FUJIFILM Finechemical News
研究者へのインタビュー
海洋シアノバクテリアから超強力な細胞増殖阻害物質を発見!
今回は、慶應義塾大学大学院 理工学研究科 博士後期課程 3 年の 栗澤 尚瑛 (くりさわ・なおあき) さんにお願いしました。
栗澤さんの所属する天然物化学研究室では、生物活性天然物の単離・構造決定・全合成・活性評価といったケミカルバイオロジー研究を一手に行い、有用な天然資源の発掘に注力されています。栗澤さんのグループは今回、海洋に存在するシアノバクテリアから抗がん剤のシーズとなる非常に強力な細胞増殖阻害活性化合物を発見し、その全合成を達成、J. Am. Chem. Soc. 誌に成果発表するとともに、慶應義塾大学よりプレスリリースされました。
Structural Determination, Total Synthesis, and Biological Activity of Iezoside, a Highly Potent Ca2+-ATPase Inhibitor from the Marine Cyanobacterium Leptochromothrix valpauliae
Naoaki Kurisawa, Arihiro Iwasaki*, Kazuya Teranuma, Shingo Dan, Chikashi Toyoshima, Masaru Hashimoto, and Kiyotake Suenaga*
J. Am. Chem. Soc. 2022, DOI: 10.1021/jacs.2c04459
Sarco/endoplasmic reticulum Ca2+-ATPase (SERCA) is a membrane protein on the endoplasmic reticulum (ER) that transports Ca2+ from the cytosol into the ER. As its function is associated with various biological phenomena, SERCA has been recognized as a promising druggable target. Here, we report the second-strongest SERCA-inhibitory compound known to date, which we isolated from the marine cyanobacterium Leptochromothrix valpauliae and named iezoside (1). The structure of iezoside (1) is fundamentally different from that of any other SERCA inhibitor, and its potency is the strongest among marine natural products (Ki 7.1 nM). In this article, we report our comprehensive analysis of iezoside (1), which covers its isolation, structural characterization supported by density functional theory (DFT) calculations and statistical analysis, total synthesis, and clarification of the mode of action of its potent antiproliferative activity (IC50 6.7 ± 0.4 nM against HeLa cells).
沖縄のサンゴ礁にすむ海洋生物から強力な細胞増殖阻害物質を発見-抗がん剤への応用が期待-
慶應義塾大学大学院理工学研究科の栗澤尚瑛(博士課程3年)、寺沼和哉(修士課程2年)、同大学理工学部の岩崎有紘専任講師、末永聖武教授は、伊江島(沖縄県伊江村)のサンゴ礁で採集した海洋シアノバクテリアから、抗がん剤への応用が期待される強力な細胞増殖阻害物質を発見しました。
(中略)
本研究成果は米国化学会が発行する Journal of the American Chemical Society 誌のオンライン版で6月8日に発表されました。
栗澤くんは博士課程の3年余りで十数種の新規物質を見つけており、新しい物質を見つけるセンスが素晴らしいと思います。日頃からよく論文を読んでおり、ケミカルバイオロジーに関して深い知識を持っていて、私もいろいろと教えてもらいました。今回の論文の作用機構解析の部分にそれが活かされています。今後のさらなる成長を期待しています。
末永聖武
修士課程を岩手大学で過ごした栗澤君は、博士課程から慶應の末永研に移ってきました。もともとがバイオロジーよりの研究分野だったこともあり、構造解析や有機合成を習得するのは本当に大変だったと思います。しかし彼は不撓不屈の精神で、新しい知識や技術を次々と習得していきました。イヘヤミド (J. Nat. Prod. 2020, 83, 1684.) やキネンゾリン (J. Org. Chem. 2021, 86, 12528.) といった天然物との闘いで実力をつけてきた彼は、伊江島の海でついに宿敵イエゾシドと出会います。生産シアノバクテリアが再発見できず、量上げが不可能という圧倒的不利な条件の中、イエゾシドが仕掛けてくる数々のトラップを攻略し、今回ついに勝利を収めるに至りました。「化合物が人を育てる」という言葉がありますが、栗澤君はイエゾシドとの闘いを通じて、本当にたくましい化学者に成長しました。その過程を間近で見られたことは、自分にとっても大きな喜びでした。天然物化学分野における、今後の彼の活躍を確信しています。
岩﨑有紘
今回の天然物発見にはいったいどんなドラマがあったのでしょうか!? それでは、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
生物が作る物質 (天然物) は、その特異な化学構造や生物活性から、医薬品のリードをはじめとして今日まで大きな役割を果たしています。私達の研究室では、数ある探索資源の中でも海洋シアノバクテリアとよばれる微細藻類に着目し、豊かな生態系を育む沖縄のサンゴ礁に生息する海洋シアノバクテリアを中心に新規生物活性物質の探索研究を行っています。
