FUJIFILM Finechemical News
化学者へのインタビュー
新奇蛍光分子トリアザペンタレンの極小蛍光標識基への展開
“Development of a 1,3a,6a-triazapentalene derivative as a compact and thiol-specific fluorescent labeling reagent”
Nakayama, A.; Otani, A.; Inokuma, T.; Tsuji, D.; Mukaiyama, H.; Nakayama, A.; Itoh, K.; Otaka, A.; Tanino, K.; Namba, K. Communications Chemistry2020, 3, 6. doi:10.1038/s42004-019-0250-0
研究室を主宰されている難波康祐 教授から、中山さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
中山さんは当研究室に着任後、独自の全合成研究や創薬科学研究を立ち上げつつ、当研究室の従来の研究も非常に協力的にサポートしてきました。今回の研究では、当研究室で開発した蛍光分子を中山さんが先導的に発展させ、自ら細胞実験もこなすなど献身的に貢献してきました。研究室全体の発展と自分の研究の発展、どちらかに偏ることなくバランス感覚に優れたスタッフとして当研究室を支えています。今後は、他分野との共同研究で培った経験と全合成で鍛えた合成化学力を武器に、独自の創薬研究を切り拓いていくものと期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
コンパクトな10π系蛍光分子1,3a,6a-triazapentalene(以下TAP)を蛍光発色団に用いた低分子化合物に対するチオール選択的極小標識試薬の開発です。生物活性化合物の蛍光標識化は、生体内局在情報を得るための有効な手段ですが、蛍光発色団自体の構造が標識される化合物よりも大きな場合、本来持っている生物活性の喪失や挙動変化が起きることが懸念されます。今回、TAPのコンパクトさを活かし、TAP環とビニルケトンを連結させることで、十分な化学、光安定性に加えてチオール選択的反応性が付与されたTAP-vinylketone 1 (TAP-VK1)を開発しました。TAP-VK1は各種アルキルチオール、生体分子(アミノ酸、ペプチド、タンパク質)の標識化も可能です。その有用性実証研究として、ジペプチド医薬品のカプトプリルを蛍光標識化し、標的分子であるアンギオテンシン変換酵素(ACE)の可視化に初めて成功しました。
「既存の蛍光分子では生物活性や生体内挙動に影響を与えてしまうことが懸念される」と主張するのであれば、既存の小さい蛍光標識試薬との比較をするべきということが強く問われていました。とはいえ、TAP-VK1を信じながらも、「やっぱり有名な蛍光分子なら同じことできちゃうのでは?」という不安がやはりありました。ドキドキしながらTAP-VK1や市販の蛍光標識試薬分子を使ってカプトプリルを標識していたことを鮮明に覚えています。蛍光標識カプトプリル誘導体を用いたACE可視化実験の結果、TAP-VK1のカプトプリル誘導体だけがうまくACEに局在している図を見たときは、思わず「キター!」と叫んでいました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
TAP-VK1の有用性を幅広い層の研究者に納得していただくために、有機合成以外の研究が広がっていったところです。当初はTAP-VK1そのものの化学的性質に重きを置いていましたが、ケミカルバイオロジー研究ツール開発として世に出す為にはバイオのデータが多く必要になりました。また、普段あまり扱わないペプチド合成も必要でした。しかし、我々の描く実験イメージをすぐに形にしてくれた辻大輔助教(徳島大学薬学部)や、オクタペプチド、R8ペプチドを合成してくれた猪熊翼助教(徳島大学薬学部)と密に連携をとることで素晴らしいデータを得ることができました。メインでプロジェクトを行ってくれた大谷彬君(現ダイセル(株)研究員)の努力はもちろんのこと、学内の若手教員連携を支援してくれているボス達にも深く感謝しています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は一貫して「天然物を基軸とした研究」を行ってきました。これまでに師事した先生方は全員天然物化学研究の最先端で研究をされており、高山廣光教授(千葉大学教授)からはアルカロイドの化学、Dale L. Boger教授(スクリプス研究所)からは複雑天然物の医薬化学、そして難波康祐教授からは生命科学、そして実社会に貢献できる実用的な分子構築について学ばせてもらっています。どのボスも強い思い入れ持った天然物と真摯に向き合い、研究を楽しんでいます。私自身もまだまだ天然物のポテンシャルを信じていますし、「これだ!」という天然物や独自化合物を育てていきたいと思っています。それを通じて、恩師の先生方が自分を育ててくれたように、次世代の研究者に想いを受け継いでいければと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今思えば恥ずかしい限りですが、学生時代は「天然物の全合成こそ至上!」くらいの狭い視野でした。米国スクリプス研究所にポスドクとして留学した際、様々なバックグラウンドを持つ優秀な研究者と出会い、自分の見識の狭さに気づかされました。そこから今まで興味の持てなかった研究にも目が行くようになり、考え方に幅が出たように勝手に思っています。また、そのおかげでこれまで続けてきた「天然物化学」に対する想いも強くなりました。読者の皆様(主に学生さん)には、積極的に他分野の研究者と関わり合い刺激をもらいながら研究を楽しんでいただければと思います。
最後になりましたが、本研究は多くの共同研究者のおかげで形にすることができました。全ての共同研究者の皆様に感謝しております。また、学生の時からずっと見ていたケムステに研究を紹介できて非常に光栄です。このような機会を与えてくださいましたケムステ関係者の皆様にも深く感謝いたします。
名前:中山 淳(なかやま あつし)
所属:徳島大学大学院医歯薬学研究部(薬学域)有機合成薬学分野(難波康祐教授)・助教
研究テーマ:天然物の網羅的全合成を基軸とした化学研究
経歴:1983年東京都生まれ。2007年千葉大学薬学部卒業後、同大学院薬学研究院に進学(高山廣光研究室)。2012年3月に博士号(薬学)を取得後、2012年5月から2014年5月まで米国スクリプス研究所(Prof. Dale L. Boger)へ博士研究員として二年間留学。2014年6月より現職。平成23年度サントリー生命科学財団SUNBOR SCHOLARSHIP採択(2011)、ACP junior symposium “Best Presentation Award”(2011)、千葉大学大学院医学薬学府創薬生命科学専攻「成績優秀賞」(2012)、日本薬学会第132年会(札幌)学生優秀発表賞(2012)、2013年度上原記念生命科学財団ポストドクトラルフェローシップ(2012)、平成30年度徳島大学若手研究者学長表彰(2018)、令和元年度 天然物化学談話会奨励賞(2019)