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日本
FUJIFILM Finechemical News
研究者へのインタビュー

実験・数理・機械学習の融合による触媒理論の開拓

今回のインタビューは、理化学研究所 環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム 大岡英史 研究員にお願いしました。

従来の触媒理論は平衡状態を前提としていましたが、化学産業など実際には非平衡状態で触媒が用いられるために正しい活性が予測できないという課題がありました。2019年に今回の論文の著者である大岡英史先生と中村龍平先生は、従来理論を拡張し非平衡状態における新たな触媒理論(プレスリリース原著論文)を発表しました。今回の成果は提唱した新たな触媒理論について実験・数理・機械学習から実証を前進させるものです。ACS Catalysis誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。

“Non-Zero Binding Enhances Kinetics of Catalysis: Machine Learning Analysis on the Experimental Hydrogen Binding Energy of Platinum”
Ooka, H.; Wintzer, M. E.; Nakamura, ACS Catal. 2021, 11, 6298–6303. DOI: 10.1021/acscatal.1c01018

実際に研究を行った大岡先生について生体機能触媒研究チームのチームリーダー、中村龍平 先生から以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

大岡さんは、物理化学に根付いた深い専門性と、数理・情報・物理・生物に跨る幅広い知識の両方を持ち合わせた稀有な人材です。合理的な思考能力が群を抜いて高く、一見すると傾向がないように見える煩雑な現象から普遍性を抽出することを得意としています。新たな知識の習得にも貪欲で、研究の流行などには一切惑わされることなく、本質的な問いに挑み続けています。日本を代表する科学者になることを期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

「良い材料を作るためには、どうすればいいか?」 これは、化学に関わる人みんなにとって、共通の関心事でしょう。そして、その指針を与えるのが理論の役目です。現在、化学における理論と言うと、量子化学計算を思い浮かべる方が多いと思います。でも、そもそも何を計算するか?という理論の枠組みについて考えることも大切です。

今回の論文は、電極触媒を改良する方法に関するものです。電極触媒とは、電圧をかけることで反応を促進する材料を指します。今回使った白金は電圧をかけることで水の電気分解を行い、水素を発生させる(2H2O + 2e → H2 + 2OH)有名な触媒です。しかし、白金は希少元素です。どうすれば、貴金属なしで良い触媒が作れるでしょうか?

その一つの答えは、触媒と水素の相互作用を調節することです。固体触媒の分野では、古くから「良い触媒を作るためには、基質を強く吸着しすぎても、反発しすぎてもいけない。適度な強さが良い。」という経験則があります。これは提唱者Paul SabatierにちなんでSabatier則と呼ばれています。現在では、触媒と基質の相互作用は吸着エネルギーという明確な尺度で評価され、吸着エネルギーの最適化によって100年以上、触媒開発がされてきました。

では、吸着エネルギーの最適値とはどのような値なのでしょうか。従来では平衡状態を前提に、最適値が予測されてきました。しかし、平衡状態とは、反応がほとんど起こらない状態を指します。触媒は目的反応を促進するために使われるものなので、実際の反応環境は全く平衡ではありません。

この非平衡状態における吸着エネルギーの最適値を理解することが、今回の論文の目標です。2年前、私は非平衡状態における吸着エネルギーの最適値を数理的に計算し、それが平衡とずれることを予測しました。今回の論文は、その実験検証にあたります。具体的には、白金の触媒活性を測定し、その実験結果を数理や機械学習で解析することで、吸着エネルギーを算出しました。すると、白金の吸着エネルギーは実際の反応環境、つまり非平衡状態で高い活性を実現する値であることがわかりました。これは、平衡と非平衡では吸着エネルギーの最適値が変わる、という理論予測を裏付ける結果です。

これからも引き続き実験検証が必要になりますが、平衡と非平衡で良い触媒の条件が変わる、という考えが受け入れられるようになれば、触媒を探す基本方針も変わります。そのことによって、良い触媒材料を効率的に見つけられるようになると期待しています。

平衡と非平衡の触媒活性

白金の実験結果(黒)とそれに沿う理論曲線(赤)から、白金は非平衡状態で高い活性を持つことがわかる。平衡状態での活性を最大化するように吸着エネルギーを変えると、非平衡状態の活性が大幅に低下する(青)。これより、高い活性を持つ「良い」触媒の条件が、平衡と非平衡で異なっていることがわかる。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

