研究者へのインタビュー
今回のインタビューは東京大学豊田研究室の博士課程 1 年 岡美奈実さんと修士課程 2 年 季悦さんにお願いしました。
豊田研究室は、有機化学や高分子化学をベースに、”生命らしさ” を追求する合成化学の研究室です。具体的には、分子集合体のダイナミクスを誘導することで,階層化した時間発展システムや,階層化した機能をもつ物質をつくりあげることに力を注いでいます。今回、岡さんと季さんは、高分子の新しい合成法を開発し、その成果を Chemistry-Methods 誌に報告しました。Chemistry-Methods 誌は、化学的方法論の開発における高いインパクトの研究のみを掲載する目的で Wiley が新たに創刊した論文誌です。今回の報告はその記念すべき創刊号の表紙を飾り、さらにプレスリリースとしても発表されるなど、高く評価されています。その表紙のデザインは、本記事のトップ画像としても使用させていただいております。
“Recyclable Heterogeneous Radical Generators Toward In-Flow Polymer Elaboration System”
Ji, Y.; Oka, M.; Honda, S. Chemistry–Method 2021, 1, 12-16. DOI: 10.1002/cmtd.202000016
Front Cover (Chemistry-Methods 1/2021) DOI: 10.1002/cmtd.202000060
岡さんと季さんを直接指導した本多先生より、お二人の人物像について、コメントをいただくことができました。
この研究成果は、実は二人がそれぞれメインで進める研究ではなく、いずれからみてもサイドワークにあたる内容です。しかしながら、とても対照的な性格の二人が少ない時間で最高の出来栄えにしてくれました。この二人でなければ出来なかったと思います。筆頭著者の季さんの性格は、なんでもやってみてから考える猪突猛進な伊之助タイプです。第二著者の岡さんの性格は、じっくりじっくり考えて研究の急所・隙の糸を確実に見極めて行動する炭治郎タイプか、またはこの後の話題にもでてきますがスターウォーズのジェダイ・マスター・ヨーダです。実際のところ、岡さんが持ち前の努力と忍耐で確立してきた合成法・化合物群を、季さんがガトリングガンのように様々な方面にぶっぱなし、その光景を私は高みで見物していました。このキャラ設定での研究が型にはまり、見事、二人は阿吽の呼吸の使い手となり、私は二人の報告に「あ、うん」と華麗に返す相槌の呼吸の使い手となったのでした。
さて、この研究を論文としてまとめる際には、もう一つ、圧倒的な才能の活躍がありました。それが、岡さんの書道の師範としての一面です。詳しくは、Chemistry-Methods創刊号のCover Profile で紹介してもらっていますが、ショドー・マスターという言葉の響きにはジェダイ・マスターに通じる深遠さがあります。岡さんの書を是非とも表紙に使いたいと編集委員から連絡があり、創刊号の表紙にして頂きました。こんなことがあると、きっとこれからも様々な文字や構造式をショドー・マスターに書いてもらってグラフィカルアブストラクトにする、というパターンになりそうです(どなたか既にやっていて、実は我々が二番煎じでしたらごめんなさい笑)。今回はごく簡単なモノマーとポリマーの構造式を書いてもらいましたが、複雑な構造式になればなるほどカッコ良さそうなので野望は尽きません。ちなみに、実際に書くのは結構大変だそうなので、もしこの記事を読んだ方からの御依頼があれば有料にて受け付けてくれるかもしれません(笑。流石にショドー・マスターの仕事ですからねー)。
そんな若き阿吽の呼吸の使い手たちが、このインタビューでどんな阿吽の呼吸をみせてくれるのか、私も楽しみにしています。
それでは、岡さんと季さんのコンビネーションに注目して、インタビューをお楽しみください!
