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日本
FUJIFILM Finechemical News
研究者へのインタビュー
離れた場所で互いを認識:新たなタイプの人工塩基対の開発

今回のインタビューは、東北大学多元物質科学研究所(永次研究室)・岡村 秀紀 助教にお願いしました。

皆さんは「人工塩基対」をご存じでしょうか。(筆者は今回初めてお聞きしました。)自然界のDNAに含まれるA, T, G, Cとは異なる塩基対を人工的に作成した塩基対を指すそうです。人工塩基対は1989年に世界で初めて報告され、その後も複数のグループから構造の異なる人工塩基対が報告されています。既存の人工塩基対は、正しい核酸塩基を識別する性質二重らせん構造を安定にする性質が十分ではありませんでした。今回ご紹介するのは、上の2つの性質を兼ね備えた人工塩基対を開発したという成果です。Nucleic Acids Research 誌 原著論文とプレスリリースに公開されています。

Selective and Stable Base Pairing by Alkynylated Nucleosides Featuring a Spatially-Separated Recognition Interface
Okamura, H.; Trinh, G. H.; Dong, Z.; Masaki, Y.; Seio, K.; Nagatsugi, F. Nucleic Acids Research202250, 3042–3055.  doi:10.1093/nar/gkac140

研究室を主宰されている永次 史 教授から、岡村先生について以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

岡村くんが私の研究室に赴任してから約4年経過しました。この間、今回の研究をはじめとして次々に新しいアイディアで研究を始めています。研究室の学生が少ないこと、また研究室には修士課程からしか学生さんが来ないことなど悪条件の中、自ら実験を行い非常に興味深い研究成果を得つつあります。有機合成の知識、技術は素晴らしく、多工程の化合物もあっという間に合成してしまうという高い能力を持っています。今後、さらにどのようなアイディアで新しい化合物を設計・合成するのか、非常に楽しみにしています。また岡村くんは帰国子女(条件には数カ月足らなかったとのことですが)であり、英語の会話も非常にスムースで、今回の研究成果も2人の留学生との共同研究(といってもほとんどの実験は本人によるものですが)です。学生さんとディスカッションをしながら研究を進めていくのを楽しみにしているのですが、学生さんが彼とディスカッションできるレベルまでになるには時間がかかるようで、もどかしさも感じているようです。

今後、さらに様々な経験を積み、より一層の飛躍を期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

DNAを構成する4種類の核酸塩基A, G, C, Tは、その並び方によって遺伝情報(タンパク質のアミノ酸配列)を保存すると同時に、相補的な塩基対を形成することで情報の伝達と発現を可能とします。もし、DNA中で機能する塩基対の種類を増やすことができれば、遺伝子発現を技術基盤とするバイオテクノロジーや創薬研究に大きく貢献できると期待されます。このような背景のもと、A-T, G-C塩基対とは独立して機能する人工的な塩基対の開発が活発に研究されています。しかし、これまでの人工塩基対は、正しい組み合わせの核酸塩基を識別する性質(塩基選択性)と、二重らせん構造を安定に維持する性質(熱的安定性)に課題を残していました。

そこで、今回私たちは、従来の人工塩基対がもつ課題を克服するために、NPu-OPzとOPu-NPzと名付けた二組の人工塩基対を開発しました(図1)。これらの人工塩基対は、「天然型塩基対とは空間的に離れた位置で水素結合を形成し互いを識別する」という、これまでの人工塩基対とは全く異なる分子設計を特徴とします。具体的には、母骨格であるプリン・ピリダジン環に、アルキンスペーサーを介して導入された核酸塩基のような構造(擬塩基)が水素結合を形成することで、相補的な塩基対を形成すると考えました。

これらの人工塩基対を二重鎖DNAに組み込み、熱変性温度(Tm値:二重鎖DNAの半量が一本鎖にほどける温度)に基づいて塩基対形成能を評価しました(図2)。その結果、NPu-OPzとOPu-NPzは天然型の塩基対に匹敵する熱的安定性を示すことを見出しました。また、これら4種類の人工塩基は、天然型のA, G, C, Tとは安定な対を形成せず、高い塩基選択性を示すこともわかりました。二重鎖DNA形成を基本とするDNAナノテクノロジーへの応用が可能であるほか、今後酵素を用いた複製や転写を実現することで、バイオテクノロジーや創薬研究に有用な分子ツールとなることも期待されます。

