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日本
FUJIFILM Finechemical News
研究者へのインタビュー

植物毒の現地合成による新規がん治療法の開発

今回は、名古屋大学大学院創薬科学研究科 天然物化学分野 博士課程 2 年の 栗本 道隆 (くりもと・みちたか) さんにお願いしました。

栗本さんの所属する横島聡研究室では、天然物の全合成を主体とした反応開発、ものづくり、そして創薬化学研究に力を入れており、これまでにもさまざまな複雑天然物の全合成の達成とその応用性を見出してきました。
今回、栗本さんら名大と東工大・理研の田中克典教授 (ケムステインタビュー記事) らのグループは、高い利用価値を秘めているにも関わらず取り扱いの厄介な抗がん活性化合物を、独自の金属触媒を用いたシステムと組み合わせることで「がん細胞近傍でのみ抗がん活性を発現させる」ことに成功しました。抗がん剤としては未開拓のケミカルスペースであった強力な活性化合物を「現地合成」するという創薬戦略は高く評価され、Angew. Chem. Int. Ed. 誌に成果が掲載されるとともに、名古屋大学他よりプレスリリースが行われました。

Anticancer Approach Inspired by the Hepatotoxic Mechanism of Pyrrolizidine Alkaloids with Glycosylated Artificial Metalloenzymes

Michitaka Kurimoto, Dr. Tsung-che Chang, Prof. Dr. Yoshitake Nishiyama, Dr. Takehiro Suzuki, Dr. Naoshi Dohmae, Prof. Dr. Katsunori Tanaka. and Prof. Dr. Satoshi Yokoshima.

Angel. Chem. Int. Ed, 2022, e202205541. DOI; 10.1002/anie.202205541

Abstract:
Metabolic oxidation of pyrrolizidine alkaloids (PAs) from herbal and dietary supplements by cytochrome P450 produces dehydro-PAs (DHPs), which leads to toxicities. A highly reactive cation species generated from the active pyrrole ring of DHPs readily reacts with various cellular components, causing hepatotoxicity and cytotoxicity. Inspired by PA-induced hepatic damage, we developed a therapeutic approach based on a cyclization precursor that can be transformed into a synthetic DHP under physiological conditions through gold-catalyzed 5endodig cyclization using a gold-based artificial metalloenzyme (ArM) instead of through metabolic oxidation by cytochrome P450. In cell-based assays, the synthesis of the DHP by a cancer-targeting glycosylated gold-based ArM substantially suppressed cell growth of the targeted cancer cells without causing cytotoxicity to untargeted cells, highlighting the potential of the strategy to be used therapeutically in vivo.

研究を指揮された、名大院・天然物科学分野教授の横島聡先生より、栗本さんの研究姿勢・人となりについてコメントを頂戴しております!

栗本君は「行動する」学生です。学部時代 (長崎大学薬学部) には、ケニアにフィールドワークに行ったり、また災害ボランティアとして活動したりと、机の上に留まらず、全身を動かして物事を感じ、活動してきました。普段の研究でも「実験をして結果を得る」ということを非常に大切にしており、どんどん手を動かして実験を進めています。もちろん闇雲に手を動かすわけではなく、「何をすべきか」「どうするのが良いか」を、知識と実験結果をフルに使って考え研究を進めており、確実に化合物を持ってきます。今回、論文として発表した化合物の合成経路は、栗本君自身の立案と実験によるものです。「将来は新薬開発の現場で活躍したい」ということで、どのような新しい分子を生み出すか、今から楽しみです。

それでは、インタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

所属研究室では、特に天然有機化合物の化学合成が取り組まれています。今回着目した天然物であるピロリジジンアルカロイド (PAs) は、約 6,000 種の植物に含まれており、これまでに 600 種類もの化合物が報告されています。また PAs は、摂取すると肝臓で酸化され dehydro-PAs となることで肝毒性を発現させてしまいます。私たちはまず、この PAs とは構造が全く異なるプロドラッグを設計・合成し、がん細胞近傍に配置される「糖鎖付加人工金属酵素」(関連記事: 生体内での細胞選択的治療を可能とする糖鎖付加人工金属酵素)を利用することで、そのプロドラッグから dehydro-PA を「現地合成」することで、細胞選択的な増殖阻害活性を見出すことに成功しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

プロドラッグの設計に関しては思い入れがあります。報告されている天然物 PAs の構造や脱離能を考えますと、プロドラッグにはアシル基が必要だと考え検討しましたが、どのような工夫をしても N-アシル転位が問題となってしまいました。そこでアルキル基を検討したところ、初期検討では系が複雑化してしまいましたが、粗生成物の解析を行うと、望みの反応自体は進行しているものの生成物が分解してしまっていることが分かりました。さらに検討を続けた結果、ヒドロキシ基を有する dehydro-PA は比較的安定であることが分かり、単離することに成功しました。これは分子内水素結合が関与しているのではないかと考えています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

やはり異分野融合研究であるがゆえに、共同研究先との相互理解を深めることが容易でありませんでした(特に自身の理解度が追いついていませんでした、、、)。しかしオンライン会議を利用しつつ、共同研究員の方が電子メールで手厚くフォローしてくださったおかげで、研究を効率的に進めることができました。また卓越大学院プログラム (GTR) の支援の下、実際に理化学研究所を滞在し、議論を交わすことができました。異分野融合研究に難しさを感じながらも、実際に自身で設計・合成したプロドラッグが良い活性を示した結果を現地で目の当たりにしたことは、良い経験になりました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

製薬企業で創薬研究に携わっていきたいと考えています。大学では自身が面白いと思う化学に対し真摯に向き合い、比較的自由に研究をすることができているのに対し、企業では興味から社会貢献へ、個人からチームへ、というような変化があります。そのような変化に対し、異分野融合研究かつ共同研究である本研究で得られた経験を糧としながら、サイエンス・ケミストリーに対して変わらず挑戦と楽しむことを欠かさず、化学で社会貢献をしていきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします

私は博士課程に進み、うまくいかない経験や失敗を繰り返したからこそ、研究を進める上での考察力やサイエンスへの理解を深めることができていると考えています。少しでも研究活動に興味がある学生の皆様は、是非博士課程に進んでいただきたいです。博士課程の学生に対する経済的な支援も増加傾向にあると思いますので、前向きに検討して頂きたいです。

最後になりますが、研究を遂行するにあたり御指導賜りました横島聡教授、有益な討論を行っていただいた横島聡研究室の皆様には、この場を借りて感謝申し上げます。また、共同研究をさせていただいた田中克典教授、Tsung-che Chang 研究員をはじめとした理化学研究所のグループの皆さまに謝意を申し上げます。

栗本さん、横島先生、インタビューにご協力いただき誠にありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!

関連動画: 横島聡先生のケムステVシンポ講演アーカイブ