア部分を取り除くと、できたSCNP18中にはコア分子が入り込めるような空洞が生じる (図4)。ポルフィリン形状分子の内、コア部周辺に残ったカルボキシル基と相互作用可能な官能基を持つ分子が顕著に高い会合定数を示した。

図4. (a) ポルフィリン刷り込みデンドリマー18の調製。(b) 18 の結合ポケットを調べるために使用したポルフィリンゲストと,トルエンまたは 5% v/v 酢酸エチル/トルエン中での結合定数。

可逆的な共有結合形成反応を用いた、鎖状ジアミン分子選択的ホスト合成等へも展開している (図5)。イミンによって架橋されたアゾベンゼンユニットをコアとして、分子内架橋ポリマー19 を構築後、イミン部位を加水分解した 20 と種々のアミンやアルコールを混ぜると、鎖状ジアミンの場合のみ、トリフルオロアセチルアゾベンゼンユニットの吸光度に顕著な差が見られる。かなり大掛かりな手法ではあるが、非常に選択性の高い人工ホスト分子を産み出すことができる。最近では、この分子鋳型法を利用して、水中で機能する選択的ホスト分子の合成や、鋳型空間を利用した不斉触媒反応等への展開研究も報告されている(J. Am. Chem. Soc. 2016138, 9759J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 13749.)。

図5

2-2. 人工酵素を目指した触媒担持体への展開

図 3 に示した Cu 担持型 SCNP を利用し、Click 反応の触媒として機能するか調べると、PBS バッファー中 ppmオーダーの Cu 濃度で Click 反応を進行させることがわかった。Cu 担持型 SCNP は生細胞中でも 21 と 22 の Click反応を進行させることがわかり、抗菌剤の細胞内合成も行うことができた (図6)。また、21 と種々のアルキンとの反応性を調べると、アニオン性の基質でアルキル鎖の長い基質程、高い反応性を示すことがわかった (図7a)。これは SCNP 表面のポリカチオンの性質と、触媒活性部位周りの疎水性相互作用による選択的取り込みの効果だと述べている。この反応速度解析を行うと、酵素反応と同様にミカエリスメンテン型の反応速度式を示したことから (図7b)、まさに人工酵素を創出したと述べている。

図6. 細胞内のCuAAC反応。(a) H460細胞内の発蛍光反応。15(13類縁体)(500nM)、次に21(100μM)、22(100μM)と共にインキュベートしたところ、細胞内で蛍光が発生した。(b)大腸菌内部での細胞内毒性物質の合成。

図7. 15(13類縁体)の触媒作用プロファイル。(a) アルキン基質の構造とそのフッ素化率。(b) 速度論実験データの二基質酵素反応速度式へのフィッティングとフィットパラメータの値。

非常に高い触媒活性を示した Cu 担持型 SCNPを利用した Bioconjugation への応用研究も行われている (図8)。クマリンアジド誘導体 21 と末端アルキンを持たせた数種のタンパク質との反応速度を調べると、タンパク表面の電位に応じた選択性を示すことがわかった (図8a)。SCNP表面のポリカチオンとマッチした表面電位を持つ場合に、SCNP とタンパクの接触がエネルギー的に有利になることが選択性発現に重要であり、MD 計算からも指示された (図8b)。

図8. (a) 13を用いた異なるアルキニル化タンパク質とCuAAC反応の初期速度、およびPBS中のタンパク質のゼータ電位。(b) 単一の 13 (青) と BSA (黄) の MD シミュレーションと、計算された自由エネルギー vs CMD。

このSCNP ポリカチオンの性質を生かして、細胞内でのタンデム触媒反応への展開もなされている(図9)。 Ru 担持 SCNP は光照射下でアジドをアミンへと還元し、脱保護されたガラクトシドが β ガラクトシダーゼ (βGal) で加水分解される。表面電位がマイナスの βGal はポリカチオンである SCNP に好んで接触し、SCNP のポリカチオンの性質によって共にエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれる。

図9

3.結論と将来展望

この解説文では SCNP に関する Zimmerman らの約 20 年間の取り組みが概説され、現在では ケミカルバイオロジー志向の研究も展開されるようになってきた。しかしながら、ほとんどの SCNP において架橋構造のtopology や connectivity に関して詳細な知見は欠如しており、架橋反応は完全にランダムに起こっていると考えられている。架橋反応及び部位の選択性や架橋構造の設計がうまく行えるようになれば、均質かつより自然界のタンパク質に似たような材料として、構造と機能を絡めた設計が可能になるだろう。SCNP を利用した人工酵素研究の利点として大きく二つが挙げられる。一つは人工触媒は種類が豊富なため、自然界の酵素に比べて遥かに多様な反応を触媒できる可能性があることだが、現状ではほんのわずかしか触媒反応の研究例は存在しない。もう一つの利点は、生理的条件下での安定性である(プロテアーゼによる分解を受けない)。分子内架橋によって、触媒活性部位の金属のリーク等も防ぐことができれば、長時間働く人工酵素を生み出すことができる。いずれにしても、架橋反応や架橋構造の基礎的な知見が、生体内での利用を含めたさらなる応用研究には必須となるだろう。

【画像はACS Editor’s Choiceの規定に準拠した上で冒頭論文より引用】
【本シリーズ記事は、糖化学ノックイン領域において実施している領域内総説抄録会の過去資料をブログ記事に転記し、一般向けに公開しているものです】