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分析化学の約50年来の難問を解決、実用的な微量分析法を実現
東京大学大学院理学系研究科の合田圭介教授が率いる研究グループは、極めて高い再現性、感度、均一性、生体適合性、耐久性を持つ表面増強ラマン分光法(Surface-Enhanced Raman Spectroscopy: SERS)の基板を開発し、化学(特に微量分析)における50年来の難問を解決しました。 (引用:産総研プレスリリース9月24日)
ラマン分光法は化学結合と物質の同定や結晶格子の歪み評価、結晶性の評価に活用されていますが、感度が低いという欠点があります。この欠点を克服する表面増強ラマン分光(SERS)が1970年代に発見されました。SERSは、対象分子が金、銀、アルミなどのプラズモン共鳴を強く示すナノ粒子に吸着して、対象分子から発せられたラマン光が局在表面プラズモン共鳴(LSPR)によって強度が向上する現象を利用した測定のことで、現在では、SERS用の基板が市販されています。
しかしながら、SERSの感度は、金属ナノ粒子の集合体や人工金属ナノ構造に依存するため再現性が低いという問題があります。また、金属基板を使うため酸化されやすく、光を照射することで熱を発生させてしまうため、生体分子の応用は困難でした。近年では、LSPRではなく構造共鳴や電荷移動共鳴を利用するシリコンやゲルマニウムナノ構造体、二次元材料、半導電性金属酸化物などの非金属材料が提案され、金属由来の問題は解消されましたが、光触媒効果や物質の毒性の効果もあり再現性の向上には至っていないのが現状です。そんな中、本論文の筆者らは、多孔質炭素ナノワイヤをアレイ状に配列したナノ構造体(Porous Carbon Nanowire Array:PCNA)のSERS基板を開発しました。
まず、基板の合成方法ですが、ナノワイヤを成長させるために陽極酸化アルミナをテンプレートとしてピロールモノマーの電解重合を行いました。次にこのピロールモノマーにDMSO+硫黄を加えて電圧をかけて電気的劣化を起こし、ポーラス構造を作りました。最後に塩基によるアルミナテンプレートの除去と高温処理による炭化を行いPCNA基板を完成させました。
このPCNA基板を使って、ローダミン6Gのラマン分光を測定し、高い感度と再現性があるかどうかを調べました。その結果、参照基板である、シリコン基板、PNA基板、CNA基板よりも高い感度でPCNA基板は測定することができました。また、別々に合成した20枚のPCNA基板で測定してもラマンピークの相対強度差は±10%の範囲に収まり、高い再現性があることが分かりました。
次に生体分子の感度を確認するためにβ-ラクトグロブリン粉末を測定しました。するとPCNA基板を使うとシリコンや市販の金属基板よりも高い感度で測定でき、感度を計算すると106の感度増強されています。測定場所の違いによる散乱強度も測定され、変動幅が9%以内と均一性が確認されました。グルコースの水溶液でもスペクトル測定が確認され、その上時間が経っても測定できることが分かりました。金属基板の場合は、1時間以上空気中においておくと酸化させれて使用できなくなるので、この開発により応用が広がると考えられます。
最後にこの現象について理論的な検証を行いました。それによるとPCNA基板でラマン散乱光が増強されるのは、1、炭素が高い電荷移動効率をもたらしている。2、残留H,N,S原子が分子と基板の電荷移動を促進している。3、ポーラス構造から成る特異的な電場分布であると推測しています。
結果として、106程度の感度増強が確認され、また再現性、均一性、生体適合性、耐久性といった金属基板に無い特性もいくつか見いだされていることから、低濃度での生体分子のラマン分光法への実用には十分だと結論付けられています。今後、基板の組成や構造の最適化、このPCNA基板に最適な励起レーザーの探索、電荷移動共鳴の解明を行い、より高いSERSの感度増強を得る研究を続けるそうです。このPCNA基板を用いたSERSには様々な場面での応用が考えられ、例えば、血中グルコースの測定、感染症の抗原抗体反応測定、がん代謝プロファイリング解析、リアルタイム細菌検出などが可能にされています。
生体分子の微量分析への展開が期待されているということで、特に科学捜査や環境研究にて応用が広がるのではないかと思います。科学捜査においては、DNAサンプルを現場に残された痕跡から採取し、犯人の探索を行いますが、捜査機関のデータベースに登録されていないDNAであれば、なんの手掛かりにもなりません。一方で犯人が残した凶器や靴、衣類の型番から購入した店を特定して犯人を絞り込むことをよく行いますが、この技術を使えば、残された生体分子の化学的情報から犯人特定の手掛かりを得ることができ、犯人の範囲を絞る情報が増えるのではないかと思います。そのうえでウィスキーの判別でもあったように、混合物のラマンスペクトルをそれぞれの目的にあった有用な情報に変換することで、混合物の解析が難しいラマンといった分光測定も機械学習といったアプローチによりさらに応用が広がる可能性があると思います。その中で、この研究のような測定できる対象の拡大とその感度の向上は重要になると考えられます。