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FUJIFILM Finechemical News
研究者へのインタビュー

フルオロシランを用いたカップリング反応
~ケイ素材料のリサイクルに向けて~

今回は、大阪府立大学 大学院理学系研究科(松坂研究室)・山本大貴さんにお願いしました。

ケイ素-フッ素結合は自然界でもっとも強固な結合の一つであり、有機合成でもSi-F結合形成を駆動力とした変換法は多数開発されています。一方でこの結合を切断するにはどうすればいいか?と問われると、すぐには思い付きません。本研究ではパラジウム・ニッケル触媒の新たな特性を開拓し、この困難な結合変換を見事に成し遂げています。J. Am. Chem. Soc.誌 原著論文およびCover Pictureプレスリリースに公開されています。

“Fluorosilane Activation by Pd/Ni→Si–F→Lewis Acid Interaction: An Entry to Catalytic Sila-Negishi Coupling”
Kameo, H.; Yamamoto, H.; Ikeda, K.; Isasa, T.; Sakaki, S.; Matsuzaka, H.; García-Rodeja, Y.; Miqueu, K.; Bourissou, D. J. Am. Chem. Soc. 2020142, 14039–14044. doi:10.1021/jacs.0c04690

研究を現場で指揮された亀尾 肇 准教授から、山本さんについて以下のコメントを頂いています。昨今のコロナ禍でどのラボでもかなりの負担がかかったと思われますが、それでも歩みを止めない姿勢は今後とも人生の貴重な糧になることと思われます。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

山本君はプロ野球好きで、その手の話になると話が止まらず、帰るのも忘れて話をし続けています。その情熱は研究にもよく発揮され、ケイ素‒フッ素結合の変換に関する難しい研究テーマに本当に粘り強く取り組んでくれました。特に、先輩らが苦労した化合物の単離を数多く達成できたのは、山本君の実験化学者としての高い能力を示すものでした。コロナ禍の大変な時期に論文を完成させる実験をきっちりとやり遂げた経験は、山本君が研究者として成長してゆく糧になると思います。これからも研究を始め様々な事に挑戦し、情熱を持って取り組んでくれることを期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

私たちのグループの研究では σ電子受容性 (Z 型) 配位子として作用する反応基質が求核的に活性化されることに注目して、研究を行っています。今回、その求核的な活性化を鍵要素とすることで、強固なケイ素‒フッ素結合の切断を実現し、フルオロシランの触媒的な変換を世界に先駆けて達成しました

ケイ素‒フッ素結合はケイ素が形成する最も強固な結合です。さらに、フルオロシランと遷移金属との間には強い軌道相互作用が形成されにくいため、分子性触媒を用いてフルオロシランを変換することは困難でした。今回の研究は、Z 型配位子として作用しているフルオロシランに Lewis 酸を作用させることで、ケイ素‒フッ素結合が切断できることを先輩方が見出したことから始まりました。その知見に基づいて触媒反応への展開を図り、根岸カップリングの反応条件下で、様々な Lewis 酸の添加効果を検討する中で、Mg 塩の存在下で目的のアリール化が実現できることを見出しました。さらに、Pd→Si‒F 相互作用を有する反応中間体を単離して、Z 型シランから X 型シリル配位子への鍵となる変換が可逆的に進行することも明らかにしました。本研究のアプローチは、その他の強固な結合の変換にも適用できるものと期待されます。
ケイ素にはフッ素などの電気陰性な原子との間に強固な結合を形成する特性があります。そのため、ケイ素化合物は耐久性と耐熱性の高さが求められる半導体や医療素材などで使用されています。その一方で、強固なケイ素‒フッ素結合を変換する技術は乏しく、リサイクルすることはさらに困難とされてきました。最も強固なケイ素‒フッ素結合を変換する本研究の成果は、ケイ素化合物のリサイクル技術を実現するための知的基盤になると期待されます。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

大阪大学の生越先生大橋先生のグループが、ヨウ化リチウムなどの Lewis 酸とパラジウム錯体との協同効果により、テトラフルオロエチレンの炭素‒フッ素結合の活性化を実現していました。そこから着想を得て、Z 型配位子として作用しているフルオロシランにヨウ化リチウムを作用させて、ケイ素‒フッ素結合の切断を達成しました。しかし、リチウム塩の存在下ではカップリング反応を検討しても触媒反応は効率的に進行しませんでした。そこで、様々な Lewis 酸を検討したところ、臭化マグネシウムなどのマグネシウム塩を用いると、1当量の添加でもフルオロシランのアリール化がほぼ定量的に進行しました。そのとき、Lewis 酸の絶大な効果に感動したことを覚えています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

ニッケル錯体を用いた実験はいずれも再現性を高めることに苦労しました。特に、ケイ素‒フッ素結合切断の反応生成物であるニッケルシリル錯体は空気や水分に対して不安定であり、細心の注意を払い何とか単離にまでこぎつけました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

素材開発の研究に携わりたいと考えています。研究生活を通じて本質を考える力を磨き、生活を豊かにする画期的な新素材の開発に携わりたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

Chem-Station は学部生の頃から楽しく拝読していましたが、まさか自分に寄稿の機会を頂けるとは考えておりませんでした。貴重な経験を頂き感謝申し上げます。
最後にこの場をお借りして日頃よりご指導くださった松坂先生、亀尾先生、竹本先生をはじめとする松坂研究室の皆さま、並びにこのコロナ禍においても変わらず心身ともに支えてくれた両親をはじめ家族に深く感謝致します。