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化学者のつぶやき
電池で空を飛ぶ
はじめに
近年、ガソリン車から電気自動車への流れは避けて通ることの出来ないトレンドとなっています。液体化石燃料を大量に消費している航空機にもいずれは「電気飛行機」の時代が来たって良いかもしれません。
地球温暖化防止は重要な課題になっていて、航空機の影響は無視できないと考えられるようになってきています。航空機は浮力を得るためにエネルギーを使用するため、同じ距離を電車で移動するのに比べてCO2排出量が多く、また成層圏で排出するNOx、水蒸気、硫酸塩エアロゾルガス、すす、その他のエアロゾルが飛行機雲を作って気候に影響を与えることが示されています。
外部リンク: 環境展望台, 海外ニュース「アメリカ環境大気庁, 地球温暖化に対する航空産業の寄与度を発表」
大気汚染物質の排出を抑制ためには、電気で動かすのが重要です。燃料電池車や電気自動車は、エネルギー効率が良いことの他に、走っているときに大気汚染物質を排出しないため、都市部の大気汚染防止には非常に大きな価値があります。「電気飛行機」と、それを支える電池があれば、飛行機が排出する汚染物質を減らすために非常に有効です。
「電気で空を飛ぶ」の歴史は、実は100年以上にわたります。1884年に52mの飛行船「ラフランス号」が亜鉛-塩素電池でパリ近郊の空を飛んでいます。ボルタの電池が200年前ですから、かなり早い段階です。これは飛行船ですので、浮力はガスから得ています。
最近ではリチウムイオン電池の発展により重さあたりの大きなエネルギーとパワーを持つ電源があり、これを使って空を飛ぶことが現実味を帯びています。ドローンなど、電池で空を飛ぶことは小型のものでは既に現実となっています。
Natureで「電気で空を飛ぶ」の展望についての解説記事がありましたので、まとめました。
“The challenges and opportunities of battery-powered flight”
Viswanathan, V.; Epstein A. H.; Ciang, Y.-M.; Takeuchi, E.; Bradley, M.; Langford, J.; Winder, M. Nature, 2022, 601, 519. DOI: 10.1038/s41586-021-04139-1
電気飛行機 vs ジェット飛行機
結論から言うと、ジェット機レベルの飛行機を電気で飛ばすのは現時点ではかなり厳しいです。大型の旅客機は離陸時にテスラの車3万台分のエネルギーを使っているそうです。これを賄う電池を飛行機に搭載したら、重くて飛ぶこともかないません。
本論文ではジェットエンジンと電池+モーターを比較しています。
- エネルギーの変換効率は電池+モーターに軍配が上がります。ジェットエンジンのエネルギー効率は20~55%程度なのに対し、電動モーターは電気エネルギーの80~90%を駆動力にすることが出来ます。
- 重量の面ではジェットエンジンが有利です。ジェット燃料は電池と比較してエネルギー密度が圧倒的に高く、また使っていけば軽くなるので、ずっと重たい電池を積んでいることと比べれば重量面でメリットがあります。
- エンジンとモーターの重量あたりの駆動力(パワーウエイトレシオ)を比較してもエンジンに軍配が上がります。ただ電気駆動装置のパワーウエイトレシオは今後大幅に改善すると予測されているそうです。
- 飛行機はいつも航続可能距離の限界まで飛ぶわけではありません。近距離飛行では少なめに燃料を積みますが、電池の場合は取り外すのも面倒です。
- 飛行機には不測の事態に備えた予備の燃料(エネルギー)も積んでおく必要があります。そういう面でも重たい電池は不利になります。
- コストでは、1キロワットあたりのコストは大差ありません。電気代とジェット燃料のコスト、エンジン/モーターの維持管理費用、メンテナンス費用などの面それぞれで大差無いようです。
- オーバーホールのコストは耐用年数によって大きく変化します。エンジンは、出力が大きいほど耐用年数が短くなります。一方、電池は使ったエネルギーに依存します。
- ジェットエンジンと対抗するためには、1kWhあたり10ドル程度でメンテナンス(交換)が出来る必要があります。
- 騒音面では電気飛行機に軍配が上がるかと思いきや、既に航空機の騒音は主にファンと機体本体からくるものがほとんどなので、電気飛行機と変わりません。
- 大気汚染物質削減という意味では大きなメリットがあります。
