化学者のつぶやき
亜鉛/ニッケル触媒によるアルキルエーテルのC(sp3)–O結合へのホウ素挿入反応が開発された。得られるホウ素挿入体の反応性を生かし、アルキルエーテルの幅広い誘導体化が可能である。
アルキルエーテルは、容易に入手可能であり、数多くの天然物や医農薬品にみられる構造である[1]。そのC(sp3)–O結合切断を伴う変換反応は、既存の化合物の多様性創出を可能とする強力な手法となりうる。しかし、C(sp3)–O結合は化学的安定性が高いため、通常その切断には強酸の使用や高温など過酷な条件を要する[2]。そのため、より穏和な条件で進行するエーテル変換反応の開発が求められる[3]。近年、比較的穏和な条件で進行する反応として、遷移金属触媒に対するC–O結合の酸化的付加を鍵とするC–O結合変換反応が複数報告された[3]。しかし、これらはほとんどがC(sp2)–O結合やベンジル位やアリル位C(sp3)–O結合に制限される。また、C(sp2)–O結合に限られるが、2016年に依光らは、ニッケル触媒によるベンゾフランのC2–O結合へのホウ素挿入反応を開発した(図1A)[4]。本C–O結合のホウ素挿入反応により得られる生成物は、一炭素増炭やC–アリール化など多様な変換ができ、有用である。ベンジル位やアリル位以外のC(sp3)–O結合へのホウ素挿入反応は、1984年にWestらにより報告されたシリルボリレンの挿入反応の一例のみである(図1B)[5]。しかし、本報告では実施例がTHFのみであり、さらに–196 °Cと極低温であるため有用性に課題が残る。
今回、シカゴ大学のDong教授とピッツバーグ大学のLiu准教授らは、ジブロモボランと亜鉛およびニッケル触媒を用いてアルキルエーテルのC(sp3)–O結合へのホウ素挿入反応の開発に成功した(図1C)。反応機構解明研究より、ジブロモボランと亜鉛がC(sp3)–O結合を切断した後に、ニッケル触媒によるC(sp3)–B結合形成によってホウ素が挿入されることが示唆された。
“Boron insertion into alkyl ether bonds via zinc/nickel tandem catalysis”
Lyu, H.; Kevlishvili, I.; Yu, X.; Liu, P.; Dong, G. Science 2021, 372, 175–182.
DOI: 10.1126/science.abg5526
研究者の経歴:
1999–2003 B.Sc. in Chemistry, Peking University, China (Prof. Z. Yang and Prof. J. Chen)
2004–2009 Ph.D. in Chemistry, Stanford University, USA (Prof. B. M. Trost)
2009–2011 Camile and Henry Dreyfus Postdoctoral Fellow, California Institute of Technology, USA (Prof. R. H. Grubbs)
2011–2016 Assistant Professor, University of Texas at Austin, USA
2016– Professor of Chemistry, The University of Chicago, USA
研究内容:C–H/C–C結合活性化反応の開発、天然物合成
研究者:Peng Liu
研究者の経歴:
1999–2003 B.Sc. in Chemistry, Peking University, China (Prof. W. Liu)
2004–2006 M.Sc. in Chemistry, University of Guelph, Canada (Prof. J. D. Goddard)
2006–2010 Ph.D. in Chemistry, University of California, Los Angeles, USA (Prof. K. N. Houk)
2010–2014 Postdoc, University of California, Los Angeles, USA (Prof. K. N. Houk)
2014–2019 Assistant Professor, University of Pittsburgh, USA
2019– Associate Professor, University of Pittsburgh, USA
研究内容:量子化学計算による反応機構解析および触媒開発
本反応は、Ni-1触媒と亜鉛存在下、アルキルエーテル1とジブロモメシチルボラン2をトルエン中60 °Cで反応させることでホウ素挿入体3を与える(図2A)。本反応はC(sp3)–O結合選択的に進行し、ジヒドロベンゾフランを用いた場合にはC2–O結合にホウ素が挿入されたオキサボリナン3aが高収率で得られる。反応の官能基許容性は高く、ブロモ(3b)やボロン酸エステル(3c)、スチリル基(3d)を損うことなく反応が進行する。5員環アルキルエーテルの他にも、4員環(3e)や6員環(3f)および鎖状エーテル(3g)が適用可能である。
本反応で得られるホウ素挿入体3を種々誘導体化することで分子“編集”が可能である(図2B)。例えば、テトラヒドロフラン1hから得られるオキサボリナン3hをトリフルオロボラート塩に変換した後に、ベンジルアジドと反応させることで、エーテル酸素原子を窒素原子に交換したピロリジン4が得られた。また、オキサボリナン3をジクロロメチルリチウムと塩化亜鉛を用いて1,2-メタレート転位させた後に、酸化および光延反応することで環状エーテルの環拡大に成功した。この際、用いるジブロモボラン上の置換基をメシチル基からフェニル(5a)やヘキシル(5b)に変更しても反応は進行する。
機構解明実験およびDFT計算より、著者らは以下の反応機構を提唱した(図2C)。はじめに、1と2、2価の亜鉛が反応してIM1となる。その後、SN2型のC(sp3)–O結合開裂によってIM2が生じる。IM2のB–Br結合がニッケル触媒に酸化的付加してIM3となり、これが亜鉛に還元されてIM4となる。IM4が分子内酸化的付加することでIM6を与え、還元的脱離を経て3とNi(I)を生成する。最後にNi(I)が亜鉛で還元されてニッケル触媒が再生する。なお、IM4の分子内酸化的付加に関しては、SN2型、もしくはIM5を経由するラジカル型の二通りの機構がDFT計算により示唆された。
以上、アルキルエーテルのホウ素挿入反応が初めて開発された。天然物や医薬品に頻出のアルキルエーテル部位の分子“編集”を可能とした本反応は、既存の合成戦略を刷新しうる可能性を秘める。
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