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日本
FUJIFILM Finechemical News
研究者へのインタビュー
無保護カルボン酸のラジカル機構による触媒的酸化反応の開発

今回は、九州大学 薬学研究院 環境調和創薬化学分野(大嶋研究室)田中津久志(たなかつくし)さんにお願いしました。

大嶋先生の研究室は、環境調和性を志向した無保護ヘテロ原子官能基の実用的な修飾反応の開発に精力的に取り組んでいます。
今回取り上げる研究は、無保護カルボン酸のα位を選択的に酸化する新たな手法の開発です。本研究は、Journal of American Chemical Society誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています(取り上げるのが遅くなってしまいました、すいません!)。

“Chemoselective Catalytic α-Oxidation of Carboxylic Acids: Iron/Alkali Metal Cooperative Redox Active Catalysis”
J. Am. Chem. Soc. 2020142, 4517–4524. DOI: 10.1021/jacs.0c00727

本テーマを担当されていた大嶋研究室の矢崎助教から、田中さんについて以下のコメントを頂いています。

田中くんはこれまでラジカル型の反応開発に取り組んできました。もともと大嶋研究室では馴染みのなかったケミストリーであったため、高難度のテーマでありましたが、化学が非常に好きなことに加えて、ハードワーカーあるために素晴らしい結果を得るためにそれほど時間はかからなかった印象です。田中くんは反応開発のおける卓越したセンスもさることながら、その反応機構解析も詳細に行うことで、予想もしなかったような新たな知見をこれまで多くに発見してきました。今回の研究内容であるカルボン酸の酸化反応では、カルボン酸のエノラート化は等量以上の塩基が必須という私の個人的な固定観念を打ち破るような結果を見出してくれました。研究開始当初こそ、先輩や私がアドバイスをしておりましたが、最近では私がアドバイスや意見をもらう場面も多いです。現在もこれまでの知見を活かした研究や、新たな試みなど興味は尽きないようで、田中くんのこれからのケミストリーの展開がとても楽しみであると同時に、あと一年程度しか一緒に研究できないという少し残念な気持ちです。

もっと一緒に研究したいと思える研究者、良いですね!
あと1年間、これまで以上の新しい発見を求めて研究に没頭してくれるでしょう。

大津会議への参加なども経験し、今後の成長と活躍が期待される田中さんのインタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回の研究では、化学量論量の外部塩基を必要としないカルボン酸のエノラート化とラジカル機構によるカルボン酸のα-官能基化反応を世界で初めて達成しました。カルボン酸はエステルやアミドといったカルボニル系官能基の原料や、レドックス反応におけるラジカル前駆体として汎用される合成化学的に重要な化合物です。そのため、より多様な化合物を簡便に合成するためにカルボン酸の効率的な化学修飾法の開発は重要な研究課題です。カルボン酸の化学修飾法を開発する上で、従来法ではカルボン酸特有の酸性プロトンを中和するために化学量論量の外部塩基が必要でした。また、古典的な二電子型反応を補完しうるラジカル反応に適用可能な触媒系は達成されていませんでした。さらに、カルボン酸は遷移金属等を用いるレドックス活性条件において容易に脱炭酸が進行し、ラジカル源として広く利用されています。そのため、レドックス活性条件下で脱炭酸を伴わないカルボン酸のエノラート化法にはより温和な条件が求められます。

このような背景のもと、Brønsted塩基触媒としてカルボキシラート(カルボン酸とモレキュラーシーブスにより系中発生)を、レドックス活性なLewis酸触媒として鉄を利用したカルボン酸の新規エノラート化機構を開発しました。そして、本触媒系を用いることでラジカル機構によるカルボン酸のα-酸化反応を達成しました。また、本研究では詳細な反応機構解析により、鉄とアルカリ金属が協働することでカルボン酸の効率的なエノラート化が達成されていることを明らかにしました。本機構により、本反応ではケトンやエステル、アミドといったカルボニル化合物共存下におけるカルボン酸の化学選択的なα-酸化反応を達成しました。また、今回開発した触媒系はカルボン酸の多様なラジカル型修飾反応の開発基盤として重要な知見を与えるものであると我々は考えています。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

最も思い入れがあるのは、モレキュラーシーブスに反応促進の効果があることが分かったところです。後の反応機構解析実験によって、モレキュラーシーブスがアルカリ金属源として機能して反応を促進していることが明らかになりましたが、研究開始時にはこのことは全く想定していませんでした。
最適化の初期段階においてカルボン酸の酸性プロトンを中和するために炭酸ナトリウムを添加しており、モレキュラーシーブスは副生する水を取り除く目的で加えていました。反応条件の最適化を進める中で、塩基非添加のネガティブコントロールを取ろうとしたところ、収率はほぼ変化しませんでした。そこでモレキュラーシーブスを抜いてみたところ、収率が劇的に低下してとても驚いた記憶があります。同時に「これはメカニズム解析のしがいがあるぞ」とテンションが上がった瞬間でした。肝心の「なぜアルカリ金属が良いのか?」についてはまだよく分かっていないので、今後の重要な研究課題です。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

目的物の精製です。基質一般性の検討では生成物をカルボン酸のまま単離したかったのですが、特に電子吸引性基の付いた基質では副生成物(おそらくテトラメチルピペリジン)との分離が困難でした。本反応ではTEMPO由来のテトラメチルピペリジンの生成が確認できているので、カルボン酸と塩を形成しているのではないかと考えています。色々試したのですが生成物の安定性もそれほど高くなく、泣く泣くエステル化して基質一般性のテーブルを埋めました。しかし、カルボン酸の化学修飾反応ではカルボン酸として単離できることが理想だと思うので、カルボン酸を扱う研究にまた取り組む機会があれば、カルボン酸のまま単離することにこだわりたいと考えています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

今後は様々な側面から化学に触れて研究者としての視野を広げたいと考えています。そのため、卒業後の進路は企業就職を選択しました*。企業では大学とは全く異なる価値観の研究に触れられると思うので、今はそのことにとてもワクワクしています。その後自分がどのようなキャリア歩むかは分かりませんが、どのような形であれ、化学で社会的課題の解決に取り組み、知を社会に還元できる研究者になりたいと考えています。

  • * インタビュー時期は博士課程2年
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私にとっての大学での研究を一言で言うと「自己表現」でした。自分の興味と知識をもとにコンセプトを考え、それを実現するために日々模索する研究生活はやりがいに満ちていました。この経験から、研究生活をより楽しむためには自分なりのこだわりを持ってやりたいことに取り組むことが大事だと考えています。そして、その人の「哲学」から生まれたアイデアには「その人らしさ」が宿り、独創的な研究に繋がるのだと私は信じています。

最後になりましたが、熱心なご指導に加え、自由な研究環境を与えてくださった大嶋先生、矢崎先生、友人かつライバルとして切磋琢磨してくれた同期の近藤くん、そして個性豊かな2研のメンバーをはじめとする研究室の皆様に感謝申し上げます。また、このような貴重な機会をくださったChem-Stationスタッフの方々にも深く感謝いたします。