そのような背景の中、今回私達は、沖縄県伊江島で採集した海洋シアノバクテリアから、がん細胞に対し非常に強力な増殖阻害活性を示すiezoside (イエゾシド)を発見しました。解析の結果、イエゾシドは類縁の物質が存在しない新規性の高い化学構造であり、最新の計算化学などを駆使してその構造を決定しました。
また、イエゾシドの全合成を達成し、解析した構造が正しいことを確認するとともに、量的供給のルートを開拓しました。さらに、本化合物が SERCA とよばれる小胞体膜上のカルシウムポンプのはたらきを極めて強力に阻害することで小胞体ストレスを誘導し、がん細胞の増殖を阻害するという一連の作用メカニズムを明らかにしました。
要約すると、本研究では新規化合物であるイエゾシドの単離、構造決定、全合成、作用メカニズム解明と包括的な研究を行いました。イエゾシドは新たな抗がん剤のリード化合物や、カルシウムポンプのはたらきを制御するケミカルツールとしての利用が期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
イエゾシドを発見した瞬間です。私は修士課程まで岩手大学農学部の木村賢一先生のもとで、天然物の作用機序研究を行いました。ここで培った経験から、イエゾシドが含まれている粗抽出物の活性を調べている段階で、がん細胞にこれまで見たことがない形態変化が起きているのを見て「新規化合物が含まれていること、かつ細胞周期に何か変化が起きていること」を直感しました。その後の解析で実際にイエゾシドが細胞周期に影響を与えることを明らかにしたほか、共同研究者の先生方のご助力もあり、イエゾシドの発見から約 4 ヶ月で標的分子の同定に至ることができました。
また、現在の研究室に移ってからは天然物の単離・構造決定を幾度となく行い、1H NMRから全体の構造を予想する力をつけましたが、イエゾシドは精製した1H NMR を見た瞬間に新規化合物だと確信しました。
博士課程から所属研究室を変更したため多くの困難がありましたが、結果的にそれぞれの研究室で磨いた知識や感覚、技術をフルに活用したことが、今回の研究のオリジナリティに繋がったと考えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
最も時間がかかったのは 18 位、19 位の不斉点の絶対立体配置の決定です。これらは計算化学と合成を組み合わせることで決定しましたが、私自身 D2 の終わりまで学生実験レベルの有機合成すら行った事がない素人だったため、とにかく苦労しました。
まずは極少量の天然物を分解して、2 つの不斉点を持つパーツを取り出そうと試みましたが上手くいきませんでした。天然物は微量で、しかもその後何度伊江島に行っても同種のシアノバクテリアを発見することができなかったため、天然物を使って分解反応を検討するのは断念しました。
天然物の代わりとしてモデル基質を合成し、色々な分解反応にかけてみましたが、やはり目的物は得られませんでした。そこで次の手として計算化学を駆使し、立体化学を推定しました。慎重なパラメータ検討によりはじき出された立体化学は、(18R,19R) 体がもっともらしいものの、(18S,19R) 体の可能性も完全には否定できないという結果に終わったため、両方を全合成して確かめることにしました。
実際の合成では、18 位に隣接する三置換オレフィンの構築や、2つの共役系に挟まれた不安定なアリルアルコールのグリコシル化、α位がラセミ化する末端チアゾール合成に悪戦苦闘しました。最終的になんとか2つのジアステレオマーの全合成にたどり着き、(18R,19R) 体が天然物のデータと完全に一致したときは喜びよりも安堵に近い心情でした。
全合成研究では、論文の共著者である修士 2 年の寺沼和哉くんと共にルートを検討し、ほとんど毎日のようにディスカッションして二人三脚で合成を達成することができました。彼なしでは間違いなくこのスピードでの全合成まで至らなかったため、この場を借りて感謝申し上げます。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
天然物の可能性を開拓する研究者を目指したいと思います。世界中で探索研究が行われた結果、興味深い構造や生物活性をもつ天然物は取り尽くされ、ものとり研究の黄金期は過ぎ去ったという嘆きをしばしば耳にします。しかし、本当に人類は天然物を取り尽くしてしまったのでしょうか?サンプル採集や趣味で数多の山海に赴き、無限に広がる大自然を目にする度に、人知を超えた天然物が自然の中にまだまだ眠っているだろうと私は確信しています。今後も自然をよく観察し、自然から学ぶことを心がけたいと思います。
また、生物が生存競争の長い歴史の過程で獲得した天然物はサイエンスの宝庫です。創薬などの応用研究に限らず、なぜ生物は天然物をつくるのか?天然物は環境中でどのような役割を果たしているのか?といった根源的な謎をはじめとして、天然物の秘める魅力や面白さを発見し、広く発信していきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。末永研では他にも、まだ論文化されていない興味深い新規化合物をいくつか発見しています。末永研の今後の続報に注目していただけたら嬉しいです。
最後に、何の繋がりもなかった私を博士課程から受け入れて下さり、親身にご指導頂いた末永先生と岩﨑先生、本研究にご協力いただいた全ての先生方、末永研究室の皆様、研究を紹介する機会を与えて頂いた Chem-Station のスタッフの皆様に厚く御礼申し上げます。
名前: 栗澤 尚瑛 (くりさわ なおあき)
所属: 慶應義塾大学大学院 天然物化学研究室 博士後期課程3年 (指導教員: 末永聖武教授)
研究分野: 天然物化学、ケミカルバイオロジー
経歴:
2013年3月 岩手県立盛岡第一高校 卒業
2017年3月 岩手大学農学部 応用生物化学課程 卒業
2019年3月 岩手大学大学院 総合科学研究科 農学専攻 卒業
2019年4月-現在 慶應義塾大学大学院 基礎理工学専攻 博士後期課程
2020年4月-
2021年3月 慶應義塾大学理工学部 助教 (有期・研究奨励)
2021年4月-現在 日本学術振興会特別研究員DC2
栗澤さん、末永先生、岩﨑先生、ありがとうございました! さらなる新規天然物のご報告を楽しみにしています!