研究者へのインタビュー
“Single-molecule junction spontaneously restored by DNA zipper”
Harashima, T.; Fujii, S.; Jono, Y.; Terakawa, T.; Kurita, N.; Kaneko, S.; Kiguchi, M.; Nishino, Nat. Commun. 2021, 12, 1–7. DOI: 10.1038/s41467-021-25943-3
西野先生
原島君は柔軟で自由な発想力と卓越した研究遂行能力を併せ持っている学生です。また、コミュニケーション力が高く、共同研究を行っている先生方とうまく意思疎通を図って進めてくれるのでとても助かっています。本研究のDNAジッパーは彼独自の非常にユニークな着想で、初めはやり切れるのか心配でしたが、非常に優れた成果につなげてくれました。専門とする計測技術に限らず、データの解析や計算科学も積極的に取り入れ研究のインパクトを高めています。彼は研究室に所属した当初から一貫して現象の核心に迫ろうとする気概が強く、ディスカッションやセミナーでは相手が誰であろうとも物怖じせず発言し、研究室を活性化してくれています。
金子先生
原島さんは、非常に行動力のある学生です。学部学生の頃は、学生実験に人一倍、熱心に取り組み、担当の先生にも積極的に質問をしていた姿が印象的でした。彼の熱意のこもった実験レポートは教員の間でも話題になっていました。
研究でもその行動力を生かして日頃から主体的に研究活動に励んでおり、本研究でも必要なシミュレーションソフトなどを自分で探して開発者の先生にコンタクトをとり、意義深い議論へと発展させました。
今回はインタビュームービーも撮影させていただきました!インタビューもムービーもぜひご覧ください!
本研究では、DNAを用いた自己修復可能な単一分子素子を開発しました。単一分子素子は図1のような、たった一つの分子を金属電極に接続させたナノ構造体です。接続する分子によって多様な電気的特性を得ることができることから、単一分子素子は次世代の微小エレクトロニクス材料として注目されています。しかし、単一分子素子の安定性は非常に低く、実用化の大きな障壁となっていました。この課題を克服すべく、今回我々は、壊れても自己修復が可能な単一分子素子「DNAジッパー」を開発しました。従来型の単一分子素子は1 nm程度の揺らぎで容易に破壊されてしまいますが、今回のDNAジッパーは約30倍の30 nmの機械振動にも耐久することが分かりました。この特性は、DNAの二重鎖らせん構造がジッパーのように柔軟に開閉することで機械的なストレスが緩和され、単一分子素子が安定化するという機構で理解されます。
安定性を向上させるために、共有結合のような「強い結合」を利用するのではなく、敢えて水素結合のような「弱い結合」に着目した点です。これまで単一分子素子の安定性は、電極と分子を繋ぐ結合をより強力にすることで向上する、という常識がありました。確かに、より強い結合で単一分子素子を電極に接続することで熱的な安定性が向上することが、先行研究から分かっています。しかし、実用的な応用を考える際に課題となる、引っ張り、押し込み、振動などの機械的な揺らぎに対する脆弱性は克服できていませんでした。そこで私は発想を転換させ、弱い結合を分子内に多数配置すれば、その結合の解離・形成によって単一分子素子の接続部にかかるストレスが緩和できるのではと考えました。こうして私は、弱い相互作用の集合体であるDNAに着目しました。結果として、DNAは引っ張りに対してジッパーのように部分的に開裂し機械的ストレスを緩和することで、単一分子素子を安定化させる事がわかりました。つまり、水素結合のような弱い結合であっても、配置の仕方によって、安定性を格段に向上させる設計が可能であったのです。我が国の柔道には「柔よく剛を制す」という教訓がありますが、まさにこれが分子の世界でも実証されたわけです。
本当に一分子のDNAがジッパーのように開閉しているのか、という疑問は本研究の大きな争点でした。自身の知識、労力を総動員し、この現象を確かめるべく力を尽くしました。私は普段はSTMを専門に取り扱うのですが、今回の研究ではAFMのフォーススペクトルや分子動力学計算など、複合的な手法でDNAジッパーを追い詰めました。慣れない測定や計算手法に初めは戸惑いつつも、本当に多くの方々に協力いただき支えていただきながら、なんとか形にする事ができました。
本研究を通して、DNAをはじめとする生体分子の「構造を設計する能力」に魅力を感じました。DNAの二重らせん構造のような生体分子特有の構造や機能は、多数の相互作用や化学反応の組み合わせによって設計されています。これら一つ一つを分解して理解することによって、未だ明らかになっていない生体分子の構造や機能の設計原理が把握できるはずです。今後は、自身の持つ化学のバックグラウンドと単分子の計測技術をさらに高め、DNAやタンパク質などの生体分子の設計原理について、化学的な観点から切り込むような研究をしたいと思っています。
研究は、未知の現象に対するアプローチなので、期末試験のように○か×かの二元論で点数がつけられるものではありません。科学の歴史をたどると、これまでAだ!と言われていた事象が、測定技術や理論の進歩によってやっぱりBではないか?!と覆された事例は山ほどあります。かといって、そもそもAの研究がなかったら、初めからBなどに誰も注目してなかった、ということも多いです。学術的なコミュニティーは、こうして長い年月をかけて進歩してきました。私は一人の研究者として、誠実にベストを尽くすことは必要条件ではありますが、積極的に成果をアウトプットすることを意識しています。論文や学会で成果をアウトプットすることで、いろんな人から実に多様な意見をいただきます。肯定的なものもあれば否定的なものもある、そのどれもが次の研究のヒントとなっています。他者と学び合い、成長できることこそが人間の強みです。読者の皆さんも、研究に限らずぜひアウトプットすることを恐れないでほしいです。この記事が励みとなる読者の方が一人でもいれば幸いです。最後まで読んでいただき有難うございました!
おわりに、このような機会をくださったケムステスタッフの皆様、本研究で貴重なご指導とご助言を頂いた共著者の皆様に深く感謝申し上げます。
名前:原島 崇徳 (はらしま たかのり)
所属:東京工業大学 理学院化学系 西野研究室
研究テーマ:単一分子の化学反応の観察
略歴:
2017年3月 東京工業大学 理学部化学科 学士課程 卒業
2019年3月 東京工業大学 理学院化学系 博士前期課程 卒業
2019年4月~ 東京工業大学 理学院化学系 博士後期課程 在学
2019年4月~ 日本学術振興会特別研究員 (DC1)