- CO2削減という観点では、最近の飛行機のエネルギー効率が非常に良くなっており、バッテリー駆動のメリットは限定的かもしれません。(水力、原子力、太陽光発電などが大幅に増加すれば状況はに変わります)
これらを比較すると、200人乗るような大型の旅客機ではジェットエンジンに軍配が上がります。大型の飛行機では高高度を飛び、また一人、1回あたりのフライトの値段も割安になり、安全評価も厳しくなります。電池+モーターの参入はハードルが高くなります。一方、小型飛行機ではジェットエンジンの効率や重量あたりの出力が低下するので、電気飛行機に活路があるかもしれません。
電気ヘリコプターに実現可能性
上記の様にジェット飛行機を「電気飛行機」に置き換えるのはハードルが高いようです。一方、「電気ヘリコプター」は有望かもしれません。現在のヘリコプターは騒音が大きく、機械的に非常に複雑で維持費が高く、前進飛行のエネルギー効率が悪いなど、課題がたくさんあります。1~7人乗りの短距離都市型の飛行推進機はUrban Air Mobility, UAMと呼ばれます。ドローンのような仕組み(垂直離陸型、Vertical Take-Off and Landingの頭文字をとってVTOLと呼ばれます)で飛ぶUAMならエネルギーは少しで済みます。電気式でたくさんのローターにより推進するタイプのヘリコプター、要するにドローンの親戚、は数多く、現在では100社以上の企業がUAMの開発を発表しています。VTOL型は機械的・電気的にシンプルな設計になりますが、ホバリング時の効率はヘリコプターより低そうです。ドローンのように垂直離陸できるVTOL機もあれば、助走をつけて飛び出す短距離離陸型のものも開発されています。短距離のUAMは、個人用の飛行機、エアタクシー、貨物輸送機などとして使われると期待されており、想定される飛行時間は数10分程度です。すると300–400 Wh kg−1の電池を積むことで実現と考えられます。
ハイブリッド型
エンジンとバッテリーを組み合わせるハイブリッド型は自動車でおなじみですね。航空機の場合、ブレーキ回生システムの恩恵がなく、航続距離を伸ばすか、エネルギーを代替するメリットがあります。エンジン出力の5%程度を電気に置き換えることで、飛行性能を落とさずに化石燃料の節約が可能になります。電気駆動装置とバッテリーの重さの分のデメリットはありますが、航続距離の問題など、100%電気で難しい問題を解決しやすい点はハイブリッド車と同じです。
安全性と認証
飛行機の安全基準は非常に厳しいです。致命的な故障は、2人乗りの航空機で100万時間に1回以下、旅客機では10億時間に1回以下でなければなりません。航空機においては持ち込んだ携帯電話の火災・発煙事故が何百件も起きているそうです。リチウムイオン電池は、熱暴走や有毒ガスの発生などが懸念されています。現在の解決策は、機械的・電気的に電池を隔離し、ガスが出たら機外に排出することです。これらのシステムは電池を約15%~30〜40%重くします。そのため宇宙用途の安全性の高い化学物質を使用した電池とパッケージングの革新に価値があります。また、電池パックのエネルギー残量(充電状態)を正確かつ確実に把握できる電池管理システムも重要です。
空中推進用バッテリーの要件
電池の研究開発は携帯電子機器、電気自動車、電力のグリッド貯蔵に焦点を当てています。航空分野ではバッテリー技術にとって重要なパラメータが多少異なります。
電池のエネルギー密度は重要です。 パッケージや安全性を担保する仕組み、寿命を見越した容量の余分が必要なため、電池に蓄えられたエネルギーのうち駆動に利用できるのは35%程度です。エネルギー密度の高い電極も大事ですが、パッケージングを簡単にしたり、何度も充電しても容量が減らないので余分の容量が要らないもの、安全性が高い電池材料にも価値があります。
Cレートは、エネルギー(kWh)÷パワー(kW)で表され、何分、若しくは何時間で電池を充放電できるかを表します。Cレートが大きいほど素早く充電でき、大きなパワーを出すことが出来ます。飛行機は離陸時に大きなパワーを必要とします。軽飛行機では巡航時の1.5~2倍、旅客機では3倍になります。そのため急速な充放電が可能であることが求められます。飛行機については1Cレート程度で十分でしょう。ハイブリッドは様々な方式がありますが、パワーのサポートをする場合は1Cよりも大きいものが良いと考えられます。航続距離が短く、垂直離陸時には巡航時の8~20倍もの電力を必要とするUAMでは4~5C以上が必要になることもあります。