(季)私たちはシリカに担持されたラジカル発生剤を開発し、そのシリカを充填したカラムを利用して、フロー法によるラジカル重合を実現しました。
ロフィンの酸化やヘキサアリールビイミダゾール (HABI) の光開裂により生じる 2,3,4-トリフェニルイミダゾリルラジカル (TPIR) は比較的安定なラジカルで、空気中でも存在できます (図1)。
そのように空気中でも安定な TRIR ですが、チオールから水素を引き抜くことができ、それによりチイルラジカルを与えてラジカル重合を引き起こします。この性質を利用して、TPIR とチオールはラジカル重合に広く利用されてきました。しかし、その際に副生成物として生じるロフィンは、光の吸収によって生成物の安定性に影響する可能性があります。私たちはロフィンをシリカに担持して、そのシリカをカラムに充填し、そこに酸化剤の溶液を流すことで TRIR を発生させました。その後チオールとビニルモノマーの溶液をフローさせることで、フロー法による重合を実現しました (図2)。ロフィンをシリカに担持したことにより、ラジカル反応後に生じるロフィンはポリマーと共に流れ出ることなく、さらなる精製が必要ありません。また、酸化剤の溶液をもう一度フローさせることで、このラジカル発生剤は再利用できます (図3)。
このラジカル重合法は、安全性、簡便性、リサイクル性に優れており、重合反応以外のラジカル反応への発展も期待できます。私たちの研究によって、ポリマー科学の専門家でなくても容易にポリマーを合成できるようになれればいいと期待しています。
(岡)本研究は当初、本多先生と私とで始めました。私にとって初めての架橋高分子合成で、とてもワクワクしたことを今でも覚えています。しかしながら、修士論文の提出期限が迫ってきたため、詳細な検討は後輩の季さんに託すことにしました。彼女は「どうしたらそんなに綺麗にできますか?」「私の雑な方法を知りたいですか?」と自ら言うほど細かいことが気にならない性格です(笑)。私の性格とは対照的なので、少し(いや、だいぶ笑)不安でしたが、今では彼女に託して良かったと思っています。私にとっては、研究の進展と後輩の成長を同時に見ることができた思い出のテーマとなりました。特に、ピペット中での初めてのActivation操作(図3)の瞬間は3人で見守りましたが、修士1年生からやってきたロフィンの酸化がこのような形でまとまったことは感慨深いです。
また、本研究は創刊号の表紙を飾ることができました。技術が進歩した今の時代にあえてコンピュータから極力離れ、筆・半紙・和紙等を用いることにこだわりました(というと少しかっこいいですが、コンピュータが苦手なだけです笑)。書道らしさを残してどう構造式を書くか、どの和紙のどの部分を切り貼りするか(図4)試行錯誤しました。工夫点や思い入れのある箇所を挙げたらきりがないですが、これほどまでに和を取り入れたデザインが海外の方に評価されたのは非常に嬉しいです。
(季)実はこの研究はスムーズに進み、ほとんどの実験の結果は予想通りのものでした。しかし、ラジカル開始剤を担持したシリカの写真撮影に関して、苦労した面白いエピソードがあります。そのエピソードを再現するために、私が撮影した写真を下に示しています(図5)。これらに似た写真をいくつか撮影し、本多先生に見せました。私はこれらのうちの一つは論文に使えるものがあるはずだと考えていましたが、本多先生はそれらの写真を拡大して、全ての写真の明度、影、バイアルの隅などについてダメ出ししました。私にはそれらの写真の違いが本当にわかりませんでした (私にとっては、生成物の状態を伝えるのに、どの写真を使っても誤解を生じることはないと考えていました)が、もう一度たくさん写真を撮りました。私は良い写真の条件がわかっていなかったので、案の定、本多先生は再撮影された写真に納得しませんでした。最終的に、本多先生が自ら写真を撮影し、この写真騒動は収まりました。実際に論文に掲載されたのは、本多先生が撮影した写真で、その写真に満足そうでした。(論文の写真に注目してみてください。ズームすることを忘れずに!) この経験を通して、私の目の解像度は低く、本多先生の目の解像度は高いことがわかりました。実際、私たちのラボには、さらに非常に高い解像度の目の持ち主がいます。それは、書道師範の岡さんです。私は、書道を学ぶことで目の解像度を高められるのだろうか、と疑問に思いましたが、この疑問を立証するための実験はまだデザインできていません。
本多先生が撮影し、実際に論文に掲載された写真 (下)
(岡)本来であれば今頃、とある大手化学メーカーの研究職に就いているはずでした。しかし、研究職という夢を叶える権利を得たにもかかわらず、本多先生の魔の手に導かれて今ここにいます(笑)。現時点では将来は未定ですが、世の中を変えたり人々を笑顔にしたりできる新しい材料を生み出すことに、何かしらの形で携わり続けたいです。
(季)去年の四月から、コロナ禍により自分で料理するチャンスが増えました。それから料理することと実験はほぼ同じだと思っています。「クラシル」とかのアプリはまさに(家庭)料理界のscifinderです!同じ料理(生成物)としても、レシピ(合成法)がたくさんあります。いろいろなレシピを比較して、持っている食材(試薬)を使って作ります。レシピ(論文)通りにやってもうまくいかない場合はノウハウがあるからです。(雑ですが)物性評価は目、鼻、口で行います。それに、本当の化学の知識も使えるし、もし論文出したいなら、自分のレシピをアップロードするのもできます。
私の将来はこんな風に化学と関わっていこうと思います。
(岡)人生は必ずしも思うようにいくとは限りません。私は小学生の頃、競泳の初全国大会の一週間前に病気になり、大会当日をベッドで迎えました(復帰して元のレベルに戻るまでに1~2年かかりました)。また、中学、高校、大学受験では一度も希望通りの結果にならず、浪人してもなお希望は叶いませんでした(堂々と言わずに少しは懲りてほしい笑)。さらに、上述の通り社会人にもなりそびれてしまいました。唯一優れていた(?)書道も、師範をとって以降、忙しさの余り筆を持たなくなりました。でも、今思えば、競泳の挫折から立ち上がった経験が今の根気強さを生み、これまで歩んできた道での経験や素敵な出会いのすべてが今の私をつくっています。今回の表紙で8年ぶりに筆を持ちましたが、書道をやっていなかったらこのようなチャンスは訪れなかったかもしれません。私の人生はまったく思い通りではありませんが最高です!
