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日本
FUJIFILM Finechemical News ── 研究者へのインタビュー 分子間および分子内ラジカル反応を活用したタキソールの全合成

今回は、東京大学・大学院薬学系研究科・天然物合成化学教室の今村 祐亮 (いまむら・ゆうすけ) 研究員にお願いしました!

今村さんの所属される天然物合成化学教室・井上将行研究室では、タンパク質をはじめとする生体高分子へ強力に作用する極性官能基が密集した天然物と、 生体高分子そのものの機能をもちうる巨大ペプチド系天然物の全合成研究に注力されており、これまでにもさまざまな複雑天然物の合成研究を報告されてきました。
今回、今村さんらの研究グループは、臨床上でも非常に有用な抗がん活性天然物タキソールの新規全合成経路を構築し、その有用性を示すことに成功しました。

タキソールの全合成と言えば、ケムステ読者には最早説明不必要な偉業と言えると思います。現在までに僅か十数例しかなかった本研究テーマを新たな視点から紐解き直した今回の研究は、まさに有機合成化学の新たな一ページとなるでしょう!本研究成果は Angewandte Chemie International Edition に掲載されるとともに、プレスリリースとして公表されました。

Total Synthesis of Taxol Enabled by Inter- and Intramolecular Radical Coupling Reactions

Yusuke Imamura, Kyohei Takaoka, Yuma Komori, Masanori Nagatomo, Masayuki Inoue

First published: 16 January 2023, e202219114

https://doi.org/10.1002/anie.202219114
 

Taxol is a clinically used drug for the treatment of various types of cancers. Its 6/8/6/4-membered ring (ABCD-ring) system is substituted by eight oxygen functional groups and flanked by four acyl groups, including a β-amino acid side chain. Here we report a 34-step total synthesis of this unusually oxygenated and intricately fused structure. Inter- and intramolecular radical coupling reactions connected the A- and C-ring fragments and cyclized the B-ring, respectively. Functional groups of the A- and C-rings were then efficiently decorated by employing newly developed chemo-, regio-, and stereoselective reactions. Finally, construction of the D-ring and conjugation with the β-amino acid delivered taxol. The powerful coupling reactions and functional group manipulations implemented in the present synthesis provide new valuable information for designing multistep target-oriented syntheses of diverse bioactive natural products.

本研究を現場で指揮された、天然物合成化学教室 講師の 長友 優典 先生より、今村さんの人柄についてコメントを頂戴しました!

今村君は誠実かつ明朗快活であり、几帳面に見えて、たまに “愛すべき隙” のある人間味あふれる人物です。タキソールの全合成では、タキサン骨格構築の仕方、極性官能基導入法やその配列順序を、膨大な可能性の中から絞り込まなければなりません。さらに合成計画を立てることと、その計画を実行・実現することはまた別問題です。今村君は、深い洞察に満ちた精密な実験を繰り返して、一工程ごとに直面する課題を一つ一つ解決し、全合成を完遂してくれました。

誰しもがそうですが、今村君も最初から合成研究に卓越していたわけではありません。かつて、副生成物 S16 の構造を独力では決定できなかった彼が、最終的に予期せぬ副生成物 33 を二次元NMR情報だけで独力で構造推定し、X 線結晶構造解析結果を私に持ってきたときに、タキソールの全合成という難解な課題を通した、彼の総合力の成長を感じました。彼の不断の努力と、予期に反した結果を成功へと転換した強い意志に、敬意を表します。