重量エネルギー密度についても飛行機のタイプによって求められる値が変わります。小さなUAMの都市内での使用であれば300~400Wh kg-1が適切です。19席のコミューター機なら1,200~1,800Wh kg-1で現在の航空機の半分程度の航続距離になります。150~180人乗りの大型機では1,800~2,500Wh kg-1が必要になります。現在の電気自動車やグリッド用電池の重量密度は電池単体で約300Wh kg-1、パックレベルで約200Wh kg-1です。報告レベルで400 Wh kg-1を超える程度、DOEの挑戦的な目標が500Wh kg-1ですので、UAMの要求を満たす電池は実現可能かもしれませんが、コミューター機でも相当に厳しい要件が求められます。
また開発をするモチベーションも問題です。自動車用電池はエネルギー密度は実用レベルになっており、むしろコストが課題になっています。グリッドストレージ用電池もコストや寿命には敏感なものの重量や体積は重要ではありません。そう考えると、現行の研究開発で超高エネルギー密度の電池の探索は後回しになるかもしれません。
航空機用バッテリーの動作環境は過酷です。旅客機は高度10〜15km、212 K、0.12〜0.26 気圧で飛行します。低気圧のためアーク放電の問題があり、270 Vの制限がかかります。許容電圧を2倍以上にする研究が進められています。民間航空機は地上温度55 ℃でも動作するように設計されていますが、駐機中は78 ℃にもなります。そのため電池やモーターの冷却が必要で重量と抵抗を増加させます。実用的なバッテリーは、長いサイクル寿命とカレンダー寿命、十分なパワー(Cレート)と急速充電、広い温度範囲での動作、そしてこれらすべてを安全に実現する必要があります。これらを同時に達成しようとすると、理論的に得られるエネルギー密度がとても小さくなります。
エネルギー密度の向上に向けた飽くなき挑戦
電池は常にエネルギー密度が問題になります。本論文では理論容量から実際の電池のエネルギー密度を求めるのに、スケーリングファクターという言葉を使っていますが、電池業界では昔から言われている「実電池のエネルギー密度は理論容量のだいたい半分」という経験則をここでも使っています。要するにUAMで600Wh kg-1、旅客機なら3000 Wh kg-1が求められます。現行のリチウムイオン電池は層状の正極・負極材料を使っていて、可逆性は高いものの容量が限られています。電池の高容量化を追求すると必ず登場するのがリチウム金属負極で、エネルギー密度が高いもののデンドライトの発生とサイクル寿命が低いことで行き詰まるというのを繰り返しています。論文ではこの10年間で、デンドライトに起因する壊滅的な内部短絡を回避しつつ、リチウム金属負極のクーロン効率とサイクル寿命を向上させるための著しい改善が行われてきており、電気航空機に必要とされるすべての性能指標を同時に実現するリチウム金属負極が今後10年間で達成されることが期待されていると言っています。
また正極の候補材料がまとめられていますが、CFx、SF6などのフッ化物、Br2, Cl2、O2, Sなど、SO2や塩化チオニルなどが挙げられています。論文では期待が述べられていますが、S以外は可逆性にも問題があり、現実的に可能性があるのは幅広く研究されているリチウム硫黄電池、リチウム空気電池くらいでしょうか。
著者らは性能指標(容量、重量エネルギー密度)に関する第一原理計算を行い、航空用途でのさらなる調査に値する一連の候補材料を探したところ、これまでの一次電池で非常に大きな容量が実証されているLi/CFx(約800Wh kg-1)の応用で、Na/CFxの再充電に成功したそうです。しかしまだまだ今後の展開に期待する、としか言えない状況のように見受けられます。
電池業界の研究開発においては、2019年には「battery and in situ」で2,300件、「battery and operando」で288件といわゆるOperando法を用いた発表論文が桁違いに増えています。また計算手法、機械学習、ロボットによる実験などにより、電池材料の最適化はかつてないほどのスピードで進んでいます。著者らは、これらによって新形電池の研究開発も加速していくと期待しています。
今回の話の目玉は、電気ドローン(UAM)がヘリコプターを駆逐する可能性があるということだと思います。我々が気軽に空を飛べる日は意外に近いかもしれません。
参考文献
- Viswanathan, V.; Epstein A. H.; Ciang, Y.-M.; Takeuchi, E.; Bradley, M.; Langford, J.; Winder, M. Nature, 2022, 601, 519. DOI: 10.1038/s41586-021-04139-1