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日本
FUJIFILM Finechemical News
スポットライトリサーチ
機械的力で Cu(I) 錯体の発光強度を制御する

今回のスポットライトリサーチは、沖縄科学技術大学院大学(OIST)・錯体化学触媒ユニット 狩俣 歩 博士にお願いしました。

OISTは小さな大学院大学ながら、学部という縦割りを持たない独自のシステムで運営されています。昨今のニュースでも評判の通り、研究でも極めて高いプレゼンスを示しています。数ある研究室のひとつJulia Khusnutdinova研では、高分子の力学的活性化を錯体化学と融合させた新たな考え方の材料化学に取り組んでいます。今回の報告はその一つであり、Chem.Commun.誌 原著論文およびCover Picture・プレスリリースに公開されています。

“Highly sensitive mechano-controlled luminescence in polymer films modified by dynamic CuI-based cross-linkers”
Karimata, A.; Patil, P. H.; Khaskin, E.; Lapointe, S.; Fayzullin, R. R.; Stampoulisc, P.; Khusnutdinova, J. R. Chem. Commun. 2020, 56, 50-53. doi:10.1039/C9CC08354E

研究室を主宰されているJulia Khusnutdinova助教授から、狩俣さんについて以下のコメントをいただいています(和訳は筆者の手による)。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

Dr. Karimata was one of the first postdocs in my new lab at OIST where he started working on a new, challenging project on stimuli-responsive polymers. After his hard work developing the new systems, Dr Karimata obtained a lot of interesting results, thanks to his creativity and persistence. He developed a unique set of expertise covering organic and organometallic synthesis, polymer chemistry, photochemistry, and studying mechanical properties of polymers. He does very thorough and careful measurements and notices unusual and interesting things because of his knowledge and attention. He is a great team member, always helping our research group in research and experiments, as well as in exploring Okinawa and Okinawa local restaurants.
(狩俣博士はOISTで新しく立ち上げた研究室での最初のポスドクの一人で、刺激応答性ポリマーに関する挑戦的かつ新しいプロジェクトを始めました。狩俣博士は持ち前の創造性と粘り強さをもとに、新たな系の開発に懸命に取り組んで興味深い結果を沢山得ました。有機合成・有機金属合成、高分子化学、光化学、高分子の機械的性質の研究などについて独自の専門性を身につけています。彼は非常に綿密で慎重な測定を行いますし、知識と注意力もあるので、珍しいことや興味深いことに気づいてくれます。研究グループの研究や実験にも協力してくれますし、沖縄や沖縄の郷土料理店を探索してくれたりと、チームの一員として活躍してくれています。)

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

引っ張るほど発光強度が上がる Cu(I) 錯体とポリマーのハイブリッド材料を開発しました。ポリマーに加える機械的ストレスに対して敏感 (< 0.1 MPa) かつ可逆的に発光強度が変化し、発光イメージングにより機械的ストレスの変化を可視化できることから、メカニカルセンサーとしての応用が期待されます。

4配位の Cu(I) 錯体は、励起状態で構造が平面に歪むのに加え、ルイス塩基性の分子が存在するとエキシプレックスを形成します (図 1a)。そしてこれら 2 つの構造変化を抑えると、無輻射失活速度が下がり、発光効率が上がることが知られています1。我々の研究室では、環状四座配位子ピリジノファンを使った発光性Cu(I) 錯体の研究に取り組んできました2。今回の系に用いたCu(I) 錯体 (図 1b) は、配位子のアルキル基のサイズを上げると、その動的自由度が下がるのに伴い、Cu(I) 錯体の無輻射失活速度が大きく低下して発光量子収率が上がります (Φ = 0.06 – 0.72 in CH2Cl2)。このCu(I) 錯体にポリマーをつなげて機械的力で引っ張ることで、同様に無輻射失活過程が抑制されて発光強度が上がる、というのが現在の有力なメカニズムです。

図 1. (a) Cu(I) 錯体の励起状態における構造変化 (b) ピリジノファンと NHC 配位子を有するCu(I) 錯体、および (c) その架橋ポリアクリレート (d) 機械的力への応答

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

この研究にはさまざまな方が関わっており、色んなエピソードがありますが、一番の思い入れは、弟との共同作業です。この研究を「刺激で発光強度が上がる面白い材料」で終わらせず、材料にかかる目に見えない僅かな機械的ストレスの変化を発光で捉えて分析するためのメカニカルセンサーとして応用していくために、発光イメージングのノウハウを習得する必要がありました。そこで弟に連絡をとり (当時博士課程の学生でペロブスカイトナノ粒子の発光解析をしていた)、電話越しで CCD カメラの使い方と画像の解析方法を習いました。時にはオンラインで画面を共有して一緒に作業しながら、「不均一じらーやんに 」「だーるな」(不均一みたいだな) (そうだね) などと議論し、重要なスキルを伝授してもらいました。(やはり母国語 (方言?) だと習得が早かった、笑) こうした事から彼の名前を論文の謝辞に入れるに至り、記念すべき兄弟の初コラボ論文となりました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