図1. ワトソン-クリック面とは離れた位置で互いを認識する新規人工塩基対(NPu-OPz, OPu-NPz)の分子設計

図2. 熱変性温度測定による4種類の人工塩基の熱的安定性と塩基選択性の評価結果

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

一番の思い入れは、分子設計です。新たな人工塩基対の設計に際して、これまでとは違うデザインコンセプトを組み入れることに重きをおきました。研究の独自性を出すことに加え、これまで知られていなかった化学的現象の検証や発見を期待できるはず!と考えたためです。色々と思案(ChemDraw上での膨大な量のお絵描きを含む)する中で、今回の分子設計にたどり着きました。独自に設計した分子を学生さんと一緒に合成し、狙い通りの機能を示すことがわかったときは、非常にうれしかったです。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

苦労した点の一つは、人工塩基対の認識様式の実証です。今回の分子設計のミソは、擬塩基同士が二重鎖らせんの外側で水素結合することです。しかし、二重らせんの外側には、無数の水分子がウヨウヨしています。このような親水環境下、水素結合が本当に形成されるのか明確にする必要がありました。そこで、人工塩基対を組み込んだ二重鎖DNAの二次元NMRを測定し、擬塩基間の水素結合を示すことにしました。測定自体は、多元研技術室の海原大輔さんのご助力のもと比較的スムーズにできたのですが、構造解析にはかなりの時間を要しました。水素結合形成を示す解析データが得られたので満を持して論文を投稿したのですが、レフェリーの一人に納得してもらえず、分子動力学計算も行うようコメントされました。そこで、東工大清尾研究室の正木慶昭先生に相談したところ、詳細な計算を行っていただけました。得られた計算結果は相補的な擬塩基間での水素結合形成を強く示唆するものであり、人工塩基対が設計通りの認識様式で機能することを主張することができました。

もう一点は、既存の人工塩基対との機能面における差別化です。人工塩基対という概念自体は既知なので、新たに開発した人工塩基対には何かしらの新規性を示すことが求められます。そこで、新たに開発した人工塩基対の性質を色々と調べていったところ、DNA中で連続させると二重鎖の熱的安定性を大幅に向上できるというユニークな性質を見出すことができました。今後も、新たに開発した人工塩基対の物理化学的・生化学的性質を詳細に調べることで、潜在的な機能や応用可能性を見出していきたいと考えています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

独自に開発した機能性分子や化学反応を用いて、生命現象の制御と再現を研究していきたいです。私は幼いころから「化学」と「生物」が大好きで、核酸機能の化学的な制御を研究されていた九州大学薬学部の佐々木茂貴教授(現・長崎国際大学教授)のもとで研究者人生をスタートしました。それ以降、様々な化合物を作り出せる有機化学を駆使して、DNAやRNAの機能をコントロールしたり模倣する研究の虜になっています。さらに、永次史教授の研究室に加えていただいてからは、生体内で利用可能な化学反応の開発にも強い関心を抱いています。今後も、新たな分子や化学反応を開発し続けて、創薬やバイオテクノロジーに貢献したいと考えています。

また、アカデミアに身を置く化学者として、大小関わらず一つ一つの発見を大切にしつつ研究活動を進めていきたいと考えています。ここ数年間、学生さんと一緒に研究を進める中で、想定外の発見から新たなアイデアが生まれるという機会に恵まれました。目先の結果だけにとらわれず、柔軟な視野を持ちながら、新たなケミストリーの開拓を楽しんでいければと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

新年度が始まり、新たに研究活動をスタートした学部生や大学院生の方々も多いと思います。研究テーマが決まり、モチベーションが100%越えしている学生さんばかり(?)なのではないでしょうか。科学研究の醍醐味は、実験を通して自身のアイデアを表現できることにあると思います。そして、新しいアイデアは実験から得られる予想外の結果から生まれてきたりします。常に好奇心を忘れず主体的に研究を進められていくことをぜひともオススメします。研究を楽しむことができると思いますし、何か新しい発見に巡り合える可能性もあります。

また、研究を進める中で、自分だけで解決できないことは、その道のプロの協力を仰ぐことも大切かと思います。私の場合、NMRやMD計算で諸先生方に大変お世話になりました。研究の進展はもちろんのこと、新しい知識や技術を習得できるほか、人と人とのつながりも広げることができると思います。

最後に、一緒に研究を進めてくれた修士課程のジャンくんとドンくん、NMR測定でご助力いただいた海原大輔技術員、分子動力学計算を行っていただいた東京工業大学の正木慶昭助教と清尾康志教授、数多くのご助言とご議論をいただいた永次史教授と鬼塚和光准教授、そして本研究内容をとりあげてくださったChem-Stationのスタッフの皆様に、この場をお借りして感謝を申し上げます。

関連リンク
  1. 永次研究室(リンク
  2. 清尾研究室(リンク