FUJIFILM Finechemical News
研究者へのインタビュー
酸化反応を駆使した(-)-deoxoapodineの世界最短合成
“A Concise Enantioselective Total Synthesis of (−)‐Deoxoapodine”
Yoshida, K.; Okada, K.; Ueda, H.; Tokuyama, H. Angew. Chem. Int. Ed. 2020, 59, 23089. doi:10.1002/anie.202010759
研究を現場で指揮されました植田浩史 講師から、吉田さんについて以下のコメントを頂いています。企業勤務をこなしながらのお忙しい最中にご寄稿いただき、スタッフ一同感謝申し上げます。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
吉田君は、実直な人柄であり、また未知への強い探究心と運動部出身らしい瞬発力を兼ね備えた学生でした。何事にも前向きな彼なら、未知な研究においても臆することなく挑戦してくれるのではないかと期待し、配属当時、研究室にノウハウの全くない新たな研究テーマをアサインしました。記事の研究とは別になりますが、彼が進めてくれた萌芽的研究も今では徳山研究室の中心的な研究まで発展してきています。
徳山研究室を卒業され、現在、企業で創薬研究に取り組んでいます。現在の創薬ではモダリティが多様化していますが、持ち前の探究心と推進力で活躍してくれることを期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
今回の研究は、抗がん剤として臨床で利用されているビンクリスチンが含まれるアスピドスペルマアルカロイドの一種であるdeoxoapodineの短工程合成です。本化合物群の多くは医薬品あるいは医薬品シーズとなり得る可能性を有していますが、天然および化学合成による供給量が十分でないため詳細な創薬研究が行われてこなかったのが現状です。そのため、新たな創薬研究の推進には、化合物の量的供給を実現する化学合成法の開発が求められています。既存の合成では、酸化段階の調節やそれに伴う保護基の脱着などにより約 20 工程もの化学変換を要していました。さらに、25 g以上の原料から合成を開始しているにも関わらず、最終化合物の合成量もわずか 12 mg 程度にとどまっており、化合物供給の点でも問題がありました。今回の合成のポイントは、適切な工程で酸化段階を上げていくことで、保護基の脱着を最小限まで削減した無駄のない合成戦略です。以下の3つの合成上の課題を独自の合成戦略により解決し、deoxoapodineの世界最短工程数(わずか 10工程)での化学合成を達成しました。
- 第四級不斉炭素中心の構築:キラルなリン酸アニオン相関移動性触媒を用いる不斉ハロ環化反応を駆使した反応
- インドールを含む9員環の構築:パラジウム触媒を利用したC-Hアルキル化反応
- アミンの酸化を経るアスピドスペルマ骨格の形成:非ヘム型の鉄触媒を用いた新たなアミンの酸化反応
さらに、確立された合成法は工程数が少ないだけでなく量的供給にも耐えうる実用性の高いものであり、260 mg ものdeoxoapodineを供給することに成功しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
3つもの鍵反応を含みながらもわずか10工程の短工程を実現した合成ルートです。前述の通り、今回合成したdeoxoapodineには合成例がいくつか報告されており、かつ、アスピドスペルマアルカロイドについては半世紀も前からの膨大な研究の蓄積があります。その中で独自性を出すためには、ただ短工程で作るだけではなく、何かしらの付加価値が必要になると考えていました。私は徳山研に配属されてから一貫して新規酸化反応開発に従事していたため (当時の徳山研では異質な存在でした)、反応開発の目線から独自の合成ルートを構築することに拘りを持って取り組みました。当時助教だった植田さん(現徳山研講師)と何度も議論を重ねて、当時最新の不斉反応や酸化反応を駆使することで、既存の合成を凌駕する今の時代にしかできない合成ルートの開発を目指し、様々な検証を重ねました。この10工程には私の博士課程3年分の熱い思いが詰まっています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本テーマの難しかったところは9員環構築反応の確立です。研究開始当初、まずモデル基質を用いて9員環構築を検討しました。しかしながら、信頼性の高いマクロラクタム化を含め10種類以上ものアプローチを試みましたが、全く反応が進行しないか基質が分解するのみで苦しい日々を過ごしていました。ある日、ひずみの大きい9員環を直接構築するのが難かしければ、金属触媒を介した10員環のメタラサイクルを経由し還元的脱離により9員環とすれば、そのひずみを少しは解消できるのではないかと思い立ちました。そこで、金属触媒を利用した反応をいくつか検討した結果、Bachらのハロゲン化アルキルを用いたインドール2位選択的なC-Hアルキル化反応が有効なことを見出しました。望みの反応の収率は20%以下と極めて低かったのですが、収率を改善できないまま私は卒業してしまいました。その後、テーマを引き継いだ岡田君が、ハロゲン化物イオンのスカベンジャーとしてKNTf2を添加すると、C-Hアルキル化反応の収率が6割以上に改善できることを見出しました。この条件は、日ごろから様々な論文をよく読み、最新情報を常にキャッチアップしていた岡田君だからこそ見出すことができたと確信しています。新型コロナ感染対策の影響で、論文公表後には直接会っていないので、落ち着いたら一緒に喜びを分かち合いたいですね。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
現在、私は製薬会社で低分子医薬品の創薬研究に従事しています。月並みですが、自分で合成した化合物を上市まで持っていきたいというのが直近の目標です。会社に入社して数年たちますが、ケミストの強みはモノを作り出せることであると改めて実感しています。
長期的には、化学を一つの軸にして様々なことに関わっていきたいと考えています。最近よく世間で言われているT型人材をイメージしていて、特定の領域で専門性を持ちつつも、専門領域にとらわれない幅広い知識を増やしていきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで読んでいただいた読者の皆様、本当にありがとうございます!憧れのケムステに載ることができて非常に光栄に思っております!
最近暗いニュースが多くて気が滅入りがちですが、一緒に日本のサイエンスを盛り上げていきましょう!
最後にこの場を借りて、徳山先生、植田さん、共著者の岡田さん、および徳山研のメンバーに感謝申し上げます。
名前:吉田 慶
前所属:東北大学大学院薬学研究科分子薬科学専攻・医薬製造化学分野
研究テーマ:アミン類の新規酸化的修飾法の開発と全合成への応用
経歴:
2013年3月 東北大学薬学部創薬科学科 卒業
2015年3月 東北大学大学院薬学研究科分子薬科学専攻 博士前期課程修了 (徳山英利教授)
2015年4月-2018年3月 JSPS特別研究員 (DC1)
2016年7-10月 Max Planck Institute of Molecular Physiology (Herbert Waldmann教授)に短期留学
2018年3月 東北大学大学院薬学研究科分子薬科学専攻 博士後期課程修了 (徳山英利教授)
2018年4月- 協和キリン株式会社研究開発本部研究機能ユニット低分子医薬研究所