今後も本研究で培った抜群の科学的・論理的思考力、合成化学力を活かし、新天地で目覚ましい活躍を遂げると期待しています。

長友 優典

それでは、インタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

タキソールはタイヘイヨウイチイの樹皮より単離された天然物です。本天然物は顕著な抗がん活性を示し、乳がん、卵巣がん、肺がんなどの治療薬として、広く臨床利用されています。その強力な抗がん活性は、特異な炭素骨格上の多数の極性官能基の三次元的配列に起因し、タキソールはその構造的特徴として、6/8/6員環が高度に縮環した3環性炭素骨格上に、歪みのかかった橋頭位オレフィンやオキセタン環、8つの酸素官能基および9つの不斉中心を有することが挙げられます。
我々は、まず、分子間および分子内でのラジカル反応を駆使した収束的な合成戦略により、タキソールの3環性骨格を効率的に構築しました。続いて、分子骨格の三次元構造や酸素官能基の保護基、酸化度の違いを活用した位置および立体選択的な官能基変換を経て、タキソールの全合成を総 34 工程で達成しました。
多数の酸素官能基で修飾された複雑な構造の中間体にも適用可能な本合成戦略は、タキソールをはじめとした多くの複雑天然物の合成へと応用可能であり、有機合成化学の進化を加速することが期待されます。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

アセチル基の転位反応に特に思い入れがあります。この反応を見出したきっかけは、別の反応の検討中に生じた副生成物でした。検討中に少量得られた副生成物をしっかり単離、同定したところ、有用な合成中間体候補になりうる構造であることが分かり、その副生成物を目的とする反応の検討を行いました。結果的に所望の転位反応は完全な位置選択性で進行し、この反応は多くの酸素官能基を有する中間体の保護基戦略を決定づけ、全合成を大きく進める一手となりました。この経験を経て、改めて生成物の同定の大切さを実感しました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

込み入った C7 位への立体選択的な酸素官能基導入です。通常、エノンのγ位酸化や、ジエノールエーテルとの酸素 Diels–Alder 反応などで所望の位置に酸素官能基を導入しますが、後の異性化反応でわかるようにプロトンすら近づけない C7 位に立体選択的にβ配向のヒドロキシ基を導入するのは非常に困難な課題でした。最終的には共役エノンから、非共役エノンへの異性化とブロモヒドリンを経由したエポキシ化により、位置および立体選択的にヒドロキシ基を導入することに成功しました。この変換を含め、共著者の高岡君、小森君と一緒に行った、未掲載の数々の検討を経て、現在のルートに到達しました。合成前半部では、研究室の卒業生である吉岡博士が確立した 1-ヒドロキシタキシニンの全合成スキームを活用しています。このように、表では見えない数々の挑戦と、井上先生、長友先生をはじめとする研究室メンバーとの不断のディスカッションのおかげがあってこそ、この困難な課題に立ち向かえたのだと感じます。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

今年の4月から、製薬企業で研究職に従事する予定です。これまで、井上研で6年以上の間、複雑天然物の全合成研究に挑戦して、多数の官能基を持った複雑な中間体に対する様々な反応条件の検討を経験し、確実に有機合成化学の能力を磨いてきました。こうした経験は、研究室だけではなく、企業の研究においても活きる普遍的な能力だと思います。これからは、いままで研究室で培った能力を活かして、有機合成の力で新薬の開発に貢献したいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!

ここまで読んでくださりありがとうございました。タキソールの全合成がこれまでに約 30 年間で 14 例、2020 年以降では我々を含め 4 例が報告されていることから分かるように、タキソールは長年に渡って多くの有機合成化学者を魅了する全合成標的です。それぞれの合成例がその時代の有機合成における最新の戦略と戦術の変遷を表してきました。ぜひ、皆様も我々の全合成を含め、それぞれの全合成例を見て、矢印の中の有機合成化学者の苦悩や喜びに思いを馳せて欲しいと思います。

略歴にある通り、私は大学院入試での出願ミスで他の人より ‟少しだけ” 長く修士課程を行うことになりました。当時は非常に辛く、落ち込みもしましたが、その間も井上先生をはじめとする周囲の方々に支えられて、研究を続けてきました。その結果、修了するまでに本成果を仕上げることができ、さらには修了生総代として総長の前で答辞を述べる栄誉に浴することができました。改めて、本研究を遂行するにあたり、最高の環境と多大なご指導を賜りました 井上将行 教授、長友優典 講師に厚く御礼申し上げます。

また、このような貴重な機会をくださいました Chem-Station のスタッフの皆様に感謝申し上げます。