研究者へのインタビュー
今回は、近畿大学大学院 薬学研究科 薬学専攻 病態薬理学研究室の笠波 嘉人(かさなみ よしひと)さんにお願いしました。
病態薬理学研究室では、生体内硫化水素(H2S)の分子機能と病態への関与についての研究やT型カルシウムチャネルを標的とした創薬研究、核内タンパクHMGB1を標的とした創薬研究、プロテアーゼ受容体PARを標的とした創薬研究、疼痛情報伝達の分子メカニズム解析と新規鎮痛薬の開発などに取り組んでいます。
本プレスリリースの研究背景の疾患として難治性の疼痛がありモルヒネなどの麻薬性鎮痛薬でも抑えることができないため、有効な治療薬の開発が医療において求められています。近畿大学の研究グループは先行研究によって、生体内で産生される硫化水素がカルシウムイオンだけを透過させて細胞を興奮させるT型カルシウムイオンチャネル(T-チャネル)の一つの活性を上昇させることで、神経障害性疼痛や内臓痛などの難治性疼痛の発症に関係することを明らかにしています。そこで、近畿大学と富山大学の研究グループは、T-チャネルを阻害する鎮痛薬の開発を目指して共同研究を進めてきました。定型抗精神病薬である「ピモジド」は、強力なT-チャネル阻害活性を有しますが、一方で、ドパミンにより活性化されて情報伝達を行うドパミンD2受容体(D2R)を遮断する作用もあるため、運動機能障害を引き起こすことが知られています。本研究では、新たな難治性疼痛治療薬の開発を目的に、ピモジドに対して化学修飾を施すことで、高いT-チャネル阻害活性を維持したまま、運動機能障害を引き起こすD2R遮断作用を示さない新規T-チャネル阻害薬の創製を試みました。
この研究成果は、「European Journal of Medicinal Chemistry」誌、および近畿大学プレスリリースに発表されました。
Yoshihito Kasanami, Chihiro Ishikawa, Takahiro Kino, Momoka Chonan, Naoki Toyooka, Yasuhiro Takashima, Yuriko Iba, Fumiko Sekiguchi, Maho Tsubota, Tsuyako Ohkubo, Shigeru Yoshida, Atsushi Kawase, Takuya Okada, and Atsufumi Kawabata
Eur J Med Chem. 2022 243,114716
研究室を主宰されている川畑 篤史 教授より笠波さんについてコメントを頂戴いたしました!
笠波嘉人君は、薬学専攻の臨床薬学コースに所属する大学院生で、1週間のうち、3日は薬局のレジデントとして勤務しながら臨床研究を行い、残りの3日を大学での基礎研究に当てています。本論文は、我々が長年取組んできたT型カルシウムチャネルの機能に関する研究成果に基づいて、モルヒネが効かない難治性疼痛を抑制する新規T型カルシウムチャネル阻害薬の開発を目指して、笠波君が学部学生の時から進めてきた研究の成果をまとめたものです。この研究では、有機化学合成を担当する富山大学の豊岡教授らのグループとともに、既存医薬品の構造に適切な化学修飾を加えた化合物の薬理活性を、電気生理学的および生化学的手法と行動薬理学的手法を駆使して解析することで、新規T型カルシウムチャネル阻害薬を開発することができました。現在は、実臨床に応用可能な難治性疼痛治療薬の開発を目指して、副作用を軽減するための構造展開研究にも取組んでいます。
疼痛発症に大きく関与する低電位活性化T型Ca2+チャネル(T-channel)を標的とした新たな疼痛治療薬の開発を試みた研究です。
T-channelのサブタイプの中でも、特にCav3.2 は体性痛や内臓痛の発症に関与しており、疼痛治療のための新たな標的分子として注目されています。しかし、疼痛治療を目的としたT-channel阻害薬はまだ上市されておりません。以前より、定型抗精神病薬であるピモジドがT-channelを強力に阻害するという報告はありましたが[1]、ピモジドの持つドパミンD2受容体遮断作用による副作用発現のリスクから疼痛治療薬への応用は困難であると考えられていました。そこで我々は、ピモジドの構造に適切な修飾を加えることでD2受容体に対する親和性を低下させ、T-channel阻害活性を維持・増強させることを目標に、有機合成を担当する富山大学の豊岡尚樹教授・岡田卓哉助教らとの共同研究を進めてきました。その結果、ピモジドと同程度のT-channel阻害活性を持ち、さらにD2受容体結合親和性の低いピモジド誘導体3a、3s、4を得ることができました(図1)。これらの化合物は、マウスを用いたin vivo実験において、T-channel依存性の体性痛および内臓痛を抑制し、さらに、ピモジドと異なり、鎮痛用量ではD2受容体遮断作用による錐体外路障害や協調運動能低下を起こさないことも分かりました。これらの結果より、ピモジド誘導体3a、3s、4は新規T-channel阻害薬として難治性疼痛の治療に応用可能であることが強く示唆されました。