人生を語るにはまだまだ経験が浅すぎますが、読者の皆さんの“失敗”や様々な経験がいつか大きな成功に繋がることを祈っています(*^^*)
(季)私が好きな言葉をシェアしたいです。ニトリ会長の似鳥昭雄さんが言った「短所ありを喜び、長所なきを悲しめ」です。短い人生で、ずっと短所を直そうとしたら、疲れるし、コスパも最低です。コスパ最高の人生を過ごしたい方々(私もそうです)、この言葉をちゃんと考えたら自分の目標に近くなると思いますよ。
【名前】岡 美奈実(おか みなみ)(写真左)
【所属】東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 D1
【研究テーマ】光刺激で切断・再生可能なスターポリジメチルシロキサンネットワークの合成とその粘弾性制御
【趣味・特技】水泳、スキー、書道、手芸、お昼寝、終電駆け込み(笑)
【名前】季 悦 (き えつ)(写真右)
【所属】東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 M2
【研究テーマ】光可逆的に切断可能な部位を持つ擬ラダーポリマーの合成
【趣味・特技】日本語 (笑)
本記事の一部の季さんからの回答は、英語で回答していただいたものを日本語訳したものです。英語でいただいた回答は、以下の通りです
In this study, we fabricated silica-supported radical generators and realized in-flow radical polymerization using column packed with resulted silica.
TPIRs, generated from oxidation of lophine or photo-cleavage of HABI (Figure 1), are relatively stable radicals even in air, but they can abstract hydrogen from thiol and produce thiyl radicals to induce radical polymerization. Taking advantage of this property, TPIR and thiol system has been widely used in radical polymerization, but the side product, lophine, possibly affect the stability of product due to absorbing light. While in this study, we fixed lophine to silica, packed the resulted silica in column and flowed solution of oxidants to generate TPIRs. Then by flowing solution of thiol and vinyl monomer, we realized in-flow polymerization (Figure 2). Owing to fixation, generated lophine after radical reaction can be isolated from polymer without extra purification. What’s more, such radical generator can be reused by flowing solution of oxidants again (Figure 3).
Our strategy for radical polymerization is superior for safety, facility and recyclability, and it is potential for more radical reactions besides polymerization. We hope this study will help those are not professional in polymer science to synthesize polymer conveniently.
Actually, this study proceeded smoothly and results of most experiments were just as expected. But there was an interesting episode when I took pictures of silica-supported radical generators. To reproduce the episode as long as possibly, pictures I took were presented here. I took several similar pictures (Figure 5) and the showed them to Dr. Honda. I thought there must be one picture is satisfying, while Dr. Honda zoomed those pictures and critically commented all of them, about their sharpness, shadow, edge of vial and so on. Although I could not really tell the difference among these pictures (I thought at least none of them would lead to misunderstanding of the state of product), I took more pictures again. Of course none of re-taken pictures was satisfying to Dr. Honda, because I did not understand the criteria of a good picture. The problem was not solved until Dr. Honda took the picture by himself, which was presented in the final paper. He seemed to be satisfied about the final picture (Please pay more attention to our presented pictures! Remember to zoom it !). Through this episode, I realized that I have low-resolution eyes, while Dr. Honda has high-resolution eyes. Actually, in our lab someone has super-high-resolution eyes. She is the Shodo master, Oka. I consider if learning Shodo can enhance the resolution of people’s eyes, but I have not designed experiment to testify this point.