研究者へのインタビュー
今回のインタビューは、京都大学 薬学研究科(二木研究室)博士後期課程1年の岩田恭宗さんにお願いしました。
二木研究室では、化学的アプローチによるユニークな機能性タンパク質・ペプチドの創出を通して、細胞内送達や、細胞膜の構造変化(=膜曲率(curvature))の誘導といったような、タンパク質が関与する生命現象の新たな制御法の開発を目指して研究を行っています。研究室を統括されている二木史朗教授には、過去に化学者インタビューにもご協力頂いています。(第25回「ペプチドを化学ツールとして細胞を操りたい」)
今回ご紹介いただける成果は、「液-液相分離」という現象を利用したタンパク質の細胞内送達に関する研究です。液-液相分離といえば、ドレッシングが水と油の2相に分かれるといった身近なものから、化学者には御馴染みの分液抽出操作といったものまで幅広くみられる現象ですが、細胞内の生体高分子も液-液相分離現象に関与することが近年明らかとなってきており、新たな細胞内現象として注目を集めています。本成果は新しい薬物キャリアの開発にも貢献しうる非常に重要内容で、その重要性が高く評価され、Very Important Paper (VIP、上位 5%の重要論文)としてAngew. Chem. Int. Ed.誌に原著論文、そして、プレスリリースにも公開されています。
“Liquid Droplet Formation and Facile Cytosolic Translocation of IgG in the Presence of Attenuated Cationic Amphiphilic Lytic Peptides”
Iwata, T.; Hirose, H.; Sakamoto, K.; Hirai, Y.; Arafiles, J. V. V.; Akishiba, M.; Imanishi, M.; Futaki, S. Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 19804–19812. DOI:10.1002/anie.202105527.
それでは今回もインタビューをお楽しみください!
液-液相分離を活用して抗体などのタンパク質と膜傷害性ペプチドを液滴内に濃縮することで、細胞内に効果的に輸送する手法を開発しました。
液-液相分離とは、水中に存在する高分子が相互作用により集合し、高分子を多く含む相と希薄な相の2相に分かれる現象です。この時、高分子を多く含む相は水中に漂う液滴状に観察されます。近年、この現象は細胞内での生命現象において重要な役割を担っていることが分かり、細胞生物学の分野において盛んに研究が行われています。一方で、薬物送達の分野においても、この液―液相分離により形成される液滴が新たな薬物キャリアとして注目を集めています。しかし、この現象を活用して抗体のようなサイズの大きなタンパク質の細胞内輸送を達成した報告はこれまでにありませんでした。本研究では蛍光色素により標識されることで負電荷性を持った抗体が、正電荷性を持つ膜傷害性ペプチドFcB(L17E)3と静電的相互作用により液-液相分離を引き起こすことを見出し、さらには形成された液滴中に膜傷害性ペプチドが含まれることで濃縮されたタンパク質が効率的に細胞内へ移行することを明らかにしました。さらにこの現象は他の負電荷性のタンパク質にも応用できることを見出しています。この現象の発見により、今後、液-液相分離を応用した新たな薬物キャリアの開発が加速されると期待されます。
当初想定していた抗体送達メカニズムは、FcB(L17E)3と抗体がペプチドの抗体結合配列 (FcB) を介した1対1もしくは1対2の相互作用による複合体形成を伴う非常に小さいスケールのものでした。しかしながら、抗体の送達様式を顕微鏡で観察できないかと考え、Time-lapse imagingを行ったところ、全く想定していなかった、液-液相分離を介したとてもダイナミックな抗体送達が起こっていることを見出すことができました。その時はとても興奮したのを覚えています。
現在黎明期である、液-液相分離による液滴の薬物キャリア応用研究に思いがけず参入することができ、また、大きなインパクトを与えられる結果を発表ができたことはとてもラッキーだったと思います。しかし、このような液-液相分離が関わったダイナミックなタンパク質送達現象は今までに報告されたことがなかったため、観察される液滴が本当に液-液相分離によるものであるか、また、それがどういった性質を持ち、どのような条件でこの現象が起こるかについても慎重に調べました。結果として論文は高い評価を受け、Top 5%のVery Important Paperに選ばれることとなりました。
先述の通り、今回見出された抗体の細胞内送達メカニズムは元来想定していたものとは大きく異なり、タンパク質は蛍光標識や配列改変により負電荷性を持っている必要があります。当初の仮説にとらわれたまま研究を進めている時期があり、未標識抗体への応用を試みるも、なかなか結果が出ませんでした。そこで一度、送達メカニズムの詳細な研究を行おうと原点に立ち返りました。まず行った実験は簡単な顕微鏡によるTime-lapse imagingでしたが、とても画期的な発見につながりました。固定観念にとらわれず、柔軟に思考することがこの現象の発見につながったと思います。また、このような思いがけない発見がなされることは研究活動の醍醐味だと思いました。
幼いころからの夢は、ヒトの命に関わるような仕事に就くということでした。いつしかその夢は具体的になり、たくさんの人々の命を救えるような画期的な医薬品を生み出したいと思うようになりました。今回の研究は、まだまだ基礎研究段階ですが、人々の命を救える新たな医薬品開発につながる可能性があると考えています。この研究で経験した、新たな現象を発見するという喜びと、それが新規医薬品につながるかもしれないという期待は、今後の研究活動における大きなモチベーションになると思います。今後も研究者として画期的な薬品開発につながるような、夢のある研究をしていきたいと思います。
今回の研究の成果はまさに偶然の産物です。しかし、そのような偶然の発見は研究における面白いところだと思います。また、固定観念にとらわれず、柔軟な思考を持ち、原点に返って状況を俯瞰することは研究活動においてとても大事だと思いました。
現状では、タンパク質が負電荷性を持つという限られた条件下でしか起こらない現象ですが、今後はよりユニバーサルな技術にするために、研究に励みたいと思います。さらには生体への応用も目指したいと考えています。続報をぜひ楽しみにしておいてください。
最後に、本研究をまとめるにあたり、ご指導とご助言を頂いた 二木 史朗 教授、今西 未来 准教授、広瀬 久昭 特定准教授に、この場をお借りして深く感謝申し上げます。また、共同で研究・ディスカッションしてくださった二木研の皆様にも感謝申し上げます。
- 研究室HP:The Futaki Laboratory
- 日本人化学者インタビュー:第25回「ペプチドを化学ツールとして細胞を操りたい」 二木史朗 教授
- プレスリリース:抗体を液滴に濃縮し細胞内へ高速輸送 -クモ毒改良ペプチドと抗体による液-液相分離の誘起と抗体の細胞内輸送-(日本の研究.com、京都大学プレスリリース)
名前:岩田 恭宗
所属:京都大学化学研究所 生体機能化学研究系 生体機能設計化学研究領域
研究テーマ:液-液相分離を応用した新規抗体サイトゾル送達手法の開発
続報も期待しています!ご協力、ありがとうございました!!