本研究では、富山大学のグループとの議論を重ねてデザインした各種ピモジド誘導体のT-channel依存性電流に対する阻害活性をwhole-cell patch-clamp法を用いて評価し、強いT-channel阻害活性を示した化合物について、放射性同位元素を用いた受容体結合実験によりD2受容体親和性を評価しました。実験を進めていく中で、各種ピモジド誘導体の構造のどの部分がT-channel阻害活性やD2受容体親和性に関与しているかが次第に明らかになっていきました。特に、ピモジドのbenzoimidazole骨格にphenylbutyl基を導入することで、D2受容体への結合親和性が大きく低下することを見出だせたのは大きな成果だと思っています。
多数の新規化合物の薬理活性を解析するという探索的研究であったため、想定とは異なる結果が得られることが多くありました。例えば、ピモジドそのものにphenylbutyl基を導入するだけで、T-channel阻害活性を保持した状態でD2受容体親和性を低下させられるのではないかと考えましたが、実際に実験を行ってみると、このような構造変化によってD2受容体親和性のみならずT-channel阻害活性もなくなってしまいました。これ以外にも予想外の結果に遭遇することはありましたが、先生方のアドバイスを頂き、一緒に研究を行っている後輩とのディスカッションを通して諸問題を解決することができました。
今回の論文は、化合物のデザイン・化学合成から薬効解析に至る幅広い分野の技術を駆使して得られた研究成果をまとめたものです。研究者一人がすべての分野の研究技術を完璧に獲得することは難しいと思いますが、多様な研究者が関与する新薬開発では、自身の研究分野に固執することなく幅広い分野の最先端の情報を常に取り入れていくことで研究者間の相互理解を深化させていく必要があることを、今回の研究を通して強く感じました。
今回の論文を作成するにあたり、先生方はじめ、多くの方に助けていただきました。また、研究を行う中で、自分の知識というものがいかに偏ったものであるかということを実感しました。しかし、先生や研究室のメンバーとのディスカッションや学会発表などを通じて、問題への対策や自分にはなかった視点からの考え方を学ぶことができました。もちろん、多様な問題の対応策を自分自身で考えることはとても大切ですが、疑問点を研究室内外の研究者にぶつけていくことも必要だと改めて感じました。研究の中で遭遇した問題について、一通り自分自身で考えて答えが出なかったら、是非、周囲の人と積極的な議論をしていただきたいと思います。
最後になりますが、本研究を遂行するにあたり熱心にご指導いただきました、川畑篤史教授、関口富美子准教授、坪田真帆講師、化合物合成の面でご協力いただきました富山大学の豊岡尚樹教授、岡田卓哉助教にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。
[1] C.M. Santi, F.S. Cayabyab, K.G. Sutton, J.E. McRory, J. Mezeyova, K.S. Hamming, D. Parker, A. Stea, T.P. Snutch, Differential inhibition of T-type calcium. channels by neuroleptics, J. Neurosci. 22 (2002) 396–403.
名前:笠波 嘉人(かさなみ よしひと)
所属:近畿大学大学院 薬学研究科 薬学専攻 病態薬理学研究室 D3
研究テーマ: 疼痛(末梢神経障害)
略歴:
2020年3月 近畿大学 薬学部 医療薬学科 卒業
2020年4月~現在 近畿大学大学院 薬学研究科 薬学専攻