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日本
FUJIFILM Finechemical News ── 研究者へのインタビュー クリック反応に有用なジベンゾアザシクロオクチンの高効率合成法を開発

今回は、東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 生命有機化学分野(細谷研究室)の坂田 優希(さかた ゆうき)先生にお願いしました。

細谷研究室では、有機合成化学を基盤として生命科学現象の解明と制御に有用な分子プローブの開発と方法論の開拓を目指して研究を行っています。本プレスリリースは、環状アルキンの合成法についての研究成果です。背景として代表的なクリック反応であるアジドとアルキンの付加環化反応は、二つの分子を信頼性高く連結する手法として、ライフサイエンス・創薬・材料科学といった広範な研究分野で利用されていますことが挙げられます。とくに環状アルキン類は高いクリック反応性を示し、アジドと混合するだけで効率的に反応することから重宝されています。しかし環状アルキンの合成には苛酷な反応条件が必要なことから、機能化の足掛かりとなる修飾用官能基を有する環状アルキンの合成は難しく、拡張性の高い合成法の開発が求められていました。そこで本研究グループは、ジベンゾ縮環型シクロオクチン-コバルト錯体の脱コバルト化法を新たに見出し、これを鍵としたジベンゾアザシクロオクチン(DIBAC)の高効率合成法の開発に成功しました。

この研究成果は、「Organic Letters」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

Synthesis of Functionalized Dibenzoazacyclooctynes by a Decomplexation Method for Dibenzo-Fused Cyclooctyne–Cobalt Complexes

Yuki Sakata*, Ryoto Nabekura, Yuki Hazama, Miho Hanya, Takashi Nishiyama, Isao Kii, and Takamitsu Hosoya*

DOI: doi.org/10.1021/acs.orglett.2c03832

研究室を主宰されている細谷孝充 教授より、坂田先生について以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

坂田さんは工学院大学の南雲紳史先生の研究室出身で、博士の学位を取得後、私どもの研究室に加わっていただきました。体が大きい割に、普段はおとなしい感じですが、実験の腕は確かで信頼できる研究者です。本研究は、私が進めているAMEDプロジェクトを手伝ってもらいながら、なかなかエフォートを割けない中で自ら着想・提案し、主導してくれたものです。とくに、各反応ステップすべてを90%以上の収率で仕上げた執念には頭が下がります。2022年のノーベル化学賞の対象となったクリック反応ですが、私どもはより便利な手法を開発していきたいと考えており、様々な取り組みを行っています。機能性環状アルキンを簡単に合成できるようにした今回の成果は、発展性が高く、今後のさらなる展開を楽しみにしています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

環状アルキン類はクリック反応素子として有用ですが、その合成には厳しい条件下での変換が必要なことから、利用できる機能連結用官能基は限定的で、拡張性の高い合成法の開発が求められています。これに対して、本研究ではジベンゾ縮環型シクロオクチンーコバルト錯体の脱コバルト化反応を鍵としたジベンゾアザシクロオクチンDIBACの高効率合成法を開発しました。具体的には、o-ヨードアニリン(1)から4工程の変換で導いた鎖状アルキンーコバルト錯体2をPictet–Spengler型の反応により環状アルキンーコバルト錯体3とした後、本研究で見出した新規脱コバルト化条件に付すことで、効率的なDIBACの合成を達成しました(6工程、総収率72%)。

本手法により、アジド基のような反応性の高い官能基を持った環状アルキンーコバルト錯体を容易に合成できるようになりました。合成したコバルト錯体4は機能性アルキンとのクリック反応と、続く脱コバルト化反応により、蛍光性化合物やタンパク質が連結した機能性DIBACの簡便合成への応用に成功しています。

現在、本合成法を利用して、これまでほとんど行われていなかった芳香環上の官能基化に取り組んでおり、生命科学研究やバイオ医薬品の開発に役立つ高機能環状アルキンの開発を目指しています。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

テーマ設定に思い入れがあります。細谷研究室に着任してから、研究室独自の「マルチクリックケミストリー」の発展・拡張を目指し、アジドやアルキンの化学に関して研究を進めてきました。例えば、Buchwald–Hartwigアミノ化によるアジドアニリン類の合成法[1]やチオアルキンを用いた異種アジド基選択的トリアゾール形成反応[2]の開発に取り組み、その成果を報告しています。そんな中、より自分らしい研究を行いたいと考えていたところ、博士課程時代の経験から「アルキンといえばコバルト錯体」(博士論文研究において、中員環合成に有効な本錯体を頻繁に使っていた[3])という思いがあり、本研究テーマの着想に至りました。調べてみると、コバルト錯体化されたジベンゾ縮環タイプの環状アルキンから、アルキン部を再生する脱コバルト化法は報告例がなかったのですが、最初の検討で20%ほどの収率で脱コバルト化が進行したことから、「これはいけるぞ!」と浮かれていました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本合成法の鍵工程である「脱コバルト化」条件の最適化には苦労しました。前述の通り、初期検討の結果がそこそこ良かったものですから、しばらく浮かれていたのですが、なかなか収率が上がりきらずにいました。種々の既存条件を試したところ、ピリジン中空気雰囲気下[4]で攪拌することで、収率良く脱コバルト化が進行することが明らかとなり、これと酸化剤Me3NO)を組み合わせることで新たな脱コバルト化条件を確立するに至りました。本手法はジベンゾ縮環タイプの環状アルキン類に適用可能でしたが、その他のものには適用できない場合もありましたので、今後も脱コバルト化法に関して研究を進めていきたいと考えています。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

有機合成化学の力(興味あること)を使って、生命現象の解明・制御に役立つ「分子ツール」の開発(社会に貢献できるような研究)に取り組んでいきたいと考えています。今回でいうと、アルキンーコバルト錯体の化学を使って、生命科学研究等に役立つクリック反応ツールを拡張することができましたので、私の思い描く化学との関わり方として理想的だったと感じています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

ここまで読んでいただきありがとうございます。本研究で利用したアルキンーコバルト錯体は古くから知られているものですが、まだまだ様々な利用可能性を秘めていると考えています。本記事を読んでいただいた皆様も「アルキンといえばコバルト錯体」と思い込んで、私の今後の動向に注目していただければと思います(笑)。

最後になりますが、本研究の遂行に当たり、ご指導くださいました細谷孝充教授、精力的に研究を進めてくれた鍋倉涼斗修士、生物実験を行なっていただきました喜井 勲教授西山尚志博士をはじめ、ご協力いただきました皆様にこの場を借りて感謝申し上げます。また、本研究を紹介する機会を与えてくださいましたChem-Stationスタッフの皆様にも深く感謝申し上げます。

参考文献

[1] Y. Sakata, S. Yoshida, T. Hosoya, J. Org. Chem. 202186, 15674−15688.

[2] K. Sugiyama, Y. Sakata, T. Niwa, S. Yoshida, T. Hosoya, Chem. Commun. 202258, 6235−6238.

[3] Y. Sakata, E. Yasui, M. Mizukami, S. Nagumo, Tetrahedron Letters 201960, 755−759.

[4] R. Guo, J. R. Green, Chem. Commun. 1999, 2503−2504.