研究者へのインタビュー
今回のインタビューは、大阪大学大学院 基礎工学研究科の 硲田 捷将(さこだ・かつまさ)さんにお願いしました。
硲田さんが所属する反応化学工学講座 触媒設計学グループ 水垣研究室では、化石資源に頼らない省資源・省エネルギー社会の実現、それによる循環型の低炭素社会の構築に向けて、グリーンサステイナブルケミストリーの理念に基づき、(1) 再生可能なバイオマス由来原料の高効率変換、(2) ポリマー廃棄物の資源循環、(3) 環境調和型のファインケミカルズ合成といった、環境に優しい物質変換プロセスを実現する高機能固体触媒の開発に取り組まれています。
硲田さんらのグループは、入手容易なエステルから対称・非対称エーテルを効率的に合成する担持金属ナノ粒子触媒の開発に成功し、その成果をオープンアクセス誌 JACS Au に発表、阪大よりプレスリリースされました。
Katsumasa Sakoda, Sho Yamaguchi, Takato Mitsudome, and Tomoo Mizugaki*
JACS Au, 2022, https://doi.org/10.1021/jacsau.1c00535
The catalytic hydrodeoxygenation (HDO) of carbonyl oxygen in esters using H2 is an attractive method for synthesizing unsymmetrical ethers because water is theoretically the sole coproduct. Herein, we report a heterogeneous catalytic system for the selective HDO of esters to unsymmetrical ethers over a zirconium oxide-supported platinum–molybdenum catalyst (Pt–Mo/ZrO2). A wide range of esters were transformed into the corresponding unsymmetrical ethers under mild reaction conditions (0.5 MPa H2 at 100°C). The Pt–Mo/ZrO2 catalyst was also successfully applied to the conversion of a biomass-derived triglyceride into the corresponding triether. Physicochemical characterization and control experiments revealed that cooperative catalysis between Pt nanoparticles and neighboring molybdenum oxide species on the ZrO2 surface plays a key role in the highly selective HDO of esters. This Pt–Mo/ZrO2 catalyst system offers a highly efficient strategy for synthesizing unsymmetrical ethers and broadens the scope of sustainable reaction processes.
非対称エーテルの合成は、紙の上で書けば簡単に見えますが、実際に作ろうとするとゴリゴリの条件で反応させ汚い粗生成物を頑張って分けないといけない厄介な場合が多いように思います。クリーンかつ温和な条件で高効率の変換を実現した本触媒反応は、さまざまな化成品の製造や創薬プロセスへの適用など、幅広い応用が期待できます。
本研究を指揮された教授の水垣共雄先生より、硲田さんの人となりについてのコメントを頂戴しております。
硲田君は、2 年前に前任教授退職後で教授不在の当研究室を、知ってか知らずか選んで来てくれた学生です。そんな彼なので、周囲に変に流されることなく、研究に取り組んできました。今回のテーマは、以前から取り組んでいたアシルカルボニルの水素化脱酸素シリーズで、これまで手をつけていなかったエステルからエーテルへの直接変換です。難しいことはわかっていましたが、B4 時代から粘りに粘って論文掲載にまで持って行ってくれました。4 月からはドクターコースへ進学するので、一層の活躍を期待しています。
なかなか難しいタイミングでイチから取り組み始めたテーマを M2 の修了を待たずに形 (論文) にする、それは人並外れた弛まぬ努力と鋭い観察眼があってこその結果だと思います。そしてインタビューからは、化学に対するエネルギッシュな情熱も伝わってきます。それではお楽しみください!