今回の研究は理論先行ですが、私はもともと実験出身で、学生の頃は光導波路分光法と言うかなりレアな装置(世界で70台ほど!)を使って、触媒反応のメカニズムを解析していました。博士論文にも少しは反応速度論の結果は含まれていますが、本格的に理論の勉強をし始めたのはそれ以降です。学位を取得したのが2018年なので、振り返ってみるとこの3年間で色々勉強したな、と思います。

特に私は大学生のころ、数学やプログラミングを全然真面目に勉強してこなかったので、機械学習も数理解析も本当にゼロからスタートという感じでした。多分、この二つは必修以外の単位はほとんど(全部?)落とした気がします(笑)。もし当時、線形代数が機械学習と化学反応ネットワーク理論の数学的な背景だと知っていれば、もっと勉強していたと思います。

今は分かりやすいネットの解説記事もあるし、YoutubeにMITの講義もあるし、本当にいろんなことが一人で勉強しやすくなりました。今回の論文はこれまで蓄えてきた知識・理論背景をフル活用した成果なので、達成感はありますね。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

白金上の水素発生は有名な反応なので、これまでの先行研究でも何度も活性データが報告されています。しかし、実は今回の白金の活性評価は大変だったのです。この論文では、電圧に対して触媒活性がどう変化するか?を測定し、それが理論と合うかどうか、を見ています。しかし、実験中では、電気抵抗や水素の泡による表面積の低下など、副次的な効果があるので、活性を正確に評価することが容易ではありません。

これらの副次的な効果を取り除き、理論と実験を正確に比較するため、反応溶液の電気伝導度をできるだけ高くしたり、新しい反応リアクターを開発したりしました。それでも副次的な効果を完全に抑制することはできなかったので、その影響の度合いを定量的に評価し、一番都合の悪い解釈をしても大きな結論がぶれないことを確認しました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

電気化学、物理化学は好きですね。最近は機械学習とか数学とか、自分の本来の専門とは全然違う分野の論文を読んだりしますが、やっぱり電気化学の論文を読むとホッとする安心感があります。燃料電池や水電解など、クリーンエネルギーの観点から電気化学への期待も高まっているので、当分は電気化学・触媒化学に関する研究を続けたいと思っています。

でも、多分ですが私は化学者(Chemist)というよりも、科学者(Scientist)に近いと思います。自分が世界初で合成した分子があるわけでもなく、特にお気に入りの元素があるわけでもありません。あるのは、「世の中にはどんな法則が隠れているのだろう?」という興味です。今回の研究は良い触媒の背後に潜む法則に関するものですが、生物進化や代謝のネットワーク構造など、もっと広い範囲で法則を見つけたいと思っています。たくさんの分子が関わる生物プロセスも、突き詰めれば化学反応の集まりなので、化学の言葉で説明できるはずだと信じています。どんな複雑系でも熱力学の制約には逆らえないので、熱力学・物理化学は自然界の法則を探す、強力な切り口になると思っています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

研究中に何が楽しいかは人によって違うと思いますが、私の場合は何か新しいことを理解すること、そしてそれを世界とシェアできることが素直にうれしいです。以前オランダに留学した際の指導教官の先生は、よく”Science was a gentleman’s hobby”と言っていました。過去のエリート紳士たちは、シャーロック・ホームズのように、自分の興味の思うままに実験したのでしょう。現代では、国から研究費の支援を受けて研究をするので、個人の興味だけに突っ走ることはできなくなりました。それでも、自分の知的好奇心にマッチする切り口が見つかれば、趣味のように研究を楽しみながら、社会課題に貢献するアウトプットも可能だと思っています。

この切り口を見つける上で、私はとにかく、離れた分野の知見がどこかで繋がっていないか、意識的に見ています。そして、一見すると関連性がないように見えることを融合できれば、自然と独創性も付いてくるし、そこから得られる理解も新鮮なものになります。ここまで来たら、あとは迷わず論文を書いて、「ねぇ、面白いこと分かったよ!」と世界にシェアするだけです。もちろん、実際には欲しい結果が得られなかったり、途中で方向転換したりでうまく行くことばかりではありませんが、自分の中で理想パターンというか、道しるべがあると、壁に直面した時も大きな目標を見失わずに進めると思います。この記事が大学生・院生の皆さんにとって、研究の楽しさを見つける上で何かのきっかけになれば幸いです。