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日本
FUJIFILM Finechemical News
化学者へのインタビュー
炭素置換Alアニオンの合成と性質の解明

今回は、名古屋大学大学院工学研究科(山下研究室)・車田 怜史 さんにお願いしました。

車田さんの所属する山下研はホウ素・アルミニウムといった13族典型元素を用いる構造有機化学研究に邁進されています。毎回驚くような化合物を合成・構造決定されて感銘を受けるのですが、今回もその例に漏れず驚きの内容で、普通はルイス酸として働くアルミニウムをアニオンに変えてしまったという報告になります。Nature Chemistry誌 原著論文掲載の栄誉に見事輝き、プレスリリースとしても公開されています。

“An alkyl-substituted aluminium anion with strong basicity and nucleophilicity”
Kurumada, S.; Takamori, S.; Yamashita, M. Nat. Chem. 202012, 36–39. doi:10.1038/s41557-019-0365-z

研究室を主宰されている山下誠 教授から、車田さんについて以下の人物評を頂いています。非常にナイスキャラクターのようで、いつか筆者(副代表)もお会いしてみたいと思えますね(笑)。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

車田君は一言で言えばお調子者です。有機金属若手の会の研究室紹介で山下のマネをしている車田君を見かけた人もいると思います[ある方面から動画が回ってきました(笑)]。とはいえ、意外と丁寧な実験をして着実に研究を進めるという一面もあります。そんな車田君ではありますが、研究室に配属されてきた時には、決して優秀な学生ではありませんでした。日々の研究室生活において指導されたことを少しずつこなしていくうちに、徐々にではありますがレベルの高い研究者へ成長して行っています。ケムステを見ているみなさんもどこかで車田君を見かけたら、イジると共に化学の議論を吹っかけて、共に成長して行ってください。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回の報告では炭素が置換したAlアニオン1の単離に成功し、この化合物が求核性と非常に高いブレンステッド塩基性を持つことを明らかにしました(図1)。
Alアニオンは電気的に陽性なAl原子が負電荷をもつ高反応性の化学種であり、これまでに3例のみが報告されていましたが、いずれも電気的に陰性な窒素原子が置換、またはルイス塩基がAlに配位することで電子的に安定化を受けていました。1はこの安定化が全くないために既報のAlアニオンよりも高反応性であり、本報告はAlアニオンの真の性質を明らかにできたことになります。実際に1はベンゼンを室温下2.5時間という穏やかな条件で活性化することができます。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

工夫したところは反応条件です。1のような低酸化数の化学種の合成には還元反応が必要となりますが、Al化合物の持つルイス酸性のために極性溶媒の使用には制限がありました。合成ステップ最後の1を発生させるところでは、トルエン中では反応が進行しない一方で、THF中ではAlアニオンが生成した後に分解しているのではないかという結果が得られていました。これを元に最適化をし、トルエン/THF(100/1)混合溶媒条件を見つけ出すことができました。
思い入れがあるのは1の結晶構造解析です。赤い結晶が得られたので、もしかしたらと思っていたのですが、構造が現れたときは思わず雄叫びを上げてしまいました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

データ集めです。1の生成を確認できてすぐの頃は、実験の再現性が低くデータ集めに必要なサンプル量の確保が難しい状態でした。また、中間体の合成に重要なLiディスパージョンがメーカー生産中止になってしまい、1が全く作れなくなった時期もありました。しかし、再度反応条件の検討をしたり、Liディスパージョンを自分達で作ったり、可能なものは別途合成したりとあの手この手を使ってサンプルをかき集めて乗り越えました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

将来は化学を娯楽としていきたいです。化学の力で何かを成し遂げる等といった大層なことは畏れ多いので言えないです。自分が楽しんでいる中で何か発見をすることができたら最高だな、といったくらいの楽観的な思いです。このように考えるようになったのは、山下先生が「化学は趣味」と断言していることの影響かもしれません。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

初めに、記事を読んで下さった事に感謝致します。
私が研究活動で大切であると感じていることはコミュニケーションです。私は研究に行き詰まったとき、とにかくその旨を人に話します。先生、先輩方に相談という形で教えを乞う時もありますが、後輩や他研究室の友達に話すと思わぬ解決策が浮かんでくる時もあります。自分の研究には、どうしても凝り固まった考え方をしてしまうので、そういった方からの純粋な疑問に気づかされるのです。
少しでも参考になればということで、試しに自分の研究のことをたくさん話してみるのは如何でしょうか?何か新しいアイデアが見つかるかもしれませんよ。