地味ですが、ポリマーの合成です。ゴールは、2017年にジュリア先生 (OISTではファーストネームに先生と付けて呼ぶ人が多い) が報告した系3を発展させ、同時にメカニズムを調べることでした。いくつか異なるポリマーを試した中で架橋ポリアクリレートに狙いを定めましたが、このポリマーは粘着性がある上に膨潤すると極めて脆くなるため、傷がないきれいなフィルムを大量につくる方法を確立するのに苦労しました。テフロン皿の特注と改良に加え、ポリマーの洗浄・乾燥の方法を地道に試行錯誤を繰り返して改善していきました。そして少量の配位子から得られた貴重なフィルムを、グローブボックス中で双方型の引張試験機を使用して延伸しながら、分光器によりスペクトルを観測するのですが、フィルムが測定の途中で裂けることがあり、暗闇の中、僕がストレスで発光 発狂していることもありました。 この Cu(I) 錯体はR = Me, n-Pr の場合、基底状態で配位構造が4配位と5配位の平衡状態にあります (図 2a)。当初は「引っ張ると平衡が4配位に傾き、発光効率が上がる」という仮説もありました。しかし R = t-Bu の場合、4配位構造のみが存在するにもかかわらず、ポリマーにつなぐと機械的ストレスに応答します。そしてその配位構造変化 (図 2b) が極めて遅いことから、基底状態における配位構造変化は主要因でないと結論付けました。この平衡反応は、同僚のPradnya Patil が調べてくれました。

図 2. (a) (b) 基底状態における配位構造変化

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は現在、ポスドクという立場で研究しているため(5年も経ってしまった!)、楽観的に将来を見るのは難しいですが、幸運にも故郷の沖縄で国際的かつ挑戦的な基礎研究に携わる機会に恵まれました。現在は上司のジュリア先生との研究が上手く進んでおり、金属錯体 × ポリマー × 機械的力の掛け合わせの中、新たな実験結果を得ています。まずはこれを論文として仕上げるべく、真摯に取り組みたいと思います。そして、その先で行き詰まりそうな時は、ナンクルナイサー (なんとかなるさ) の沖縄のゆとりを取り入れ、研究に携わっていきたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私は以前、光化学と高分子化学の両分野で研究経験を積みました。実験結果から、分子構造と発光特性の関係が見えた時の興奮、また一方で高分子構造と機械的特性の繋がりが見えた時の興奮も体験したことがあります。そして今、異なる2つの化学が繋がった新しいものが見れる期待感で高揚しています。まさか自分が、錯体と有機金属の研究室でメカノケミストリーを手掛け、こんな研究をするとは夢にも思いませんでした。違う研究分野に移られた他の方々も同様の経験をされたことがあるのでしょうか。もし進路に迷われている方がいたら、気負わずに分野を変えてみることを提案します。
そして学生の皆さん、OISTに来てみませんか?現在OISTの化学系ラボは海外出身者が8割以上です。文化や運営方法も日本の大学とは大きく異なります。国の手厚い支援がある中、日本からの入学者が極めて少ない現状が非常に残念です。インターンシップという支援付きの短期留学制度もあるので、国際的な研究環境に興味のある学生さんは、検討されてはいかがでしょうか。

今回の研究でお世話になりましたクスヌディノワ・ジュリア先生と共同研究者の皆さま、各種測定でサポートしていただいたOISTのスタッフの方々、学生時代に光化学を教えてくださった故 岡田惠次先生、小嵜正敏先生、鈴木修一先生、そして以前高分子の研究でお世話になった遠藤剛先生、松本幸三先生、小型引張試験機のカスタマイズで無理難題に対応してくれたAcroEdge社の方々にこの場を借りて深くお礼を申し上げます。
そしてこの研究にスポットライトを当ててくださった、Chem-Stationのスタッフの皆さまに感謝を申し上げます。

参考文献
  1. (a) Zhang, Y.; Schulz, M.; Wächtler, M.; Karnahl, M.; Dietzek, B. Coord. Chem. Rev. 2018, 356, 127–146. (b) Czerwieniec, R.; Leitl, M. J.; Homeier, H. H. H.; Yersin, H. Coord. Chem. Rev. 2016, 325, 2–28. (c) Mara, M. W.; Fransted, K. A.; Chen, L. X. Coord. Chem. Rev. 2015, 282–283, 2–18. (d) Green, O.; Gandhi, B. A.; Burstyn, J. N.,  Inorg. Chem. 2009, 48, 5704-5714. (e) Chen, L. X.; Shaw, G. B.; Novozhilova, I.; Liu, T.; Jennings, G.; Attenkofer, K.; Meyer, G. J.; Coppens, P. J. Am. Chem. Soc. 2003, 25, 7022–7034.
  2. Patil, P. H.; Filonenko, G. A.; Lapointe, S.; Fayzullin, R. R.; Khusnutdinova, J. R. Inorg. Chem. 2018, 57, 10009–10027.
  3. Filonenko, G. A.; Khusnutdinova, J. R. Adv. Mater. 2017, 29, 1700563.