エーテルは香料や界面活性剤、化粧品などに用いられる化合物です。非対称エーテルは、有機ハロゲン化物を用いたウィリアムソン反応による合成が知られていますが、多量の廃棄物を副生する問題があります。そこで今回私たちは、エステルの水素化脱酸素により非対称エーテルが合成できないかと考えました。エステルは天然に豊富に存在し、合成も容易です。過去には、還元剤に有機シランなどを用いるエステルの還元は報告されていましたが、反応後に多量の廃棄物が生成します。一方、脱酸素反応において水素を還元剤として用いると、水のみを副生するため廃棄物を削減できます。つまり、エステルのカルボニル酸素を水素によって取り除く、水素化脱酸素反応ができれば、環境調和型の新しい非対称エーテル合成法となります。しかし、エステルの水素化反応では通常アルコールが生成するため、エーテルへの直接水素化脱酸素反応は非常に難易度の高い反応です。
本研究では、エステルからエーテルへの水素化脱酸素反応を促進する固体触媒 (Pt–Mo/ZrO2) を世界で初めて開発しました (図1)。本触媒は水素圧 1~5 気圧、反応温度 100°C の温和な条件下で様々なエステルから選択的にエーテルを与え、また油脂として豊富に存在するトリグリセリドにも適応できました。本反応は常圧水素下という極めて温和な条件下でも効率的に進行し、さらに固体触媒であるため触媒の分離が容易なこと、反応後の触媒の再使用やグラムスケールでの反応も可能であるという特徴を持ちます。
開発した触媒を、油脂由来脂肪酸エステルの脱酸素化に応用したところです (図1 下中央)。脂肪酸エステルはバイオディーゼルとして用いられますが、エステル基が加水分解を受けやすいという問題があります。そこで脱酸素反応によりエーテル化することで、加水分解耐性を向上できるため、本反応の有用性をより拡大できるのではないかと考えました。実際にやってみると反応はスムーズに進行し、Pt–Mo/ZrO2 の高い触媒性能を肌で感じることができました!
当研究グループでは、これまでにカルボン酸からアルコール、アミドからアミンといった、高難度なアシルカルボニルの水素化脱酸素反応の触媒を開発しており、次に残った課題が、エステルからエーテルへの反応でした。当初はアルコールやアルカンにまで還元してしまったり、逆に全く反応が進行しなかったりと予想通りの難しさでした。幸い、上記の 2 つの脱酸素反応からどのような金属が効果的かはヒントがありましたので、そこから様々な触媒を調製して、反応活性を調べるということを繰り返し行いました。そして、最終的に、Pt、Mo、Zr を組み合わせることで、高収率でエステルの脱酸素に成功しました。
化学は、自由に発想したことをすぐに実験で試すことができるおもしろい学問だと思います。そしてそのおもしろさに魅せられて春から博士後期課程に進学し、研究を続ける道を選びました。これからも、「こんな触媒を作るとどうか?」「こんな反応をやってみたらどうか?」といったような、新しいことができないか常に考え続け、それをどんどん実験して検証していきたいと思います。
前述したように化学では、思いついたことをすぐに実験で検証でき、そして、生成物を分析することで何かしら返事 (実験結果) をくれます。思い通りの結果が出ることはほとんどありませんが、得られた結果を土台にして次のチャレンジへと取り組むことができる、やっていて楽しい学問だと感じています。そうして実験していると稀に、期待した通りの結果が得られたり、想定外の反応が進行したりと新しい発見に出会えます。その時の感動は計り知れません。本記事をご覧になっている方の中に、研究を始めたばかりの方がいらっしゃれば、ぜひどんどん実験して考えたことを試し、そして新しい発見をしたときの感動を体験してもらえたらと思います。
最後になりましたが、研究の機会をくださり、普段からご指導いただいている水垣共雄先生、満留敬人先生、山口渉先生、そしてこのような機会をくださった Chem-Station のスタッフの方々に深くお礼申し上げます。
名前:硲田 捷将 (さこだ かつまさ)
所属:大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻 水垣研究室
経歴:
2020 年 3 月 大阪大学 基礎工学部 化学応用科学科 卒業
2020 年 4 月~現在 大阪大学 大学院基礎工学研究科 物質創成専攻 在学
硲田様、水垣先生、ありがとうございました!ドクターコースでのますますのご活躍を期待いたします!
それでは、次回もお楽しみに!